黒影紳士 ZERO 01:00 〜双炎の陣〜第八章 被害者
第八章 被害者
「今日も……助ける事も出来ない子供達の死を見なくてはいけないのか……?……分かってはいても……まるで地獄だ」
黒影は夜が明けると、朝焼けに青くなり行く美しい空を見上げ呟く。
体育座りをしてだらりと手は膝に伸ばして。
サダノブはそんな声に、交代で眠っていたが、
「……辛いけど、被害者はもっと辛い……。だから、先輩は其れが分かるから、此処から逃げない。被害者に何かしてやれる事は無いかと今も考えている。……風柳さんがいなくても、例え其れが「真実」を知りたいと言う欲求からでも、「正義」を考えている事には変わりは無いと……俺は思いますけどね。…………其れより腹減った〜!」
と、言うのだ。
「サダノブ、お前また人の思考を勝手に読んだなっ!……それに良くあんな犯人の食事を見た後に腹が減るな。切り替えが早くて羨ましいよ」
黒影はそう皮肉を込めて言った。
「読んでませんよ……。長く一緒にいるから、分かるだけです」
と、サダノブは決して黒影の思考を読んだ訳では無いと言う。思考を読まなくとも、考え方のパターンの様な物にも、サダノブは敏感なのかも知れなかった。
「やっぱり……どの時代も、張り込みには餡パンと牛乳に限る!」
と、突然聞き慣れた声が、二人に話し掛け草の上を静かに歩き近付いてきた。
……風柳だ。
風柳は餡パンと牛乳を二人分、ビニール袋に入れ微笑む。
「……風柳さん……」
黒影は何日も会えなかった気がして、本当はこんな状況で心細かったので、其の兄の姿に安堵を覚えた。
「……そうか……。有難う、風柳さん」
黒影はそう言った。
其れでも現実の兄とは違い、頼る事は出来ない。
勲さんが、現代とこの時代の黒影が二人いる事実を知られない様に風柳を上手く呼んでくれたに違いない。
事件発生は凡そ14年前であるので、勲の存在も風柳は未だ知らない筈だ。
相当呼ぶだけで大変だった事は分かる。
今頃、何処かで身を潜めているに違いなかった。
呼ぶだけ呼んで……黒影やサダノブの気持ちが、少しでも落ち着き癒される様に、風柳を寄越したのだ。
「……風柳さん、遠並 英は?」
黒影はすっかり元気になり、餡パンを頬張り聞いた。
甘い餡が、疲れた身体に沁みる……。
「さっき女児誘拐の容疑で逮捕した。安心しなさい」
昔の風柳の変わらぬ優しさに、黒影は安堵した。
今は兄と呼べなくても、共に事件を解決して来た事には変わりは無い。
「……では、やはり殺人の容疑は遠並 彰に……。ご遺体は回収出来ましたか?」
黒影は風柳に聞いた。
「ああ、お前の言われた場所に遺棄していた所をバッチリとな。小さな椅子に縛ったまま、ドラム缶にコンクリート詰めにするなんて……。途中で止められたから、未だご遺体は綺麗な方だが……酷い話しだ。そのまま、この先の河川に転がし沈めようとしていたと、素直に自供している。黒影からの連絡が遅かったら、危うく川底を大捜索する羽目になっていたよ」
と、風柳が言う。
黒影は其れを聞いて思った。
其れは全部、勲が風柳に伝えてくれた事だと。
「其れにしても……風呂に入りたいっ!」
と、黒影は背伸びして言った。
「相変わらず、潔癖症だな。野宿……お疲れさん」
風柳は、黒影に笑った。
何時もと変わらない。
風柳さんもいる……もう、僕は怖く無い。
「だけど、記憶を書き換える能力……厄介ですよね」
餡パンを食い終わり、牛乳を飲み乍らサダノブは建物内で何も知らずに、未だ寝ている遠並 彰を睨み言った。
「サダノブの思考読みで思考から発せられる指令を一時止める事は可能か?」
黒影は聞いた。
「可能ですが、一つだけ弱点があるんですよ。記憶を操作する瞬間だけが分からない。一度操作されたら、そこから止める事は可能です」
と、サダノブは黒影の顔を真剣に見て答える。
「……囮が先ず一人は必要だって事か……」
風柳にも事の深刻さは伝わる。
「風柳さんはこのまま聴取とかで忙しいのでしょう?朝飯、助かりました。有難う御座います。此方は此方で何とかしますよ」
黒影はそう言って風柳に微笑んだ。
「それはそうだが……勝機はあるのか?」
「ええ、勿論……」
風柳の心配に、黒影はにっこりと何時もの余裕の笑顔で答えた。
本当は余裕など何処にも無い。
其れでも……僕ならば、そう言う。
考えは全く無い訳では無い。
ただ、其れには風柳を一度他に行ってもらう必要もあったし、勲が必要だと分かっていた。
風柳がまた寄れたら来ると言い残し、警察署に戻った頃……勲が戻って来た。
太陽は真上迄上昇し、空は高く青い。
ギラ付く太陽が、三人を自然に無言にさせた。
蝉の声だけが、ジリジリと響いている。
黒影と勲はコートを脱ぎ、頭から被って日陰を作った。
サダノブだけが皮のライダースジャケットだったのでそうは行かず、勲と黒影は真ん中にサダノブを座らせ、二人で繋いだ影に入れてやる。
ガサゴソと遠並 彰が着替え始めた。
警官の服装だ。
遠並 英が来ないので、痺れを切らし自らターゲットを探しに行く様だ。
「勲さん……」
「ああ、追跡は僕の仕事だ」
黒影が呼ぶと、勲は既に何が言いたいか分かっていた様だ。
「ついでに飲み物でも買って来るよ。脱水症状になったらいざと言う時に動けないからな」
と、勲は余裕だと笑った。
あの笑わなかった勲が、今は自然な笑顔で笑う。
黒影と出逢ってから、彼もまた変わりつつあるのだ。
――――
「遠並 彰が当該被害者の清白 菜津美(すずしろ なつみ)を学校帰りに誘拐したのを確認した。エスカレーターで落下しそうだった所を助け、そのまま其方へ向かっている。助けた際に、警笛が胸ポケットから出て垂れ下がっていた。清白 菜津美が記憶していたのは、東海林 葵の警笛では無い。遠並 彰の警笛だ。遠並 彰はサイコパスでは無かった様ですね……。小動物から人間、或いは時に実験興味から自らをもサイコパスは実験対象にして行くと言う概念が先行し過ぎた為に誤解されているだけです。遠並 彰は危機的状況からの食用、そして長きに渡る監禁によるコミュニケーション不足の捌け口……医学劣等生である事の過度なストレス状態から、己はそうで無いと思いたいが故に、メスを振るうのでしょうね。この時代最後の切り裂きジャックとでも言えましょうか……」
と、勲は報告と共に遠並 彰と言う人物像について想うところを語った。
「問題は……其れが何故、バレてもいなかったのに、其の罪を東海林 葵さんに擦りつけようとしたか……です。何処かでバレそうになったのか……。将又、特別に東海林 葵さんを恨むきっかけがあったのか……。関連性を調べる必要がありそうですね」
黒影は、東海林 葵が有らぬ罪で現在も疑われている現実を気にする。
「そろそろ合流します」
そんな会話をしていると、勲が会話を切り替え、遠並 彰がそろそろ到着する旨を伝えた。
黒影はサダノブを見た。
緊張感が走る。
被害者清白 菜津美の間に何人も殺していた訳では無かったので、もう目の前で幼い少女が死んでいく様を見なくて良いと、安堵したばかり。
次は……死にはしないが、犯行に及んだ瞬間を記録し、即座に助けなくてはならない。
一歩間違えたら……同じ悲劇となる。
タイミング良く、遠並 彰を止めなくてはならない。
遠並 彰と清白 菜津美が戻って来た。
清白 菜津美は、
「やめて!離して!……帰るのっ!……ねぇ、帰してよ!」
と、泣きじゃくる。
此の部屋に連れて入った瞬間、遠並 彰は苛立ちを露わに、突然清白 菜津美の手を手術台の上に強引に起き、メスを突き立てた。
「うっ……」
黒影は思わず、顔を顰めて痛そうだと、我慢出来ずに小さな声を上げる。
「やばい……ですね。未だ傷害罪にしか、此れでもならないですよ」
「未だ我慢しろと言うのか?!」
黒影はもう勘弁してくれと言いたそうな勢いである。
「事実は……残酷。真実も時に……残酷」
ふと、影を伝いするりと黒影の横に現れた勲は、そう言って怒りに震える黒影の強く握った拳を、己の手で包み込んだ。
「誰も……いなかった。辛かったに違いない。でも、今……我々がいる。救いが待っている。それだけでも、幼かった清白 菜津美の記憶は少しだけ楽になる」
勲は黒影にそう言った。
黒影が勲を見ると、何処か儚い目で清白 菜津美から目を離さずにはいるが、黒影を想ってか優しい横顔をしている。
己すら犠牲にして生きた影は……時に強く、時に厳しく、時に優しい……。
「やっぱり貴方の方が「黒影紳士」の主人公に相応しい」
黒影は思わず、そんな事を言った。
「誰だって……成ろうと思えば主人公になれる。それもまた「黒影紳士」の理だ」
と、勲は言う。
――――――
「始まった……。麻酔が効いている内に病院へ連れて行くぞ!サダノブ、お前は何時も通り僕を護れ!其れだけで良いんだ。其れだけで」
黒影は麻酔を掛けられ、腹部にメスを入れられた清白 菜津美を見た瞬間、大きな声でそう言った。
大きな声を出したと言う事は、もう隠れて監視しなくても良いと言う事。
黒影ははっきりとした指令すら残さず、そんな事だけサダノブに言い残し、唐突に頭や顔を覆う様に手でクロスさせると、硝子窓を突き破って中へと飛び込んだのだ。
「えーっ!ちょっと、何で危ない入り方するんですか!?急に護れって言われても……」
と、サダノブは何事かと滑り込む様に床に横たわり止まった黒影に言った。
夏でもロングコートを着ているお陰で、大きな怪我は無い様だが、両手の甲が切り傷だらけだ。
「黒影は囮になるつもりです。最初に記憶を操作され時間稼ぎをする為に。サダノブ……君に託したのですよ。記憶操作されてからならば、君が思考読みの力で記憶を戻せると信じて飛び込んだのです。……我々も行きましょう!」
と、勲が言う。
黒影は何時も、
「行くぞ!」
と、乱暴に置いて行く勢いで言い……勲は、
「行きましょう」
と、目を見て言う。
全く違うのに、ついて行こうと信じたくなるのには変わりは無かった。
――――――
黒影がゆっくり立ち上がる……。
真っ赤な鳳凰の炎が其の赤い瞳に揺れている。
辺り構わず、火の玉を飛ばしていた。
記憶を置き換えられたと言うよりも、鳳凰の扱いすら忘れ、暴走している。
無駄に力を使い、体力だけが消耗し、翼から赤く輝く羽根が無惨にもひらひらと落ちては散る。
サダノブは其の姿を見て、恐れる事も無く黒影の元へ走り、記憶媒体である海馬を思考読みで探し、何時もと違う箇所は無いか読む。
黒影の鳳凰の力の攻撃ならば、守護であるサダノブには当たらない。
「……先輩……今、直しますからね!」
苦しそうに、何かに抗おうとしている黒影にサダノブは言った。
「勲……さんに……」
意識が朦朧としているであろう中、そうやっとの声で言ったかと思うと、ゆっくり己の帽子を脱ぐのだ。
紳士の証である大切な帽子を……何故能力者との戦いを前に脱ぐのか、サダノブには全く検討が付かない。
「……そうか……そう言う事か。……分かったぞ!……十方位鳳連斬……解陣!」
勲は黒影の姿を見てある事に気付き、慌てて蒼い鳳凰陣を展開させた。
「……いっ……勲……さん……!」
黒影は何故か必死に手に持っていたシルクハットを、僅か残っていた理性で勲に向かって投げ飛ばしたのだ。
勲の記憶が書き換えられてしまう前に……如何しても届けたい想いがあった。
勲は黒影の手から放たれた帽子を蒼い地獄の様な、影の力だけに特化した鳳凰陣の中、黒影が苦しみコントロールを失ったにも関わらず、後ろ手を伸ばし行きすぎる寸前で鍔をしかと掴んだ。
鳳凰陣に片手を付き、例え視線を投げなくとも、聞こえたのだ。
七つの声色で無く黒影の魂の音……其れは赤き鳳凰其のもの……。
蒼い影の力しか持たなかった勲の為に、黒影が託した平和と平等を司る赤き炎が重なる。
この二色の鳳凰陣が重なる時……鳳凰奥義と同等の力となるのだ。
本来、勲が持つべきだった黒影に分けた力……。
今……「真・黒影紳士」に全ての力戻りけり。
黒影の意識もサダノブの治療により少しずつ戻る。
黒影が勲の二色の鳳凰陣を見て、其の凄さに息を呑む。
荒々しく轟轟と揺れ立ち昇る炎の威力は桁違い。
勲の姿すら呑み込んでしまいそうだ。
冷酷さと温かさが別であるのに絡まり燃えている様に感じる。
黒影は急いでサダノブと、勲が作った鳳凰陣へと入る。
黒影は真っ赤な炎に渦巻き形成される、朱雀剣を手に出現させる。勲は其れに白い菫の死の華を巻き込ませた。
白い菫の華は根に毒を持つ。
寄子が其の根を咥え、自害しようとした華だ。
悲しみの白が……真っ赤な優しさに包み込まれて行く様である。
黒影は遠並 彰の頭上まで、真っ赤な翼で舞い上がると横に斬り上げる様に、朱雀剣の熱風毎吹き飛ばした。
鳳凰も朱雀も同じとも謂れるが、斬ったとて熱風で吹き飛ばすが限界。
人を滅する鳳凰も朱雀も存在しない。
遠並 彰が滑り込む様に地を擦って、鳳凰陣の中に入った。
其の瞬間を見計らう様に、サダノブは遠並 彰が逃げない様、鳳凰陣中央を氷の拳で力を思いっ切り注いだ。
「外円陣……樹氷監縛(じゅひょうかんばく)……解陣!」
……ん?サダノブの癖に、今……「解陣」と言ったかな?
「……おい、サダノブ……今の……略経か?其れとも巫山戯けて言っているのか?」
黒影はサダノブの肩を引き、振り向かせ聞いた。
「えっ?あれ〜?何にも考えていないのに、口から出たんですよ」
と、サダノブもポカンとした顔で返す。
黒影もサダノブも何が起こったかは分からなかったが、
「其れが鳳凰を守護する狛犬だけが持つ本来の力だ。鳳凰を護るのに、鳳凰陣が使えない今までの方が、如何かしていたのですよ」
と、勲は言う。
勲が二色の鳳凰陣とも呼ばれる十方位鳳連斬の力を最大限に導き出した事で、サダノブも鳳凰の秘経の守護の力が使える様になった様だ。
「僕は授業や勉強をしたのに、守護のサダノブには直感で降って来るなんて、気に入らないな」
と、黒影は憤れて口を尖らせ言った。
「犬は野生の勘だけは鋭いからな。直感も他とは違うのかも知れないですね」
と、勲は目を細めて笑う。
黒影とサダノブの一悶着する姿が、単純に平和に見えたのだ。
十方位鳳連斬の中央から放たれた氷は十方位に連結され一番外の円の外円陣に流れると、一斉に強固な美しく人一人通れない程の樹氷の壁となったのだ。
鳳凰を宿らせる黒影と勲……其れを護るサダノブや味方には、十方位鳳連斬の中で味方がどんな攻撃を出しても、ダメージを受ける事は無い。
其れは……影においても、変わらない。
遠並 彰は何かに狼狽えて一人でに暴れ出すと、怯えている様に窺える。
「……何が起きているんだ?」
黒影は勲の白い菫の効果を知らずにいたので聞く。
「……死には至らないですよ、勿論。「毒」の様な幻覚を見ているだけです」
と、勲は冷め切った目で遠並 彰を見ている。
まるで人では無い、「物」を見る様に冷酷な瞳が蒼く光る。
……殺した少女其の物と入れ替わり死に……また目覚め……連れ去られ麻酔をかけられる恐怖を知り……
獣が人間として戻るまで……痛覚も全てリアルな悪夢を見るのだ……。
……そう……謂わば、毒の夢……。
夢を見せるは……「紳士」の仕事ですから。
勲は黒影にシルクハットを返し、己の帽子を目深に被ると、目は決して見せる事無く、唇を薄く広げ笑ったかの様に見えた。
勲はスッと両手を広げ、ロングコートを花の様に揺らし、美しく一回転した。
回転と共に広がる影は繻子(しゅす。サテン生地の意)の流れの様に優美である。
鳳凰陣の中いっぱいに敷き詰められた漆黒の闇。
心地良さそうな優しい顔が、再び遠並 彰に向いた刹那、人が違ったかの様に険しい物となり、静寂には在るが恐ろしい程の殺気を纏う。
サダノブも黒影も、余りの殺気に動揺を隠せない。
背筋が凍るとは此の事を言うのだろうか……。
冷酷と言われた……真っ黒な……影……。
黒影は其の姿に、「黒影」と言う名の本当の意味を知る。
勲がニヒルな笑みを浮かべ、左手を掲げた。
次には、怯え狂う遠並 彰の姿が、一瞬止まり浮いたかの様に見えたのだ。
「SHOW TIMEはこれからだ……」
勲は憎しみを含む低い声と裏腹に、楽しんでいるかの様に見える。
影なのに……まるで舞台全体が砕け落ちたのだ。
「闇へ……堕ちろ」
勲がそうはっきり言った言葉が、黒影の耳に響き焼きつく。
たった一言……。たった一言だが、被害者の未来さえ曇らせた事実に怒りを込めて、怨念の様に言ったのだ。
落下して行く遠並 彰の姿をサダノブも黒影も目で追うが、何処迄も下に小さくなって行くだけで、軈て粒程になり消えた。
底無しの闇……
其れが本来の影の姿である。
誰もが知っている……。
心に闇が訪れた時、其処に黒い何かを感じる。
其れが何が、誰も答える事は出来ない。
だが、其れを長く見ていると……人によっては犯罪者にもなり得る。
その影の様な存在は……果たして人が見ているのか?
否……もしかしたら……
影が人の心の「真実」を暴こうと
其の深い闇から……青い瞳を向けているのではないだろうか。
ーーー
「Der Rosen kavalier……発動!」
真っ赤に染まりゆく世界は……
何処までも果てなく美しい……。
薔薇の花弁舞う其の時は、正常に清らかな流れを刻んだ。
我々が見る時はほんの束の間……。
だから、その一瞬……一瞬を、後悔しない様に
少しでも輝かせる様に生きたいと
願うのだろう……。
「……黒影様……」
ZEROが呼んだ。
「時は如何だ?」
ZEROはやっと内側に振り返り、一人一人と顔を見合わせた。
全ての時間に異常が無い事を確認すると、
「時は……正常に戻されました」
と、黒影に報告した。
「じゃあ……此処は現代で間違い無い?」
サダノブは薔薇の花弁も落ち着いたので、ZEROに聞く。
「間違いなく、現代です」
ZEROはサダノブの方を見て、清々しい笑みで答える。
「……時空を……捉えました!」
黒影がサダノブを指差し言った。
「先輩、ギリどころじゃないですよ。其のまんまじゃないですか。然も、それ知っている人、いるかなぁ〜?」
と、サダノブは昭和(平成)ごっこにしろ通じるかと、頭を捻る。
「何となく言いたかっただけだ。……それより……」
黒影は目の前で繰り広げられている、追いかけっ子を呆れて見ている。
「如何にも現代らしい歓迎だ。Der Rosen kavalier……有難う。封陣……」
と、勲はDer Rosen kavalierを作動する為に必要な全ての鳳凰陣を閉じる。
黒影は隼(はやぶさ)と言う情報屋を、紫が追い掛けている姿を呆然と見ていた。
「とうとう隼から情報が無いか、聞き出すつもりらしい。夫の大事を案じて動くのも良いが、少々苛立ちが露わになっている様な……」
黒影は苦笑いをする。
「例の……あっ……。飛びましたね」
勲は紫のハイヒールが隼の頭を撃沈した瞬間を見てしまい苦笑う。
「早く……事実と真実を伝えて上げましょうか」
と、黒影は勲に言った。
「其の方が良さそうですね」
勲も同意し頷く。
ーーー
遠並 彰は何故、罪を他の誰かでは無く、東海林 葵にしたのかこう供述している。
「俺には医者なんか向いていなかったんだ。幾ら完璧なレールを敷かれても、血が……血が如何しても苦手だった。人と同じ様に、苦手を克服しようと努力したさ!でも、気付いたら殺していた。血を持つ者……人間其の物が怖かったんだ。だから捕まって逆に安堵すらしている。
そんな血に苦悩したある日、未だ研修で巡回中の東海林 葵を見た。一人だけ浮いているのが分かる。数人のお偉いさんと思われる人が、コソコソ挨拶をして行ったのを見たんだ。其の時、此奴は俺と同じ決められたレールの上の住人だって気付いた。一瞬、仲間の様に思えた。だから調べ尽くしたんだ。東海林 葵ならば、俺の気持ちが分かるんじゃ無いかと探した。……数ヶ月後だ。既に東海林 葵は俺みたいに躓く事も無く、総指揮官 補佐として君臨していた。それどころか、良く調べて見れば、奴はサイコパスだと言うじゃないか。……なぁ……同じ人間なんだよ、俺等は。なのに東海林 葵は俺の持たない全てを持っていた。然し、どんなに頑張ったところで俺はサイコパスには成れない!……産まれ持った才能……不平等!!……この世の全ては不平等だと言う。だが、見なければ幸せだった!目の前に、東海林 葵と言う不平等が存在してから、其れに憧れ乍らも恨んで見ていた。努力すれば、頑張れば……少しは近付ける?!そんなの詭弁で偽善だ!俺は食う飯も無く、猫も犬も食った。彼奴は贅を尽くした飯を毎日食い、一生俺の理解出来ないサイコパスだ。勝てる筈も無い。仲間だと思ったのに……ライバルとして理解してくれると思っていたのに……此の裏切られた様な気持ちは何と言うんだ!!なぁ!?誰か教えてくれよ!……俺は俺も分からない!東海林 葵ならば分かるんだろう?彼奴を出せ!彼奴じゃなきゃ理解出来ないんだ!」
そう、供述中に暴れたらしい。
「……サイコパスに憧れる普通の人……。普通に憧れるサイコパス……か」
黒影は其の知らせを聞くと、こう付け加えた。
「たかが……無い物強請りが……」
と、詰まらなそうに……。
……人は違うから、助け合える。
……人は……産まれながらに不平等と平等の二つを持つ。
サイコパスであろうと……そうでなかろうと……同じ人間には変わりない。
ーーー
真昼の木漏れ日が優しく照らすオープンカフェ。
スラっとした女が気取るでも無く、洒落たミモレ丈の裾が花の様に美しく広がった、ワンピースを着ている。
大きな鍔広の帽子にサングラス……まるで、オードリー・ヘップバーンの映画「ティファニーに朝食を」を連想させた。
携帯用のドリンクカップを手に、スクランブルエッグとサラダが添えてある、クロワッサンサンドがテーブルに……何故か二皿置いてある。
「……葵!」
待ち焦がれた恋人を見た瞬間の様に、其の女……紫は黒く裏だけが赤いハイヒールを煉瓦にサッと置き席を立つ。
黒影の社用車兼、黒のスポーツカーのボンネットには木漏れ日模様と葵の立ち姿を映し出した。
回ってドアを開けた黒影は、葵の横で警邏している。
紫が数歩……サングラスを外し、葵を見詰めたまま前へ出た。
葵は居ても立っても居られず、紫の元へ走り出すと強く抱き締めた。
「御免……心配掛けた」
紫の耳元に愛しい者の声色が戻ってくると、紫は声も出さずに涙を頬に伝わせる。
一気に溢れ出た涙は、時折風に吹かれ輝くのだ。
抱き締められた反動で後ろに高く舞い上がり、飛んで行く鳥になったかの様にヒラヒラと帽子は鍔を羽ばたかせた。
慌ててサダノブが三回転ジャンプをして、犬の様に其の帽子をキャッチしたのは、其れを見ていた黒影だけの秘密にしておこう。
黒影はもう大丈夫であろうと微笑み、その場を去ろうとした時であった。
黒影の社用車から警察無線をジャクしている無線に何かの事件発生の旨が伝えられる。
「……葵!」
「行きましょう!」
葵と紫のワイヤレスイヤホンにも既に事件の知らせが届いたらしい。
穏やかな景色は一変し、カフェテラス前に、黒塗りの車がキュルキュルとタイヤの音を立てて飛んで来た。
「葵!」
紫が呼んだ。車に乗り込もうとする葵は紫を見る。
「葵は……サイコパスでも何でも無いわ。……私の……たった一人の、大事な旦那様よ」
と、紫は微笑みいった。
「違いないや……」
葵と紫はそんな会話をし、慌ただしく現場へ向かった様だ。
「……事件……追わなくて良いんですか?」
サダノブが黒影に聞いた。
「あの二人に任せておけば、間違い無いよ」
と、黒影は帽子の鍔の手前を下げ、口元で笑うと黒いスポーツカーに乗り込むのであった。
―――――――
黒いコートを靡かせ、黒影を待つたった一つの影が在る。
「……勲……さん……」
黒影は其の者の名を呼んだ。
勲は沈黙し、振り向く事は無い。
ただ、勲が見詰める先に、未だ終わっていない事件があるのは確かだ。
「勲さん……そうだ。景星鳳凰で……」
「黒影!!」
黒影は景星鳳凰にて勲をseason1短編集に返そうとしたが、勲は事件から目を背けるなと言わんばかりに、黒影の名を呼び制止する。
「「真実」が……未だ終わっていないと、探し彷徨っている……。私しの全身の影が……追いたくて騒つく……。君の「真実」は、いつの間にそんな事も忘れたのだ。黒影の影は……もう騒めかぬ飾りか……」
勲は取り敢えずは……と、逃げようとした黒影の心を、そんな風に言った。
「「真実の目」だって……未だ「真実」を見たがっている」
黒影は真実を求めて瞳を真っ赤にした。
そしてこう続ける。
「約束してくれないか。寄子さんに技を掛けた犯人とは僕が合わせる。……今行けば、勲さんは何をするか分からない。一人で行けば、きっと犯人を影で跡形も残す殺し兼ねない。一緒に行こう……。勲さんは強いが、互いに欠ける物がある事に、今回の事件で気付いた筈です。僕には犯罪者に対する冷酷さが……。勲さんには、犯人を許すと迄は行かないが、再犯を予防する為に理解しようとする心が足りない。僕等は二人で一つの存在なのですよ。二人の方が……遥かに強く生きていられる。……二人ならば、見える道も在るのでは無いかと、僕の洞察力と観察力が、勘で言っている」
と、黒影は言うと微笑む。
「「勘」は、洞察力も観察力も必要無いじゃないか」
勲は黒影の言葉に軽く上半身を下ろし笑ったのか、黒影を見た。
「僕の真似では無く、今自然に笑いましたよね?……出来るじゃ無いですか……笑顔」
と、振り替えた勲に黒影は言う。
「其の様ですね。……黒影が、笑わすからですよ」
勲はそう言った。
平和と平等の鳳凰の周りには、何故か笑顔が集まるのだ。
そんな和やかな空気が流れた、ほんの一瞬の出来事を掻き消す様に、突然先に事務所に入っていたサダノブが、息を切らし乍ら二人の丁度間に飛んで出て来た。
🔶スキ、押しましたか?
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。