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黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十四章 再起の実

14 再起の実

 その夏……あの村から
「勲さん」は姿を消した

「待って……。そのロングコートとネクタイ、貸してくれないか。」
 消え去る前にと、黒影が「過去」に言った。
「ちゃんと別れの挨拶はしておいた方が良い。」
 黒影は「過去」の姿で、もう事件が解決し、戻らねばならない事を村人に告げた。

 夜通しの別れを惜しむが賑やかな宴
「……そんなに悪くない……。」
 冷たくなんかない。
 囲む人々が温かいのは
 其れだけ事件に夢中で気付かなかっただけ
 冷酷だと勝手に決めて独り狼だっただけ
 ちゃんと人の血の通う……
 温かさはこんなにも在ったではないか
 此れで心起きなく僕はやっと前を向ける

 ――――――――――――

「おまたせ。」
 黒影はチラッと此方を見て言った。
 こ、ち、ら?……そう、読者様だよ。
 何時もの待ち合わせ。
 黒影を読み始めるスタートラインに君と僕はいる。
「今日はどんな道だろうね……。」
 黒影は楽しそうにコートのヒラを広げ、くるりと回り言った。

「……あれ?」
 黒影は何時もの様に歩き始めようとして止まり、急であったので、ロングコートが前後に揺れた。
 読者様は勿論、ガイドの黒影が止まるので少し動揺したに違いない。
 そして、黒影はどうしたのかと、黒影の見詰める道の先を覗き込むに違いないのだ。
「これは……道が二つ……。」
 黒影が言う様に、先を見ると二つの付かず離れずの平行に並んだ道がある。
 そして、道の上には道標の様にこんな言葉が、其々にに書いてあるのだ。
 一方には、
「このまま無視して先に進む→」
 そして、もう一方には、
「道はただ一つ!我が道を作る→」
 と、書いてある。

「……何だ、この巫山戯たものは……。無視だ、無視。また、創世神の悪戯に違いない。」
 黒影はそう言って、「このまま無視して先に進む→」の道を選ぶ。我が道も捨て難いが、読者様を連れて寄り道なんて訳には行かない。
 この「黒影紳士」を正しく案内するのも黒影の仕事でもあるのだから。

 ――――――そして、何時もの様に黒影紳士は始まる。

「……続き……か?そんな事、何処にも記載されていなかった。書き損じだろうか……。」
 黒影がそう言ったのも無理は無い。
 事件は解決したと言う筈なのに、未だあの村のトンネルにいたのだから。
 トンネルのど真ん中……何方から来て、何方へ行けば良いのか見失いそうになる。
 そんな白昼夢の様でもあった。
 皆んなは何処だろう……僅かな不安を感じたが、きっと帰り支度でもして、車に荷でも乗せているのだろうと黒影は思い、最後に「あの場所」を目に焼け付けて置こうと進む。
 ……正義崩壊域の元となった場所……。
 きっと明るい日差しの差す、正義崩壊域は二度と拝めないだろうから。
 今度は走らずに、ゆっくりと歩く。
 トンネルに響かせた靴の音で、小鳥達を驚かせない様に。
 トンネルを静かに出て、木々を見上げると小鳥の囀りと影が見え、安堵に微笑む。
 ひしゃげた手前のコンクリートを軽くジャンプし、正義崩壊域のオリジナル領域に入った瞬間だった。
「!?……これはっ!」
 黒影はその地にスッと片膝だけ付いた。
 片手で己の身体のバランスを咄嗟にとる。
 ……此処は正義崩壊域には似ているが、違う筈……なのに何故?!
 吸われる程の感覚は無いが、やけに身体が重く感じる。
 ……疲労でも溜まっていたのだろうか。
 普通一般に思う様に、黒影も先ずそう思った。
 慣れない場所に何泊もして、慣れない事が起こり、事件も解決したのだ。
 そう思って当然だ。
 眩暈らしきものを感じる事も、視野がぐら付く事も無い。
 だから、ゆっくり立てば問題ない。
 帰りの運転前に……少し休ませて貰おう。
 そう思い膝に手を置き、力を入れて立ちあがろうとした。
 ……が、これは眩暈等では無いと気付く。
 辺りは相変わらず静かで誰もいない。
 何か……能力者の襲撃では無いかと、緊張感を持った。
 手は動かせても、足がその地にくっ付いているかの様に、一歩たりとも動けないのだ。
 しまった……此処には誰もいない。
 スマホでサダノブに連絡しようとして、顔面蒼白となる。
 ……そうだ、昨日の別れの宴で……勲さんにコートとネクタイを借りたままであった。
 勲さん……コートにスマホは入れたままだろうか?
 ……無い。……そうだよな、そんな無用心な事はしない。
 きちんと、僕が寝ている間に神主さんに返したのだろう。

 そこで黒影はふと大事な事に気付く……。
「勲さん……。もう、会えないんだよな。」
 と。
 当たり前の事だ。
 分かりきっていた。
 ……其れは勲だってきっと……。
 今は一人の「黒田 勲」……黒影として、

 僕は……
 私は……
「存在している。」

 手を地面に伸ばし黒影はイメージしてみる。
 正義崩壊域の元の大地に無数の勲のあの、「幻影斬刺」が形成された。
 至極簡単に現る、針山地獄……。
 余りにも簡単で虚しささえ感じる。
 此れを制御するのにもまた、勲と離れていた時間分を要するに違いない。
 其れ迄は、此れはただの凶器であると、黒影は認識した。
 そして、未だ如何様にも足が一歩足りとも動かない。
 まるで勲の消滅を惜しむかの様に、出逢った……あのすれ違った交差点の上から、動けずにいる。
 黒影は力無く両手をだらりとし、茫然と輝かしく降り注ぐ太陽の陽を浴びる様に見ていた。
 僕の中に勲は帰って来たのに、僕は……勲と言う列記とした別存在さえ、この影に呑み込んでしまったんだ。
 勲がいなくなれば、其れは既に死と同じで、悲しむ者もいたのに……。
 宿の娘はきっと、勲が食べきれないと野菜を持って来なくなり、少し寂しいと思うだろう。
 神主さんは、一人分の食卓を減らすのに、暫く時間が掛かるに違いない。
 ただの影だったなんて……思えないのだよ。
 成す術も無く、そんな事を考えていた。
 此処だけ……まるで時間が止まった様に感じるから、はたまた自分が動けずにいるからこんな事を考えるのかは、分からない。
 然し、何度か動こうにも、やはり足が動かない。
「……参ったな……。さっきの分かれ道、間違えたのだろうか。」
 と、黒影は呟く。
 そう言えば、今までseason1短編集スタートか、season2スタート、若しくは「世界」を読んでから黒影紳士を読んで歩くと言う、三通りのスタート地点は存在したが、分岐点などと言うものは初めて遭遇した。
 其れが分岐点と言うかは分からないが、番外編や「黒影紳士シリーズ 親愛なる切り裂きジャック様へ」ならば存在する。
 然し、其れ等はきちんと事前発表され、本編を止めて制作されて来た「物語」であるが、さっきの選択肢は其れに比べて、あんまりにお粗末すぎやしないだろうか。
 物語が二冊分無いのに選ばせ歩かせた。
 この「黒影紳士」と言う、膨大な物語の数々のハードが其れに気付かない訳はない。
 其れを統括する主人公の黒影は、勿論其れに疑問を感じた。
 首からチェーンで下げ、ジャケットの胸ポケットに納めていた、時夢来の懐中時計を引っ張り出す。
 蓋をカチリとサイドボタンで開き、時間を読む。
 時夢来本に嵌め込まなければ、通常の時計の筈なのに妙な時間で止まっている。
 五時過ぎ……。
 こんなに日が登っていると言うのに。
「壊れたのかな……。FBIに修理依頼をしなくては。」
 通常の時計と違い、予知夢に連動する物なので、作製したFBIに修理依頼せねばならない。
 ……時夢来本があればなぁ……。
 一対となり、黒影が眠れなかったとしても、脳に反応して予知夢を本に、時間を懐中時計に反映してくれる。
 時夢来本は荷物になるからと、宿の鞄に入れたままだ。
 スマホも無いとなると、自分で帰って確認したいが、動けないのでは意味が無い。
 時も黒影自体も、何だかこの正義崩壊域のオリジナルに、閉じ込められてしまったかの様ではないか。
「黒影紳士」と言う総ての物語を司るハードの主人公である黒影が動けない。
 此れは、他の物語の「世界」も、今……時を止めたと言う事になる。
 つまり、何かのバグにより、広大なフリーズが起きていると言える。

『黒影っ!』
 黒影に似たコートを来た、山折りハットに臙脂の大きなコサージュを揺らした紳士が血相を掻いて、黒影を助けに来たようだ。
 ……そう、この『』を使うのは、毎度お馴染みの創世神である。
 黒影とは20年の旧友であり、その創世神の座を何時かの為に、黒影に次期創世神として育てている人物だ。
「……此れは一体如何言う事です?さっきのあの分かれ道だって。幾ら貴方でもお巫山戯が過ぎますよ。」
 と、黒影は創世神を見るなり言ったのだが、
『だから、僕は巫山戯てなんか……。嗚呼――っ!』
 漆黒の青光りする鴉の翼を持つのだが、着地に失敗したのか、情け無い声を出して、地面に四つん這いになり、片手で髪を掻いている。
 山折りの黒いハットが飛びそうになり、慌てて押さえた。
「……何……しに来たんですか?」
 冷めた目で、黒影は勿論聞いた。
 此れでは助けに来たのだが、邪魔しに来たのかさえも分からない。
『執筆途中で来たんだ。一大事だからに決まっているだろう?今、総ての物語がバグにより制止した!……黒影、勲とまた分離するんだ。影を出せ!黒影と勲二人分の力が合わさっては、どの世界にも強過ぎて、均衡が崩れてしまう!だから、この正義崩壊域のオリジナルは其の力を奪わなくとも、有り余る力の悲しみが染み込んだ地として、黒影……お前を逃す気は無いんだ!』
 と、創世神は言うのだ。
 創世神は黒影を助けようと手を伸ばすのだが、その手が微妙に震えている事に黒影は気付く。
「何ですか?……その手は。腱鞘炎やらの類いの震えにしては大きく下に揺れては戻る。……貴方も……この正義崩壊域オリジナルの地に、既に取り込まれていますね。
 ……何で来たんです!僕を助けに来たら、貴方が取り込まれる事など、この総ての世界を統べる創世神の貴方だったら、分かっていた筈でしょう?!スマホを持たない僕の代わりに、サダノブや白雪や風柳さんに知らせてくれれば良かったじゃないですかっ!……なんて愚かで、不器用なんだ、貴方って人はっ!!」
 黒影はそう、きつくは言ったがその目の下に光る一線を引いた。
 ……助けたい……其の一心だけで、貴方なら総てを捨ててでも飛び込んで来る。
 ……其れが……貴方にとっての「黒影紳士」である事に、変わりはない。
 始めは何も考えず……其れが軈て、愛する人の笑顔の為に……。
「黒影紳士」を書く上でのたった一つの変わらないルールがあると貴方は言った。
 ……大切な人が……色んな感情を抱き……笑顔でいる事。
 其れを……守りに来たのだ。
 勘違いするな。……僕は未だ創世神でも何でも無い。
 この「物語」と言う世界を、あまりにも知らない。
 僕を助けに何か貴方は来ない。
 助けに来たのは……「黒影紳士」であり、僕では無い。

『……黒影……。君がそんな風に想う事を僕が喜ぶと思うか?はたまた、僕の大切な人が、其れを良しとし笑顔になるのか?読者様は……そんな君に、今……何が言いたいか分かるか?どんなに泣いても弱くても構わない。怒っても良いし、上手く行かない日もある。……だが、其れではバランスが人間的に取れてはいない。喜、怒、哀、楽。……揃ってこその人間らしさだと言ったではないか。喜びに舞い、笑顔を見せ……怒りを知り、己や守るべきものと戦い……哀しみに心を痛めるからこそ、誰かを尊び、大切にし……楽しいからこそ、分かち合い、明日や夢をまた見る原動力とする。
 ……もう少し……もう少し何だ。僕が幾ら手を伸ばしても、君に此れを渡せない。
 君が受け取ろうと思ってくれなければ……。
 この書く手に僕の方は正義崩壊域オリジナルが反応している。黒影と同じ……今の自分が20年前の自分を回収した時に、創世神としての力が強くなり過ぎてしまった。
 ……此れを……黒影……。』
 創世神はそう言って、黒影に伸ばす震えた手を……決して下ろす事は無かった。
 どんなにこの大地に吸われそうで重かろうと、伸ばし続けるのだ。
「分かりました。大事な手が折れてしまいます。直ぐに下げて下さい。」
 黒影は創世神の余りの必死さに根負けし、足は動かないものの、手を伸ばし創世神の手を取った。
 すると、其の掌は不思議と開こうとはしない。
 ゆっくりと、指を外す様に開いて行くと……黒影の手の中に……確かに其れは手渡された。
 20年前黒影紳士を一時停止し、そして19年後再開され、一年。
 再開の時……確かに、此処から僕らは始まったんだ。
 その名は……
「再起の実」
 ……団栗の実からこんなに、広がって今がある。
 黒影の手には一つの雨に濡れたからであろう、湿った小さな可愛らしい帽子の傘が付いた団栗が一つころんと転がる。
『……黒影……昨日、散歩していたらね。雨が上がり空気は澄み渡り、空は青く美しかった。
 遠くからは金木犀の優しい甘い香りがして、足元を見ると其奴が転がっていた。……僕は誰よりも、僕が知り得る誰よりも、其れを君に渡したかった。
 ……もう、秋になってしまったね……黒影。また季節が巡ったよ、黒影。……僕は必死に書いたが、少し遅刻してしまった様だよ。……なのに何故、今……僕は微笑っているか分かるか?……君に……其奴をまた渡せたからだよ』
 創世神はそう言って、儚い様な悲しい様な……其れでも幸せだと分かる、微笑みで……涙目で黒影に言ったのだ。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。