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最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第四章 華、誘い


第四章 華、誘い


 ――――――

ある夜の事だ。

黒影の声が聞こえた気がして、私は振り向いた。
あの洋燈を手に…理由も無く星でも眺めようと歩き出す。
鳳凰にも似た赤い火星が、今にも消えそうな瞬きをしていた。
胸騒ぎがして黒影の事務所に電話でもしようと思ったんだ。
そんな時、ぽつりぽつりと光が空へと続くのだ。
「この光は…」
手元に持っている、一つしか無い筈の洋燈が、道を示す様にポンポンと浮かび上がって連なる。


 其れは二列の川の端と端の様に、歪んでも並行に夜空へと上がって行く様だ。
 其の並ぶ黒い鉄枠の洋燈に差し込まれ、組まれた硝子。
 現代とは違い、不純物が多く其の当時の硝子は、磨いても幾分か濁りがある。
 目を凝らし洋燈を見ると、中には白い菫の花。美しくも毒々しい原色の細長いまるで触手が一本、だらりと其の恐ろしさを見せる。
 根には毒があり、「死」の花言葉を持つ。
 寄子さんに危険を齎したその花が、今は恐ろしくも感じるのに、其の花が放つ妖艶な光に、吸い込まれてしまいそうになる。
 誰かを愛すると言う気持ちに気付いた日……。
 この人を一生涯守りたいと願ったあの日……。
 咲いていたのは毒の純真……。

 これは幻か、死に向かうのか何も分からずにいたが、手に持っていた筈の洋燈の炎も、白菫が放つ光と化していた。
 星、美しき闇夜が誘うならば、私は贖う事無く進んでみせよう。
 例えばこの先に辿り着く場所に「死」が待ち受けていようとも。
 私にはもう……この花を毒花等と呼ぶ資格は無い。
 寄子さんへの気持ちに気付けたこの花は、私にとっては思い出の花。
 其れが「死」へ導くのならば、私は其れさえ愛してみせよう。
「事実」も知らずに「真実」と呼ばず。
 迷うならば迷いなき夜にゆく。

 星と薄ら差し込む朧月の明かり……足元には其の幻想的な洋燈に入った白い菫のぼんやり放つ灯りだけ。
 進むと足元でカツンと靴先に何かが打つかるのだ。
 私はロングコートの裾を引き摺るのも気にせず蹲み込み、靴先を洋燈を持っていない方の手で探る。
 壁……否、途切れている。
 ……これは……
 紛れもなく、其処には漆黒の闇と同化した階段が形成されていたのだ。
「勲さぁーん!勲さぁーん!」
 ……寄子……さん?
 ふと、立ち上がり振り返ると、私が急に出かけたのを心配してか、寄子さんが足早にやって来た。
「まぁ……綺麗……」
 寄子さんにとっても、この毒花はもう……良い思い出に変わったのかも知れなかった。
 人は勝手な生き物だ。
 見る角度を変えるだけで、心の持ち様だけで「事実」を容易く捻じ曲げる。
 毒の事も、嫌な思い出も置いて行き……人は、前を向いて生きて行く事しか出来ないのです。
「もう暗いですから、危ないので先に夕飯でも召し上がっていて下さい。私はどうも此の洋燈の先が気になって仕方ないのです。変な興味だと思って、見なかった事にして下さいませんか」
 と、勲は寄子に言う。
「本当……綺麗で済ませば良いのに、変わった人ね。帰って来たら、誰がこんな悪戯をしたのか教えてくれる?」
 寄子は甘える様に腕を取り、勲の顔を覗き込み聞いた。
「ええ、勿論です。ほら、もう真っ暗ですよ」
 と、寄子は誰の悪戯だと思っているのは丁度良かったと、勲は安堵し怱々に戻る様に促す。
「分かったわ。……ねぇ……」
「はい……」

「待っていますから。お気を付けて」

 寄子はそう言うと、再び走って寺の方面へと帰って行ったようだ。
「お気を付けて……ですか」
 私は途方も無く長く空へと連なって行く洋燈を見上げた。
「此の階段……何段あるのでしょう」
 意味も無く、考える事も無いので、数え歌を心で歌い乍ら登って行く。
 ふと星が近くに感じて来た気もするのです。
 そんな時でした。
 星、飾る夜空が割れている様に見えたのは。
 長い階段で息を切らしたまま、手元の洋燈を掲げる。
「……これは……」
 夜にヒビが入っていた。
 何目を擦り見ても、そんな「事実」が、私の常識を覆して来るのです。
 夜を怖いなどと思った事は一度たりとも無い。
 ただ、此の不穏な夜の事は、夢だったとしても忘れられないだろう。
「事実」を確かめたくて、私は走り出した。
 蒼い星のやうに、其の瞳で捕らえてやろうと。
 私が狙った「事実」からは誰も逃げられはしない。
 何人たりも、逃しやしない。
 それが例え、未だ見ぬものならば……尚更。

 この夜に世界崩壊の始まりを告げる「事実」が現る。
 其の先にあるは「真実」
 赤き星の瞬きが消えてしまわぬ内に。
「事実」を司る者
 闇の中の割れた闇に身を投ずる。

 捕らわれたのは闇か……
 それとも私か……

※此の章は世界感と視点が切り替わる為、特別に短くなっております。

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。