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最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第五章 片翼の天使と云う物語


第五章 片翼の天使と云う物語り

 夜中に行形黒影紳士以外を書きたい衝動に駆られた。

僕には片翼しかない。
此れは産まれながらにそうである。
誰もが始めはそうなんだ。

そうでなければ、誰かを必要としないから。

此れは人と人が手を取り合う為に神様がそうされたのだと謂れているが、本当のところは誰も知らない。
もしも、本当に我々が片翼である理由がそうであるならば、僕はその理由を恨むだろう。

…だって…もう片翼を探す為に、僕等は殺し合うのだから。

これもまた黒影紳士に呑まれ行く物語なのだ。



二人の片翼の男女が手を取り合い走って逃げている。
僕は其れを白々しい目で軽く追い、助けもせずに視線を他へと投げた。
誰もが競っているのだ、この世界では。
誰よりも早く失ったもう片翼を取り戻す為に。

成人する迄に見付けられなければ死ぬ。
完璧では無いからだ。
同じ大きさ、同じ色、同じエレメンツの片翼を探し続け、見付けられるのは僅か20%程だ。
詰まり…その他80%は翼が焼け始め、その炎に肌も爛れて溶かされる。
地獄の溶岩に包まれ、真っ黒な炭になり…軈て風に乗り塵と化し、此の世界の常に灰色の曇天に帰って行くのだ。
折角20%の奇跡を見付けたところで…ほら…。
似た翼を持っているからと、他の者がつけ狙うではないか。

きっとアレはもう駄目だ。

そう思ったから僕は目を逸らしたのだ。
片翼を見付けたのは良いが、早過ぎる。
成人には未だ未だといった所では無いか。
焦り過ぎたんだ…生き急ぎ過ぎたのだ。
追っているのは成人も近いであろう男だ。がたいも良く、強そうだ。
片や逃げ惑う二人は子供の様に貧弱に見える。
隠れて生きていれば良いものを…。
成人になり互いが両の翼を持てる迄、我慢出来なかったのだろうか。
手出しは無用だ。
強き翼を持つ者だけが、この世で生きる事を許される。

僕はこんな世界で…初めから諦めていたんだ。
殺し合い、翼を奪い合う事でしか生きられないこの世界を。

僕等はこう呼ばれた…
「片翼の天使」と。

然し其れは違う。片翼の狩人に過ぎない。
生きる事は狩をする事。
だが、僕は何も探さないで死のうと思う。馬鹿らしく思えるんだ。
生きる事の方では無い。
あの若き二人の様には成りたくないだけだよ。

ひ弱に思われる女の方の翼を鷲掴みにして、成人も近いであろうまともであるべきの年齢の者が、もぎ取った。
バキバキと醜い骨が割れる音がする。
若い女は金切り声の様な悲鳴を上げ、背中の肉ごと剥ぎ取られ地面に崩れた。
呆気なく死んだのだろう。
手に入れた翼を奪った男はまじまじと見詰めたが、軈て女の死体に唾を吐き、翼は空高くに放り投げ捨てた。

…合わなかったのか…。

そう思っただけで、哀れだとも思わない。こんな景色が日常なのだから。
成人前に合致していた片翼を失った若き男は、業火に包まれる。
もう、片翼と出会う確率…0%になったのだ。
水色の透き通った柔らかな翼を持っていた。
水のエレメンツが一人…死んだ。

其れだけなんだ。其れだけ…。
僕は自分にそう言い聞かせて、如何でも良いこの世界を、何も求めず…探さず歩くだけだ。

僕には炎の翼がある。
同じ炎のエレメンツを見掛けた事はあるが、微妙に形や色が違った。
そもそも、同じエレメンツだと言って話し掛ける気にもならない。
僕は片翼で十分なのだ。
コロシアムに入るなんて御免だよ。
成人までもう少し。
皆が言う翼が揃えば得られると言う力も欲しくは無い。
そんな目標など掲げたところで、長生きしようと思える程の世界だとは感じなかった。

後…どのくらいの人生だろうか…。
僕は此の大地を統べる、巨大な硝子の下の時計を眺めた。
時計の秒針の音だけがせっつくのだ。
早く探せ…探さなければ死ぬぞと。

残された時間が分かる訳では無い。
だからこそ余計に、この世界の者達はこの大時計の音に踊らされるのだ。

こんな物…無くなってしまえば…

そう思い、膝を突いてそっと分厚い硝子に触れようとした時だ。

真っ赤な何かが此方を目掛けて来る様に見える。
其れも硝子の真下からだ。
其れは強い光を放ち、僕は目を腕で覆う。
其れでも腕の隙間から入る光は強く、視界を真っ白にして行くではないか。

そっと再び腕を下ろした時…確かに見たんだ。
僕と同じ翼を両に持った者を。
その男は漆黒のロングコートをバサバサと広げ、僕を見た。
硝子越しで聞こえないが、何か言っている。
何故だろう…翼を諦めた筈の僕が、硝子越しにその男が伸ばした手を取ろうとしていた。

「……めるな!……諦めるな!」

 其の男は確かにそう言ったんだ。
硝子を挟んで僅か小さな声ではあったが、その言葉を必死で叫んでいる。

ずっと…諦めかけていたこの世界…。

これが…失った者と出会うと言う事なのだろうか…。
硝子越しにも伝わる手の温かさ…無縁で死ぬ筈だった僕に…

黒影は必要としてくれていたんだ…。

…えっ…?

…僕は今…何と言った?
何故知っているんだ。
此の男の名を!

…込み上げる懐かしい日々…長い長い道のり…。
いた…。
確かにいたんだ…黒影は…!

歩いてきたじゃないか…どんな困難な時でさえ…信じ合って今まで…。

「今度は此方が行く!大丈夫だ、大丈夫に此れから成るんだ!」

 黒影はそう言った。

ねぇ…黒影?
僕はある本を読んでいた。
いつの間にかその本に夢中になった。
その本の名は…

「黒影紳士」

其れは他の物語を食らう本だと読んだ。
然し…
真実は……

「読む者を閉じ込める物語」

だったんだ。

 ……僕は……この世界を壊したいっ!

 こんな事を強く願った事は無い。
 今ある、のんびりと「黒影紳士」を読めた日常で十分事足りたじゃないか。
 なのに……じゃあ、今壊したいと願った世界は一体何なのだと言うのだろう。
 どの世界に産まれたとしても、他の世界を知らない限り、きっと満足して生きていただろうし、理不尽も何もかも……知らないのだから許せただろう。
 だけど……黒影……。
 余りにも多くの世界を知ってしまって、余りにもその世界の虚しさが胸に突き刺さる時は、如何したら良い?
 僕は忘れようとしていたんだ。
 君と言う現実を。
 現実逃避する様に、共に沢山の世界を知っている「黒影」の存在を記憶から消してしまった。
 所詮……物語りの主人公なんだ。
 ……「所詮」……と、君の大嫌いな言葉で掻き消した。

 気付いたんだよ。
 思い出したんだよ。
 君は……影なんかじゃ無い。
 紛れもない人として生きていた。
 何もかもがこの「黒影紳士」に組み込まれたストーリーで、君は其れに知らず知らずのうちに呑まれていたんだ。
 ……君は人なんだよ……黒影……!

  早く!早くこの事を伝えたいのにっ!
 僕は何度も硝子を殴り、黒影の名を叫んだ。
 こんな悲しい物語……早く目覚めさせなくてはっ!
 此れはミステリーでも、推理でも、探偵物でも、ファンタジーでも無い!
 何度も創世神は言っていた!
 黒影もずっと追い続けた!

 此れは……「真実」の物語だったんだ。

 最初から……そう言っていったのに。
 何故……人は「真実」を「真実」だと認めようとしないのだろう。
 黒影の様に……真っ直ぐ見詰められたなら……。
 もっと早く……気付いてやる事が出来たのだろうか……。

「……御免……」
 小さく呟き項垂れた。
 一人の人間を、物語に閉じ込めてしまったのは僕もだった。
「黒影紳士」と、読む者が「黒影」と言う一人の人間の人生ごと、物語の主人公と決めつけ……閉じ込めてしまったのだ。
 何て……罪深い物語だろうか……。
 黒影自身も、疑心暗鬼になり……自分を物語の主人公であると信じきっていたなんて。

 何故涙が出るのだろう。
 何故……君も泣いているのだろう。
 たった硝子の壁一枚が、僕等の人生を真っ二つに分けてしまった。

 そして……気が付いている。
 読む者である僕と、読まれていた黒影……そして今……更に「黒影紳士」は、この「真実」を暴かれ世界を広げた。
 僕らを……読む者が……いるね。
 此の世界から問おう。
 君は……君のいる世界を、何処迄信じる事が出来るかと。
 そして、黒影が何者であるか……「真実」は……時に残酷だと、誰かは口癖の様に言っていた。
 初めから……全てが「真実」だったのだよ。

 あの人は言った。
 其れは私の影だったと。

 本当の「真実」との闘いが此処にあると思って歩いて来た。
 確かに其の「闘い」は存在した。
 だがそれは……「真実」と言う黒影紳士で見知ったあの存在の事では無い!
 此処で闘わなくてはならない「真実」とは、読んでいる者と、現実の事だ!

 ……黒影!もう、気付きたく無い!言いたくは無い!そんなにまで辛い「真実」と出会した今……君なら如何する!?
 ……苦しい……言葉が……喉を支えて……。
 君が苦手で言い辛かった言葉……。
 僕なら何と……伝えよう……。

 黒影は必死に硝子を割ろうと体当たりをする。
 その度に、鳳凰の羽根がそのダメージからか、ちらほらと黒影の後ろに流れ落ちて行くのが見えた。
 君に伝えなくてはいけない事があるのに……気付いて欲しい事があるのに……成人に近付きつつあるのか、身体が言う事を効かずに倒れた。
 何て時の音は……残酷なんだろう。
 黒影が体当たりする音に重なる秒針の音は、刻一刻と心臓を締め付けて行くようだ。
 ただ……本を開いて……夢を見ていた筈なんだよ。
「黒影紳士」に全て呑み込まれる。
 其れは静かな安寧と言う「死」なのだろうか……。
 微かに開く目で黒影を見詰めた。
 黒影の瞳は真っ赤に燃え上がる……そう……黒影から総てを奪った、あの放火事件の日と変わらない炎の様だ。

「僕は君に大丈夫だと言ったんだ!僕に嘘を付かせるなっ!……此処まで信じて共に歩んできたならば、最後迄信じろ!……十方位鳳連斬……解陣!!」
 黒影は鳳凰陣を創り出した。
 ……けど、其れは「黒影紳士」が君に与えた産物。
「黒影紳士」のストーリーから逸脱するのに、効く訳が無い。

『……そう……決めるには早い。未来は……決めつけてはならない。どんなに悲観しても、どの物語でさえも……未来だけは奪えない』
 其の声、専用の『』は……!
 ふと、冷たい硝子に顔を付けたまま、辺りを見渡す。
 期待したんだ……創世神ならば、黒影に伝える事が出来るのではないかと。
 然し……何処を探しても姿が見えない。
 黒影は未だ硝子を如何割るか考え焦っている様だ。
 おかしい……黒影に創世神の声が聞こえなかったなんて。
 今は設定上の主人公では…………!?
 其の時……気付いた。
 誰かに読まれている……創世神の声に気付ける……。
 今、現在……此の死に掛けの一読者であった僕が、主人公にされたと。
 じゃあ、黒影は如何なるんだ!
 主人公の僕が死んだら此の物語はっ!

「……僕なら、大丈夫だと言いましたよ。僕は今……主人公から普通の人間に戻った。然し、鳳凰陣を出したまま。「黒影紳士」は、何の役柄も失った僕に、干渉出来ないんです。だから、もう少しだけ……物語の主人公気分を味わっていて下さい」

 ……黒影の声が……くっきり聞こえる……。
 それも、「黒影紳士」の干渉が無くなったからか。

 「黒影は如何するんだ!?鳳凰陣では守る事しか……!」
「先輩に向かって何すか、此の新米主人公は!……守るのは俺1って何時も言ってましたよ!幾ら読者様だからって、今は此の物語の主人公なんですから、容赦なく言わせて貰いますよ!……吸っ(息を思いっきり吸った)……俺の存在、忘れてこんな高い所でゴタゴタしてんじゃねぇ!死なれたら「黒影紳士」の今いる此方の世界がぶっ壊れるんですよ。だから黙って救われろ!」
 と、偉そうにサダノブの分際で言ってくるではないか。
 ……確かに……助けてと……言いたかった。
 何時も助けてが言えない黒影も、こんな気分でサダノブに救われていたのだろうか……。
 案外……口は悪いが、言わなくて済むので有難いのかも知れない。
 翼を唯一持てなかった謎のサダノブの設定は、こんな高所に来ても書き換えられない様だ。
 如何やってこんな黒影紳士世界から見て上空の、此の「片翼の天使」の世界真下迄来たかと、這ったまま下を覗き込むと……続いているんだ。
 黒影の鳳凰陣で連ならせた物は……氷の……階段。
 僕は其れを知りホッとした。
 これで……後は此の硝子さえ砕ければ、助かる。
 そう思った矢先だった。
 背中がやんわりと温かくなるのを感じて、僕は冷や汗を頬に一筋伝わせた。
 ……此の時が……死ぬ……のか?
 覚悟はしていた。分かっていた。
 誰もが……生まれた時から知っている。
 なのにどれ程……其れこそ一生分の人生を「死」の前に用意しても、この恐怖からは逃れる事が出来ない。
 出来るだけ痛くなく……出来るだけ……一瞬で終わって欲しい……。
 パチパチと生臭く焼け付く匂い。
 それが自分の翼が今正に焼け落ち始めた証拠だ。
「諦めるな……一秒でも、大事だと……」
 恐怖に顔を両手で覆った僕に黒影はそう言い掛け止まる。
 ……えっ?
「黒影!……黒影っ!」
 何故……君が……。
 手を伸ばしたまま、黒影の鳳凰の翼が真っ黒な煤に包まれ散って行く……。


 嘘だ……。君は……僕の思う最強で最弱で温かい……紳士だったでは無いか。
 散る姿など…………。
 違う……僕が主人公だから……か。
 僕が死んだら、君の世界も……死ぬ。
 黒影を助ける方法……自分で生き抜く方法……。
「……恐れるな。恐怖で追えなくなるから。止まって泣いたら……見失う……」
 風柳の口癖が頭を過った。
 自分が今死に掛けていると言うのに、黒影の心配をする暇等ない事は分かってる。
 でも!黒影が言った!大丈夫にすると!
 何故信じるんだ。
 藁をも掴む様に。
 何故願ってしまうんだ。
 何時も通りの君を。
 君が愛した……何時も通りが、こんなに愛しかったなんて!
 気付かずに疑い続けた。
 この「黒影」と言う主人公の事を。
 物語の主人公であるのに、読者の僕に平気で話し掛けてきたり……何でもかんでも、壁と言う壁を飛び越える。
 そんな君が、怖くもあり……何処か……羨ましかった。
 そんな主人公に次は僕がなるのか?
 違う……。黒影を理解しようとすればする程、謎が深まった。
「……黒影。僕は最初、君は一人だと決めつけていた。然し、其れは……物語りと言う不変の世界だから、一見正しいと思える事すら疑っても良いんだ。君じゃないと似合わないんだ。どんな君でも構わない……。黒影紳士の主人公は、何人も存在する。黒影すら恐れた……そう、創世神の頭脳。黒影……僕の思う答えを言おう。如何か……君よ……この言葉を言っても消えないでくれ。………………
 ………………黒影と創世神は…………

 ………………同一人物である!」

 落ちて行く黒影の姿が時を止めた様に止まった…………。

 黒い羽根が一斉に黒影を包む。
 硝子の大地はガタガタと揺れ、悲鳴の様に軋む音を立てた。

真っ黒な……影が…………誕生する……。

 取り巻く羽根が開いた時、黒影の翼迄も漆黒の闇。

「僕がまた主人公だ。どうぞ宜しく読者様」

 黒影はそう言い、帽子の縁を摘み下げ、軽い会釈をした。
「黒影なの!?何時もの黒影なのか?」
 その姿は翼の色が違うのに、紛れもなく……声も、動きも黒影だった。
「……正解だ。導いてくれて有難う。……嘘を付いていてすまなかった。ずっと……苦しかった。僕が……僕でいられなかった事が。信じて導いてくれる読者様を探し、ずっと書き続けた。僕の人生を物語りにして。永遠とは……この「黒影紳士」と言う物語りその物!……僕をこの漆黒の書に閉じ込めた、僕自身の影……っ!僕は……僕は……!」
「如何したの、黒影?!」
 読者様が叫んでも、黒影は恐怖に引き攣った顔で、涙を頬に伝わせた。(黒影と創世神が同一人物になった事により、黒影の動き、感情の全ては自動的に黒影紳士に書き込まれている)
 其の顔すら逸らし、震えている。
 一体何なのか……「黒影紳士」の書とは。
「……悲しみだったんだ。20年程前、season1を書いている途中……腕が震え書けなくなった。苦しくて……悔しくて……。其の後もずっと、身体中の痛みに耐えるだけの日々。弱くて……無力で……。書けないくらいならば、死にたいとさえ思った。思った……。ある月の綺麗な晩、僕はベッドから手を月明かりに翳し願ったんだ。如何か神様……もし、本当にいるのなら、僕の手を書ける様に戻して下さい。他に何も……要らない……から」
「先輩?」
 其の最後の黒影の一言に、サダノブが不安そうに見詰めて呼んだ。
「……何も要らないと、望んだんだ!其の何が悪いっ!この黒影紳士の世界は今動いている!……サダノブだって、読者様だって今、読んでいるじゃないかっ!存在するだけで十分満足してきた筈だろう!?……自分だって……自分だって、こんな事になるとは思わなかったんだ!まさか……「黒影紳士」の続きを書き始めようとした時、自らが閉じ込められるなんてっ!著者が閉じ込められるなんて、其れこそ前代未聞だ!最初はのめり込んで書いているだけだった。其れがいつの間にか、いるんだよ……僕が。書いているイメージの中に、僕が映り込む様になった。現実との境界線にいた頃は、黒影と言う存在が、現実の彼方此方の影として見え始めていた。其れも気の所為……そう思って黙々と書き進めた。けれど……ある時から僕はずっと、自分自身を見て書いているんだ。ある日……今にも黒影紳士の世界にでも呑み込まれそうだと、妻と笑った。それからだ……。時折、黒影が僕の姿になり此方を向く。想像の産物が、自分になり僕を見ているんだ。……さぁ、次は如何動く?と、聞いてくるみたいに。何かの病気かとも思った。幻覚の様な物ではないかと。しかし、現に今も書く手が震えているのに書いている!黒影紳士を書いた時にだけ決まってそうだ!僕は気付いたんだよ、僕は……自分を主人公に反映させて書くだけだったが、何時の間にか自分自身が呑み込まれ乍ら書いているのだと!」
 黒影は苦しそうに、言った。言い捨てた後の呼吸は荒々しく、そう……まるで血が引いている。
 血が引くのさえ、書けるんだ。だって、同一人物だから。
 何もかも分かる、考えも、外観的な主観じゃなくとも。
 これは「」外だから、如何表現するべきだろう。
 これが僕だ。「黒影」のまま書いている。
 本当の僕だと言っても良い。
 君には、何時もとの違いが分かるだろうか。
 正しい線引きが出来るだろうか。僕にも分からない線引きを……。
 こんな風に、書いていた。
 黒影の台詞と、書いている僕の台詞は何ら差など、既に無かった。
 僕は慌ててもう一人の自分を創りあげた。
 其れが……「創世神」だ。
 このまま、主人公と著者が同一人物である事は許されなかった。
 あの、若き日の願いが叶った時、全ての僕と言う存在は「黒影紳士」の中で書き続けていたんだ。
「許されないって……如何言う事です?自分で書いてる物語りなのに?」
 サダノブが黒影に聞いた。
 僕から見れば、真っ黒い表紙の本の中の僕に聞いている状態が見えている。
「ああ……黒影紳士に入り込んでしまった時、其れに気付かれまいとしたんだ。僕自身がね。今は長い此の物語り……。既に読者様がいた。其の数人が、ある事に疑問を持った。僕は作られているのでは無いかと。SNS上で黒影紳士を宣伝して動く僕は誰なのかとね。愚問だった。僕なのだから。けれど余りの気質の違いに脳内で分別され始めていたんだ。だから、今更言えなかった。僕がそのまま黒影なのだと。黒影のモデルは僕で、何一つ変わらない自分なのだと。僕は自分を捨てた。人が望む様に有れば良い。最高のエンターテイナーで、楽しく有れば良いじゃないか。満足され、提供しようとする姿勢は、主人公である僕が読んで沢山の感情を味わって欲しい……そう願う概念と、根本は変わらなかったのだから」
 黒影はそう薄ら笑みを浮かべたが、其の目は帽子に隠されたまま。
 痛切に心が痛む……。嘘を吐くつもりなど決して無かった。
 けれど、望まれる姿になろうとかけ離れゆく自分。
 ある日僕は恋しくなった。
 望まれなくても、自由に書いていた自分……。
 そう思って立ち止まり振り返ってみると、本来の黒影と言うキャラクターが未だ見えた。
 其れが……season1の「勲さん」だった。
「「勲さん」が……羨ましかった……。そのままで……生きているあの存在が……」
 20年前、ヴィジュアル系バンドが好きだった僕。
 中でもちょっと変わり者だった。
 皆んな黒い服を好むけど、僕はその中でも紳士に憧れ、シルクハットとお気に入りのロングコートを羽織り、颯爽と当時歩行者天国があり、バンドが犇き合う原宿の街を我が物顔で歩いた物だ。
 靴先の尖ったブーツ。薄いが靴底は固く、夜中でもカツカツと現れば皆が振り返った。
 僕が来たのだと……其の音だけで分かる。
 親しくなった友人は大概言った。始めは怖い人……話すと優しい。不器用で……其処がまた僕の良さなのだと。

 僕は宣伝するアカウントでは弱音を吐けなくなり、皆んなが望む、強い活気ある黒影でい続けた。
「怖い……」余りの数と勢いにそう言われた。
 ……其れは……僕を理解していないだけ……不器用……だから。上手く言えなかったんだ……その方が皆んなが信頼して安心する「黒影」で要られるからと。
 軈て少しずつ理解する人が増えた。ほんの……一握り。
 強さに憧れられる中、僕は逃げた。
 もう一つアカウントを作り、息抜きをしよう。
 そうして宣伝や他の小説を応援する以外は、其処で寛いだ。自由に書いて……言葉の変化も気にしない。
 元からキャラクターに合わせて、幾らでも自在にキャラクターを男だろうが、女だろうがすいすい書く事に慣れていた。
 自由に書いて、本当の性別さえ混乱させてしまった。
 再び、僕が女だと分かっても疑心暗鬼が深まってしまった。猫語で遊んだり……少しは、話し掛けられる事が増えたのに……。其れが孤独に書いていた僕には、嬉しかった事なのに……。読み途中の読者様を混乱させる結果となってしまった。
 書いて遊んでいただけなんだよ。
 あそこには、所謂色んなキャラクターの、落書きがある。
 ……聞いても良いですか。
 ……本当の僕を聞いた読者様……。
 じゃあ……一体君には僕が如何見える?
「……君には……僕が如何見えますか?」
 黒影が徐に聞いた。
「何処から如何見ても黒影じゃないか。……如何したんだい?何を言っているんだ?」
 読者様はそう答えた。
「否……愚問でした。僕もそう思います。読者様と大切な本文にいる時、僕は何よりも自分に素直でいられた。言葉も飾らず、そのままでいられました。こんな堅い言葉で、時には厳しい事を言ってしまう僕は、一歩外に出れば話し方を変えなくては、到底人が寄り付きもしない。……君の言葉が……今……途轍もなく……嬉しくて……」
 ……如何見ても黒影……。
 其の言葉に涙が止まらなかった。
 書いていた僕も責めずに、信じてくれた目の前の読者様に。
「……先輩、俺さっきから全く分かりませんけど、崩れますよ……硝子全体が」
 サダノブがヒビが入り始めた、巨大な僕らから見て上空の大時計を見上げて言った。
 サダノブは……良い僕の親友だ。
 こんな親友が欲しかった。僕は「助けて」が言えない。
 だから、気付いて助けに来てくれる友人が欲しかった。
 本当は身体の弱い……僕だから。
 僕は上をジッと見上げた。
 帽子から真っ赤になった目が現る。
 全ての五大元素のバランスを保つ為に……此の硝子を破壊し、正義再生域を開放しない限り、正義崩壊域及び「黒影紳士」の僕等の世界は崩壊する。
 此の世界は……僕が守る!
 僕が愛した……僕が唯一素直で要られた……大切な場所。
 呑み込まれてもなお……愛すべき場所。
「此の硝子は割れて良いんだ。然し、余りにも巨大過ぎる。こんな物が落下すれば、黒影紳士世界に重大な被害が出る。何としてでも、これを一度受け止めなくてはならない!落下速度を軽減し、砕かなければ!硝子のGは高さに比例して飛散する!……朱雀炎翼臨!」
 此れが……時の全て……。
 再び黒影紳士を書き始めた僕に、何故か現れた時夢来含む、時の歪み。
 ただの推理ミステリーだった筈が……此処から崩れ始めたんだ。
 そして僕は……今……恐ろしい存在に背筋を凍らせている。
 感じるんだ……。
「黒影紳士の書」その物が……まるで自分は神とでも言わんばかりに僕等を見ている。
 バタンと大きな音が響き渡った。
 ……此の音は……。
「サダノブ!……黒影紳士の書が閉じられた!」
「へ?読者様は好きに閉じられるでしょう」
 サダノブは何を言っているのかと聞いた。
 全く説明に面倒な奴だ。……だけど、サダノブは僕みたいに頭が堅く無い。
 そんな所が、見ていてほっとする。
「違う!読者様が閉じたのでは無い!……「書」自らが勝手に閉じたんだ。今、僕等を遠巻きに読んでいた読者様すら飲み込んで!黒影紳士の世界が、全ての物語のハードだと思われがちだが、其の上がある。ハードを組み込んだスーパーコンピュータみたいな存在……其れこそが「黒影紳士の書」其の物何だ。閉じられてしまえば、僕や読者様は現実世界に戻れなくなる!」


次の第六章へ行く↓

後半息継ぎ出来ないぞ。今のうちに水分補給は大丈夫かな?🎩🌹❓




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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。