久しぶりにカップ麺を作ったら、
湯沸かし器が小刻みに震えている。
口から湯気が立ち上り、狭い部屋の湿度をわずかに上げていた。
蓋を半分だけ開けたカップにそれを注いだ。
僕は東京で一人暮らしをはじめて、もう8年になる。
カップ麺はそんな僕をかなり長い間支え続けてくれていた。
いわば高校の同級生くらいの仲だった。
しかし最近は三食しっかり自炊をするようになったので、お手軽なインスタント食品とは距離をおいていた。
「よう、久しぶりじゃねえか」
カップ麺はそう言っている気がした。
「お前、なかなか連絡よこさねえから、心配してたんだぜ? ちゃんと飯は食ってんのか、野菜は摂ってんのか、栄養バランスはどうだ、ってな」
それをカップ麺に言われると奇妙な感じがした。
僕らはしばらくお互いの近況について話し合った。
「まあ。でも、また会えて嬉しいぜ。覚えてるか? お前がオレらを箱買いして、ストックしてたの。こいつ毎日毎日おんなじもん食って飽きねえのかって思ったね、オレは。変えることといったらタマゴおとすか、裂いたサラダチキン入れるくらいだったろ?」
僕はいまは毎日自炊していることや、食が細くなったことについて話した。
「お前、まだあの彼女とやっていけてんのか? 二年だっけ? そう考えてみると長いよな。でも、お前はこれからもっと長い時間を彼女と過ごすんだぜ。わかっちゃいると思うけどよ。人と人が寄り添うなんてのは、簡単なことじゃねえ」
カップ麺はそれなりの人生観をもっているようだった。
「なあ、いいか。大切なのは時間をかけることだ。お前の彼女はオレらよりずっと年下なんだから、価値観だってちがう。ケンカだってするだろうさ。それをお互いに許容していくためには、時間が必要なんだよ。どれだけあっても充分ってことはねえ。お湯を入れて三分待って、はい召し上がれってわけにはいかないんだよ」
僕は曖昧な返事をした。
そのことについて、どういう反応をしていいかわからなかった。
「あ、そういえば」
彼は思い出したように言った。
「麺、伸びてるぜ」
僕はタイマーをかけ忘れていたことに気づいた。
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