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女/性 れい「れいはいい子」


「れいはいい子」彼女の自宅の冷蔵庫に貼ってある小さなホワイトボードにそう書いてあった。多分、彼女の字で、自分にいい聞かせるみたいに。

最近は髪の毛をカラフルな色に染める人が多い。私が知っている限り、彼女の髪の毛はピンク、白、そしてこの時のブルー。昔と違ってカラー剤がいいのか全く傷んでいないんだから羨ましい。
いつも彼女はビンテージの個性的な服を着ていて、大正ロマンのイメージでコーディネートしているファッションは彼女によく似合っている。
わりと振り切ったスタイルを貫く彼女の洋服に対しての執着はなかなかなものだ。一体いくら服に使うの?私はつい毎月の洋服代を聞いてしまった。稼いだらそのまま洋服代に消えると答える彼女。洋服が好きな人って口を揃えてそんな風なことを言う。

都内の品のいい住宅地。東京にはいろんなタイプの街があるけれど、この街は穏やかな品のいい街でファミリーが暮らすのにちょうどいいバランスだ。結婚している彼女の自宅にはパートナーとの暮らしが散らばっていた。彼女が夫を愛しているのが伝わるし、夫も彼女を愛し大切に大切にしているのだろう。互いに尊重し合っている空気が流れていて、私は夫不在の部屋で彼女を見守っている彼の気配を感じていた。もしかしたらあの冷蔵庫のホワイトボードの文字がそう感じさせていたのかもしれない。

ファッションは自己表現であり、その人を表すものだと私は思う。彼女はいつも目立つ装いだからか、洋服が好きということとは別に変身願望のような何か強いものを感じてしまう。という私にもそんな時期があったし、今も自分が着る服のテイストに気分や話し方や歩き方まで影響される。着るもので心に変化が起きるってことはきっとよくある、だから何となく彼女は自分を着せ替え人形にしているんじゃないかと勝手に想像している。

自分じゃない誰かになることは刺激的だ。日常を忘れ、自分が普段無意識に演じている自分を捨てて、知らない人格を演じたり、理想の自分を演じたり。なりたい自分を手に入れることのできる洋服という魔法は、着せ替え人形遊びをしていた時に得ていた興奮と快感にすごく似ている。新しいドレスを付ければ着せ替え人形は輝きを増す、洋服によって違う自分を見つけることが出来た私もキラキラ気分で幸福感に満たされる。

洋服一つでそんなに変わらないと思うかもしれないけれど、洋服一つで他人の接し方も変わってくるんだから、当然自分の意識も変化する。自分を演じてるなんて考えは変だと言われれば変、でも、私はみんな無意識に自分という人間を演じているもんだと思っている。日常の中で私たちには配役が決まっているのではないかと思うことすらあるし、「〇〇らしく」なんていうのはその役らしくするって意味かもしれない。

彼女の服の量は、かなりのもの。クローゼットも寝室も、みっちりと彼女のものでいっぱいだった。
「これが私」と、彼女の服が顔を見せる。負けるものかと他の服を押しのけるように「私も見て!」とつぎからつぎに服が顔を出す。ビンテージの色とりどりの服の山から、彼女の「私はこれが好き」が伝わってくる。TPO別にいろんなテイストの服を持つ私からしたら、こんなにもこれが好きって言えるのってすごい、貫けるのってすごいと感心してしまう。こうやって好きを主張出来る彼女はなかなかはっきりした性格に感じるのに、どこか浮遊した雰囲気を持っている。

「私は夫が好き」彼女はそれもはっきりと言う。
「私は洋服が好き」という好きとは違うものだとわかっているけれど、彼女のはっきりとした「好き」の存在は自分を守るお守りみたいなものなのかもと感じる。
誰かに愛されていれば自己肯定感は満たされるなんて聞くけれど、それで言えば彼女は何に満たされていないのだろう。
こんなにも好きに囲まれて、愛して愛されている彼女の求める「いい子」って?

いい子っていう言葉は単純じゃない。いい子にはいろんな意味がある。誰かにとって都合のいい子、印象のいい子、褒められることをしたいい子、その時のその場面によっていい子の意味は変わってくる。場合によっては呪いのような言葉になるのではないかと、私はトラウマ的にこの言葉を警戒してしまう。

彼女の「好き」が彼女自身に向いて「自分を愛せる子」になったらいいなと、思う。それが最強のお守りになるはずだから。


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女/性 水元れい
写真・文:SAKI OTSUKA

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