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双極性障害と診断されて良かったと思った話

今から約4年ほど前、私は双極性障害Ⅱ型と診断されました。

双極性障害がどんな病気なのかは大まかに知っていたので、双極性障害になったことを良かったと思ったわけではありません。

私は、ずっと自分がなんの病気にかかっているのか知ることが出来ませんでした。


初めて心療内科に行ったのは、大学2年生の頃だったと思います。

最初は講義を受けているときに教授の言っていることが聞き取れなくなり、ノートが取れなくなって、一生懸命講義を聞こうとしても頭がぼーっとしてしまい理解出来ず、泣いてしまう…

それが何度も続くようになり、正直この時点でだいぶ参っていました。

その後、人が怖くてバイトに行けなくなり(接客業でした)電車が通学できなくなり、夜も眠れなくなり、最終的に引きこもりました。

そして、最終的に休学することに…

1つ目の心療内科に約1年通いましたが、そこの病院の先生は「精神疾患はどの病気かわかるのに時間がかかるんですよ。」といって、病名を教えてくれることはありませんでした。(休学に必要な診断書は鬱と書かれていました。)


病名が付かないってことは、私の性格の問題なのかな。

自分が頑張れていないから何も出来ないのかな。

みんな頑張っているのにどうして私は頑張れないんだろう…

毎日毎日そればかり考えて泣きました。

今の現状は私のせいだと責め続けて。


その後、急に頑張れる気がしてきて(今思うと軽躁状態だったと思います。)復学して卒業、就職して、建築業界の正社員として働き始めました。

しかし、激務に耐えきれず働けなくなりました。

一人暮らしをやめて実家に帰り、また、引きこもりになりました。

1年くらい引きこもっていたと思います。



「どうして、みんなが出来ることが出来ないんだろう。」



カーテンも開けず薄暗い部屋で天井を眺めながら自分を責めました。

身体は鉛のように重くて何も出来ない自分に腹が立ちました。


そして、月日は流れ、また急に頑張れそうな気がしてバイトを始め、体調を崩し、バイトを辞め、引きこもり、バイトを始める…それの繰り返し。


みんな生きるの上手くない??

なんで私だけこんなに周りから浮くの?

何がおかしいのか誰か教えて!


辛くて辛くて自分の髪を引きちぎったり、身体を殴りまくってました。

痛かったけど、周りと同じように頑張れない自分は罰せられるべきだと思ったので、痛みを感じるまで殴っていた気がします。

そんなことを何度も繰り返し疲れ果てたとき、


最後にもう一度心療内科に行ってみよう。


これで病名が付かなかったらその時は諦めようと決めました。


次に行った心療内科では、「鬱」「社交不安障害」と診断され、


しばらく通院して「双極性障害」と診断されました。


私、病気だったんだ!!

やったーーー!!


ものすごく喜んだのを今でも覚えています。

病気だとわかって喜ぶなんておかしいことなのに。

でも、自分が社会に溶け込めないのは自分のせい。

自分が悪い。

と、何年も何年も責め続けていたので、上手くいかないのは全部自分のせいというわけではなくて、病気のせいでもあるということがわかって、なにかから開放された気がしました。

ようやく家族にもどういう症状がある病気なのか伝えることが出来て、前よりお互い上手に距離を保てるようになったと思います。


この心療内科には今も通っていて少しずつ体調が安定してきました。

本当にセカンドオピニオンを受けて良かったと思います。

あのとき勇気を持って病院を変えていなかったら今頃私はどうなっていたのか…

私は、あのとき、双極性障害と診断されて良かったです。


「どうして私はみんなが出来ることが出来ないんだろう。」と悩んでいる方が、このnoteを読んで、病院へ行く勇気が少しでも湧いてくれればいいなと思っています。


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