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坂の上のつくも|ep11 「高嶺の花」〜時計とランプの恋物語〜|1話完結





episode 高嶺の花 「時計の恋心」


「たける~、大変だよ~」

 勢いよく開けられたドアの音に驚いた尊が玄関につく前に、散り始めた紅葉を体にくっつけたテンとスイは、勢いのままに室内に上がり込み、スハラもいるだろう居間へ駆け込んだ。

「あのね、我ら、依頼持ってきたの!すごいことが分かったの!」

 深刻そうな様子のテンに、スイがつけたす。

「ガラス屋さんに行ったら、依頼されたんだ。尊とスハラに相談するのが一番いいと思う」

 尊とスハラは、どんな深刻な話をされるんだろうと少し覚悟しながら、2匹へ座るよう促した。

 椅子に座ると、2匹は勢いよく話し出した。

「あのね、依頼なんだけど」

 2匹が話す内容は、話があっちこっちに飛んでしまい分かりにくかったが、どうやら堺町通りを散歩していて依頼されたということだった。

 小樽にはその歴史から、多くのガラス店が存在する。ガラス製品の製造所、ガラス製品を販売するお店、またその両方を行うところ。
 街を歩くと、多種多様なガラス製品を見ることができるのが小樽の魅力の一つになっている。

 今回の堺町通りにあるガラス店にも、色とりどりのガラス製品が展示・販売されている。大きな作品や小さな作品。それらは観光客が購入していくことが多く、手ごろな値段のものが多いが、なかなか高額な商品もあり、さまざまだ。

 依頼人は、その店でずっと売れずに残っているガラスの装飾が付いた置時計だという。

 店内のディスプレイとしてはとても立派で見栄えもよいが、高額かつ「置時計」という、場所と人を選ぶ作品は、なかなか売れずに残っていた。

 売れ残りというだけあって、長い時間を店で過ごす置時計は、いろいろな人たちを見ているうちに、いつの間にか意思を持つようになった。

 そして、売れない自分について考えるようになったが、売れないことよりも気になることがでてきてしまう。

 それは、同じ店内で販売されているランプのことだった。

 そのランプは、背が高く、スタンドタイプのものだが、大きいこともあってなかなかの価格で、置時計と同じにずっと売れずに残っていた。

 しかし、優美で気品のある輝きで、店を訪れた客を照らすランプの様子に、置時計は心を奪われてしまった。

 テンとスイ曰く、「それは恋のごとく」だそうだが、置時計は否定したという。

 抱いた思いは、『あのランプと並びたい』

 ものである以上、人に大切に使われたい。そして、その上で、ランプとともにありたいと置時計は言う。

 テンとスイは、置時計の願いを聞き、その『恋』を叶えようと考え、スハラたちの元を訪れたのだ。

「それでね、尊とスハラに、置時計とランプの仲をなんとかしてもらおうと思ったんだ」

 スイとテンからは、どうにかしてあげたいという気持ちと、半分は野次馬のような様子が見られる。

「う~ん、なんとかしてあげたいのはわかるけど、オレたちで何とかできるかな」

 誰かの仲を取り持つなんて依頼は今までなかったし、しかも「モノ」同士の仲だなんて、うまくいくかどうか想像すらつかない。

 しかし、そんな尊の不安を見透かしたのか、スハラがやってみればいいんじゃないと言い出す。

「要は、2人が話すきっかけをつくることができればいいのよね。だったら、難しく考える必要はないと思うわ。それに2人は同じお店の中にいるんでしょう?話が早くていいじゃない」

 尊はちょっと迷いながら、じゃあとりあえず話だけ聞いてみようかと提案する。

「じゃあ「ぜんはいそげ」だね!早速行こう!」

 元気よく走り出すテンとスイに促されて、尊とスハラはガラス店に向かうことにした。


episode 高嶺の花 「売れ残りの置時計」 

 ガラス店につくと、テンとスイは迷わずレジにいた店員に「こんにちは」と声をかけた。

「あれ、今日2回目だね。」

 三上という名札を付けた店員が、おやつはさっきので終わりだよと言いながら、テンたちのほうを向く。

「さっきのおやつおいしかったよ!今度はルタオのチョコがいいな。でね、今は内緒話があってきたの!」

 当たり前のように仲の良い様子に、スハラがクスっと笑う。ていうか、テンとスイは、ここでもおやつをもらう常連なのか。

 テンは三上さんを手招きし、店の隅へ呼び寄せた。

 店の隅に集まった3人と2匹は、顔を寄せて、テンが尊へ、ではどうぞと話を促す。

「あ、えぇと、テンとスイから聞いたんだけど、この店の売り物の置時計からの依頼があったって。で、内容は、ランプとの仲を取り持ってほしいらしくて」

 テンがすかさず緑色のやつ!と口をはさみ、隣のスイがぼそっと、恋だねなんてつぶやく。

 三上さんは、その依頼内容に特段驚く様子もなく、どの時計だろうと店内を見まわした。

「置時計はいろいろあるんだけど、きっとそこそこ古いものだよね」

 ちょっと考えてから、あれかなぁと店の奥へ消えていった三上さんは、戻ってくると、テンの頭くらいの大きさがある時計を抱えていた。

 それは、緑色のガラス細工で覆われた時計だった。

 緑色といっても、濃い緑色に時折明るい緑色が混ざり、深い森を思わせるような色だ。ローマ数字の刻まれた文字盤は、しっかりと時を刻んでいる。

「この時計が、商品として一番長くここにいるんだよ。作品テーマはドイツの「黒い森」。君たち、黒い森って知ってる?」

 なんかうんちくで話が長くなりそうな三上さんの話を遮るように、スハラが感嘆の声を上げる。

「きれいな時計ですね。商品ですよね?すぐに売れそうなのに・・・ずっとあるんですか?」

「え、うん、ずっとね。いつからだろう。僕がこの店に来たときはあったから、ざっと10年は売れてないんじゃないかな。それ以上前だと、店長に聞かないとわからないな」

 スイとテンは、時計の匂いをかぐかのように鼻をふんふん言わせて、森ってなんの匂いかななんて不思議な会話をしていた。

「で、この時計が気にしているランプですが、」

 尊は店内を見まわすが、尊にはどのランプなのか見当もつかない。

 それもそのはずで、店内にはたくさんのランプが飾られている。卓上タイプのものや、スタンドタイプ、大きさもいろいろだ。

「それはあちらの方なのです」

 突然聞こえた声は、ささやくような、恥じ入るような、しかし好奇心に満ち溢れた優しい声。

 聞きなれぬ声に驚いた尊に、その声はすみませんと少し恐縮して話しかける。

「私が話しました。驚かして申し訳ありません。はじめましての方もいらっしゃるのですね。私は時計のコクと言います」

 テーブルに置かれた置時計が話し出す。

「私は20年以上前に九州の工房で作られたものですが、この店に来て15年、今は自分が購入されることよりもあちらの方が気になって気になって、通りかかったそこのお二方にお願いしたところでございます」

 時計は、秒針をコチコチ言わせながら、とても誠実そうに話した。


episode 高嶺の花 「恋の形」 


「気になり始めたのは今から3年前。忘れもしません、あれは暑い夏の日でした」

 時計は、勢いづいて、誰も問うていないのに滔々と話を続ける。

「私は、店内のレイアウト変更により、店の奥の、ほら、あちらの柱時計が置かれているところですが、あちらからそこの窓際へ移動したのです。
 そのとき、同じ窓際に置かれたのがあの方でした。凛としたあのお姿。まさに運命を感じました。私はそのお姿に魅了され、憧れを抱いたのです。
 しかし、あの方はランプでしたので、すぐに窓際ではなく店内奥の明かりの少ないところに移っていかれました。しかし、それはしようがないこと。
 周囲を照らすのがあの方の役割です。わたしの役割とは異なります。

 しかし・・・しかし。例えば我々が同じ部屋にあったらどうでしょう。
 置時計とスタンドランプ。例えばそこがベッドサイドだったら、例えばそこがリビングの片隅だったら。私たちはきっと並んでいても違和感がないと思うのです。一度そう思ってしまうと、もうだめでした・・・。あの方と並びたいと、私は願うようになってしまったのです!」

 悲劇を演じる役者のように語るコクは、一息に話し終えると、大きなため息をついた。

 尊たちが口を挟む間もなかったが、コクはさらに話をつづける。

「・・・しかし、私は動けません。また、機会にも恵まれず、これまでこの気持ちを隠し抱えてきました。縁がないといえばそれまでなのかもしれませんが・・・。
 そんな悩みを抱えていたところに、お二方が声をかけてくださったのです。私はこれ幸いと、これまでの思いを吐露しましたが、・・・誰かに伝えないとならないくらいに、私は思い詰めていたのですね」

 自己完結し、一人納得するコクに、テンが自由に発言する。

「それはいいからさ、ねえねえ、結局どのヒトなの?ランプっていっぱいあるじゃない?我はあそこのランプが好きだけど、コクはどれ?ねぇどれなの?」

 ぐいぐいと話を進めるテンに、コクは負けじと、だけど大声にならないように声を張る。

「私がお慕いしているのは、店の奥、南方向壁際にいらっしゃる、オレンジの傘のお方です!」

 コクが示した場所には、オレンジ色のランプシェードを持つ、背の高いスタンド式のランプがあった。
 周囲をあたたかく包み込むような、夕焼け色の美しい灯りは、ランプである以上に芸術品のようだ。
 尊たちが、その灯りに目を奪われている間も、コクは話し続けている。

「あぁ!なんて美しいのでしょう!隣に並ぶことができたらどんなに素敵なことか!皆さん、ぜひともお願いします!」

 コクの声は、何かを演じるかのように高らだ。

「それならさ、次はランプに聞いてみよう!」

 好奇心の塊となったテンが、スハラのちょっと待ってという声も聞かずに店の奥へ向かう。

 その様子に苦笑いする三上さんの後について、尊たちもテンのあとを追った。


episode 高嶺の花 「花の気持ち」 


「ねぇ、これのことだよね?」

 スイとテンが、さっきコクが示したランプを前足でつんつんとつつく。

「本当にきれいなランプだね」

 スハラがまじまじとランプを眺める。そして、値札を見て目を丸くした。

「…値段は、なかなかね…」

 尊もつられて値札を見る。確かに、簡単に買えるような値段ではない。

「大きいし、それなりに値もはるから、なかなか売れないんだよね。これはこれで素敵な作品なんだけど」

 三上さんがランプの解説を始めて、テンとスイがうなずくが、2匹は「話を聞いていない」目をしている。

「…ってことで、このランプも、商品としてここにきてから10年近くたっているんだよね」

「へぇーそうなんだー」

 スイが何となく返事をする。誰が聞いても、「話を聞いていなかった」ような返事だが、三上さんは気にしていない様子で、ランプのスイッチを調整する。

 すると、段階的に明るさが変わり、周囲の印象が少し変わる。

「へぇ、面白いですね」

「そうでしょう?私の自慢なんです」

 尊の感想に答えたのは、聞いたことのない声だった。

 スハラが、もしかしてとランプに目を向け、その視線につられて、尊たちもランプを見た。

「すみません、私が話しました」

 全員から注目されたランプは、控えめな声で話し出す。

「あの、皆さん、どうしたんですか?もしかして私、購入されますか?」

 三上さんが苦笑いしながら、違うよと訂正する。テンもはっきりと「高くて無理!」と言い放ち、ランプもそうですよねと答える。

「それなら、皆さんどうしたんですか?」

 ランプのもっともな問いに、スハラが、余計なことを言いそうなテンの口をふさぎながら、あなたの話を聞きにきたの、と優しく話しかけた。

「私たち、あるヒトに頼まれて、あなたのことを調べようと思っていたの」

 スハラは、いつから店にいるのか、デザインの由来は何かなど、当たり障りのないことのランプに質問していく。さっき三上さんが説明してくれた内容とほとんどかぶっていたけれど、尊以外、誰も気にしていないようだ。

 そして、ランプは一つ一つの質問によどみなく答えていくが、ひとしきり質問が済んだところで、ランプが疑問の声を上げる。

「あの、やっぱり誰か購入する予定があるのでしょうか?」

 どこか不安そうな、まるで購入されることを嫌がるかのような声音に、尊がどうして?と聞き返す。

「いえ、あの・・・誰かに購入されることは、うれしいことですよね。それはわかってるんです。わかってるんですが・・・」

「何か気になることがあるの?」

 スハラが首をかしげる。

「いえ、大したことではないんです。ただ・・・」

 歯切れの悪い話し方に、テンが「言っちゃえば楽になるよ」と尻尾を振った。

 みんなが注目する中、実は…とランプはぽつぽつと話し出した。

「実は、気になっている方がいて・・・どうしたいってわけではないんですが、少し話してみたいというか、隣に行ってみたいというか、」

 これはもしや片思いですかねぇとテンが訳知り顔で相槌を打つ。

「片思いというか、そこまでではないんです。ただ、ランプとして照らす以上、照らすものや場所を選ぶことができたらいいなぁって。そして、それはその方のそばならいいなって、思ったんです」

 尊たちは、ランプの話をまどろっこしく感じながらも、興味津々で聞いていた。

 ランプがここまで言う相手って一体誰なんだろう。

 みんなが感じた疑問に切り込んだのは、三上さんだった。

「で、結局どれなの?」

 ランプは、あの、と言ってから少し間を置いて、聞こえるか聞こえないかの声で、その名を告げた。

「…あちらの緑色の置時計の方です」

 示されたのは、まさかよ先ほどの時計。
「なんだ両想いかー」と聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。


episode 高嶺の花 「提案」 

 
 スハラたちは、コクとランプそれぞれの話を聞いた後、アイスクリームが食べたいというテンの希望のもと、都通りにあるアイスクリームパーラー美園へ移動して、作戦会議をすることにした。

「なんかさー、もう二人を並べてあげたらいいんじゃないの?」

 テンは、アイスで口の周りを白くしたまま、食べる手を止めない。
 テンの意見には、スハラも尊も賛成だ。

「なんか二人とも奥ゆかしいよね」

 スイがぼそっとつぶやく。
 そう、問題はそこなのだ。お互いに同じことを考えているのに、それぞれその思いを口にしない。

「それにしてもさ、両片想いなんて、ほんとにあるんだね。我、パフェ追加していい?」

 あっと言う間に食べ終わったテンが、メニューを眺めながら、スハラに聞く。スハラはちょっと悩んでから、しょうがないわねと店員を呼んだ。

「それぞれの気持ちを、それぞれに伝える必要はないと思うんだ。とりあえず、お店で並ぶことができれば、きっとそれでいいと思う」

 スハラは、ガラス店の店員である三上さんも一緒に話を聞いたのだし、頼むことは簡単なはずと続け、目の前のプリンパフェをつつく。
 尊も、スハラと同じ考えだった。スイとテンも異論はないようだ。

 全員の意見が一致し、明日、改めてガラス店に、「二人が並んで置かれるように」お願いに行こうと話がまとまったところで、テンが追加で注文したパフェが来る。

 パフェは、ものすごい勢いで、テンの口の中へ吸い込まれていった。


 次の日、スハラと尊、スイ、テンは、ガラス店を訪れた。

「おっはよ~、今日も来たよ~」

 元気よく玄関を通ったテンだったが、三上さんの姿は見当たらない。

「あれ~?誰もいないの~?そんなことはないよねっ!」

 テンとスイが店の中を歩き回り、店の奥で話している人を見つける。後ろ姿だが、一人は三上さんのようで、どうやら客と思われる背の高い男性と話していた。2人は、昨日、尊たちが話していたランプを囲むような位置にいる。

 話の内容が気になって、盗み聞きは悪いと思いながらも、尊とスハラは2人の会話が聞こえる位置に近づいた。

「送料は、そこそこかかりますね。分解することもできますが、それでもある程度の大きさになると思います」

「どちらにしろ送料がかかるなら、分解せず、そのままにしてください。組み立てる手間が省ける」

 聞こえてきたやり取りに、スハラと尊は顔を見合わせる。
 どうやら購入の相談のようだ。

「送料の見積もりはとれますか?本体の金額と合わせるとどれくらいになりますかね?」

 三上さんは、男性客の言葉に、ちょっと待っていてくださいと店の奥に消え、戻ってきたときには宅配便の送料などが書かれたリストと電卓を持っていた。

「う~ん、国外ですから、空輸より船のほうがいいかな。どちらにしろ、結構かかりますね。円表記ですが、これくらいです」

 三上さんが電卓に入力した数字を見た男性客は、それくらいなら予算内ですと頷いた。

 尊たちの位置から電卓は見えない。だが、ランプの商談が成立しそうなことは、尊にもわかる。
 長い間、買い手のなかったランプが購入されるのは喜ばしいことだ。

 だが、購入されれば、せっかくうまくいきそうなランプと置き時計の願いが叶う機会は失われてしまう。
 困ったような表情のスハラを見て、尊は一瞬考えたあと、意を決して、三上さんと男性客に声をかけた。

「あの、そのランプ、購入されるんですか」

 急に声をかけられたのに驚いた様子もない男性客は、尊を振り返ると、そうですよと鷹揚に答えた。

 スハラと三上さんが、尊の意図がわからず、訝しむような表情を浮かべる。

「そのランプ、素敵ですよね。俺も、いいなぁって思ってたんです」

「そうでしょう、私も一目ぼれですよ。このオレンジの色合いが絶妙で」

 男性客は話し好きのようで、初対面の尊に対しても親しげに話してくれた。

 その話によると、海外在住で日本への帰省と旅行を兼ねて小樽に来たこと、ガラス工芸品が好きで、自宅にいくつものガラス製のインテリアがあること、自宅のインテリアとしてイメージしていたものとランプが見事一致したこと。

 尊はそれらの話に相槌を打ちながら、何かを考えるそぶりを、わざとらしくして見せた。

 そして、そのわざとらしさに男性客がどうしたかな?と疑問を投げかける。

「このランプ、単独で置いてあるより、ほかのガラス製品と組み合わせたほうが映えると思うんですよね」

「ほう?どのような?」

「いや、俺が勝手に考えてただけなんですけど、こういうランプ、俺なら寝室に、ベッドのそばに置くかなって。で、灯りの届く位置に違うガラスを置いて、照らされる感じっていうんですかね?そういうのを楽しむかなって。例えば、グラスとか花瓶とか、時計とか」

 尊がここまで言って、意図をはっきりと理解したスハラは、「あれなんていいかも」と会話に加わる。

「ほら、あっちにコーナーの置時計。いろいろあるけど、緑色のものとかどうかしら」

 三上さんがあれかなぁなんて言いながら例の置時計を持ってくる。三上さん、ナイスアシスト。

「それです。緑とオレンジの組み合わせって 難しい面があるけど、お互いを引き立てる気がしない?」

 スハラの意見に尊が「俺もそう思う」と同意する。

 三上さんも、さりげなくランプの隣へ置時計を置く。2つが並んだところを尊は初めて見たが、悪くないはずだ。

 男性客は、う~んと唸って、尊たちを見た。

「確かにインテリアの組み合わせは、大事なことです。組み合わせや、配置によっても、見え方が変わることもわかります。しかし、このランプだけでなく、お二人が提案するような色彩の組み合わせを、私は考えたことがなかった、」

 男性客は、ちらっと時計の値札を見る。決して安くはない値段だ。

「お二人の提案はわかりますが・・・今回はこのランプだけにしましょう」

 男性客が三上さんへ告げる。三上さんは、かしこまりましたとレジへ移動していく。

 時計は、一連の話を聞いていたはずだが、一言も発さない。

 その場に残された尊とスハラは、束の間立ち尽くした後、どちらともなく無言で店舗の外へ足を向けた。

 次の日、開店時間を狙って、尊とスハラは、ガラス店を訪れた。今日はテンとスイも一緒だ。
 前日、尊が咄嗟に思いついた男性客への購入作戦は失敗し、時計とランプは離れ離れになってしまう。

 時計とランプの願いは、もうかなわないのだ。
 スハラも少し落ち込んだような顔をしている。尊は、ちょっと気が重いなと思いながらも、三上さんへ声をかけた。

「おはようございます。昨日は乱入してすみませんでした。あのお客さん、いやそうじゃなかったですか?」

 作業の手を止めた三上さんが、尊たちへ笑顔を向ける。

「大丈夫だよ。というか、あの後、いろいろあってさ。・・・時計、売れちゃったんだよね」

 ・・・時計が売れた?

 さらっと言われた衝撃的な言葉に、スハラたちは言葉を失う。
 そんなスハラたちを気遣いながらも、三上さんは説明を続けた。

「いやぁ、びっくりだよね。あの男性が帰った後、旅行中だっていうご婦人が来てさ。あの時計を買っていったんだよ。結婚記念日に夫にプレゼントするって」

 いいもの見つけたって喜んでたなぁと、遠い目をする三上さんの言葉に、スイとテンが白目になる。

 あんなに何年も売れ残っていたものが、こうも簡単に、あっさりと売れてしまうとは。
 三上さんの手元の、梱包途中の段ボールの中から、ランプの弱々しい声がした。

「あの方にも、いいご縁が見つかったんですよね・・・私もご縁がありましたし、これでよかったんだと思います」

 少し寂しそうな、残念そうな、だけれども相手を思いやるその言葉は、きっとランプの本心だろう。

「気を落とさないで。君のランプとしての命はこれからだ。幸せになってね」

 三上さんは、そっと段ボールを閉じた。


episode 高嶺の花 「隣で過ごす時間」 


「きっと、こういう運命だったんだね」

 店を出た後、スハラがつぶやいた。

「人の縁も、物の縁も、何があるかなんてわからないけど・・・縁が重なることのない二人だったんだね」

 スハラの言葉に、尊は、本当に縁がなかったんだろうか、と思う。

 同じ店にいたとしても、相手に気づかないこともあるだろう。でも、あのランプと時計は、お互いの存在を知り、お互いを思いあった。それは、十分に縁があったということではないだろうか。

 それとも、いっそ報われない思いなら、お互いを知らないままのほうがよかったと思うのだろうか。

 堺町を通り抜ける冷たい風にもうすぐ訪れる冬を感じながら、尊は、ランプと時計は今頃どこにいるのだろうと思いを馳せた。

 🕰️    🕰️

 1週間後、運河の清掃に参加した尊とスハラ、スイ・テンは、同じく清掃に参加していた三上さんに呼び止められた。

「ちょっとこれ見てよ!」

 三上さんから渡されたスマホには、ある人のインスタの投稿が表示されていた。

 そして、投稿された中のある写真に気づいたスハラが、あっ、と声を上げた。

「これって、もしかして・・・!」

「そう、あのランプと時計だよ!インスタ見てたら流れてきてさ」

 三上さんが自慢げに言う。
 スハラの横から覗き込んだ尊も、写真を見て「これって本当に?」と目を丸くした。

「いや〜びっくりだよね。あの時計買ったのって、ランプを買った人の奥さんだったみたい」

 夫婦の写真は投稿されていないから、本当にあのときの男性客なのか、あのランプと時計なのか、絶対とは言い切れないけれど、記念日をお祝いしたケーキの写真も投稿されていたし、きっと間違いない。

 見たいと騒ぐテンとスイに見せると、おぉ!!と驚きの声を上げる。

「同じ家に行ったなんてすごいね!もう結局ラブラブじゃん!」

 テンが写真に向かって話しかけるが、もちろん写真からの返事はない。

 だけど、物言わぬ写真の中の二つが、なんだか楽し気に見えるのは気のせいではないはずだ。

「すごい偶然・・・!」

 驚きすぎて言葉が続かない尊に、三上さんが偶然なのかなぁ、と言う。

「きっとそういう運命だったんだよ。」

 偶然や運命なんてわからない。
 だけど、どんな偶然でも運命でも、遠く海外にいる時計とランプは、今この瞬間もきっと並んでいるはずだ。

 「隣にありたい」というささやかな願いが叶って、今頃どんな話をしているのだろう。
 間違いなく言えるのは、本人たちにとって幸せな時間が訪れたということ。

「めでたしめでたし!だね!」

 はしゃぐスイとテンの様子に、尊は、もしかしたらスイとテンのご利益かななんて考えたが、それを言って2匹が調子に乗って運河に落ちても困るので、黙っておこうと言葉を飲み込んだ。




※エピソード一覧

・第1部
ep1「鈴の行方
ep2「星に願いを
ep3「スカイ・ハイ
ep4「歪んだココロ
ep5「ねじれたモノ
ep6「水の衣
ep7「嵐の前の静けさ
ep8「諦めと決意
ep9「囚われの君へ

・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン
ep2「高嶺の花」←今回のお話

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#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門

古き良きを大事にする街で語られる、付喪神と人間の物語をどうぞお楽しみくださいませ。

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