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妻恋う鹿は笛に寄る(自作の詩と散文)

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瀬戸内海に面する小都市で暮らし、働きながら詩や散文を詠んでいます。情景を言葉として、心で感じたことを情景にして描くことを心がけています。言葉の好きな方と交流できたらいいなと思って…
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#詩的散文

森の中、鬼は一人

森の中、鬼は一人

森の中に群生する

野生の百合

物語は動かない 解き放たれない 一途な思い

悲しい歌を唄い続けている

何を言えばいい 何を待てばいい

美しい水音 木の葉の風に揺れる音

遠い昔、ひとりの淋しい鬼が球根を植えた
誰も知らない 誰も訪れない 誰も気づこうとしない

深い森に宿る光 しんとした冷たい

野生の百合の甘い香り

夜の森 深い闇
夜の森 物語は動いていく

そもそも闇は
弱い者には

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星たちの光る地上

星たちの光る地上

一番遅くまで光る星を見つけたくて、夜明け前の空を眺めた。闇の中、光り輝いている星も、太陽が出てくると、空に溶けてゆく。見えなくなっても、あの場所に確かに存在している。そう思えるひと時が好き。同じ時間に、見知らぬ場所で、見知らぬ人が、心の中で想って紡いでいく言葉。共感したり、涙したりする。言葉を紡ぐ人の詠む詩や散文が好き。

私の居場所

私の居場所

南から吹く暖かな風と
北から吹く冷たい風の
交わるところに
私の居場所がある

低気圧の居座わる
上昇気流は乱気流
喜びも悲しみも寂しさも優しさも怒りも楽しみも
ないまぜの中心地

荒野を濡らす雨
大地から芽生えるワイルドフラワー
前線で活発に発達する
嵐の中心部で言霊を紡ぐ

狂人として生きる
短い命
狂おしい愛
落花流水果てに見つめる

the next stage

the next stage

中二階の窓辺から雨を眺めていると、しなやかな肢体を持つ女性が、雨に打たれながら、水溜まりを撮影していた。私が食い入るように盗み見していると、地面に這いつくばるように、夢中でカメラで撮影している。その姿はとても美しくて、階下に降りていき、声をかけることにした。

声をかけたことに警戒していた女性でしたが、傘を持って行って雨を凌いでやると、落ち着いたようで撮影した写真を見せてくれた。液晶モニターに写っ

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チューベローズ

チューベローズ

アーケードのある古い商店街

ひび割れたコンクリートの地面に

淡い光射し

慎み深いゆえ孤独を抱える女の呟きに似

有線の歌謡曲がかかり

それは透明な湖の底に流れる水音のように

美しく通りを歩く老婦の押す車に

カラカラと巻き込まれていく

魚屋の主人はトロ箱に

冴え冴えと光る氷を流し込み

もう帰ることの出来ない

遠い海をまだ見ているような青く光る魚の眼に

触れる事なく無造作に掴んで

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ダールベルグデージー

ダールベルグデージー

言いたいことを言い合い
喧嘩もするけれど
素直なところもあって、かわいい人よ

胸の中から片時も消えることのない
それは愛でもあり、痛みでもあり、孤独でもあり、恋でもある
それは優しさでもあり、毒でもあり、満ち欠けもする

ダールベルグデージーを摘んで
胸のポケットに
そっと挿した

あなたを愛している
深い海と夜の森と私の心の奥を足した漆黒さえ照らす
光の束となって輝きながら

ピント

ピント

いつも時代にときめく人でありたい。過去現在未来を嗅ぎ取って、カメラのレンズのピントを合わせてから、シャッターを切りたい。綻びの出る機材とレンズを磨いて、ピントを合わせる作業を怠らず、オールドレンズで味のある撮影ができたなら、それでOKなのだ。

僕は狂っているのさ

僕は狂っているのさ

『僕は狂っているのさ』男は淋しそうに笑った。この20年間、ずっと一人の女性Kを想ってきた。美しく魅力的な人が現れて、男の心に入ろうとしても、固く鍵をかけて、一歩たりとも入らせようとしなかった。心の中は寝ても醒めてもKのことばかり。日記代わりのように、彼女に対する想いを毎日綴った。それは満開の桜のように語彙にあふれ、夏至の夜のように熱情に満ち、竜胆の花のように可憐で、雪の降る夕暮れのような孤独が、滲

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手の届かない場所へ行ってしまうもの

手の届かない場所へ行ってしまうもの


くるみ
父親の背中

月の光
毛布
流星群

夕陽に染まる校舎
カレンダーに記した大切な日
憧れの先輩

指定席
流れ星に唱えた願い事
夏の日

指きりげんまん
好きな人が手当てしてくれた傷痕
調和

ひつじ雲
環水平アーク
ボイジャー

渡せなかったラブレター
鉄橋
愛してる

道案内

道案内

ここから先へ 行きたいんでしょ?

まだ目的地までは、遠いけれど

この細い路地を くぐりぬければ
道案内の猫が 待っているから・・・

茶色と黒のぶちのある猫が
日なたに寝転がって

道案内の報酬は
煮干、三つでいいらしい

だけど、口癖も三つあって

「慌てなさんにゃ」
「長い人生、持ってる運は、そんにゃに変わらん」
「大げさにゃ」

何せ、後ろ足が一本ないから
足を引きずって歩くから
猫の足

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水蜜桃

水蜜桃

水蜜桃にバニラアイスとミントを添える

夏はまぢか

高気圧の風に揺れて

私は夏に貪られていく

七夕

七夕

真っ暗な宇宙の片隅の青の星で
西暦二千二十三年七月七日

六百キロの距離を越えて出会った
二人は天の川を見上げている

二人が乗り越えなければならない運命は
巡り会ったことに比べれば、遥かに小さなこと

彼方の星たちに
祈りと誓いを込めて

雨

雨の日も楽しめるようにと、お洒落な傘を買った。その傘の中から見る風景はいつもとは違っていて、煙草屋の看板、生垣の隙間に咲く桔梗、電線で羽を休める鳩、くすんだ空に浮かぶ観覧車、生あるものもないものも静かに息づいている。

小坂を流れていく雨水のように、ゆるやかに時間が流れていく。今もなお煙草屋の看板娘の髪を束ねた婦人は、さびれゆく街に降る雨の匂いが好きだと話した。煙草を吸わない僕に、たまには一服もい

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キャンパスノート

キャンパスノート

失意の底にいる友を救える方法は
ペンで文字を書き込める
無地のキャンパスノートになるほかありません

落書きされるための
キャンパスノートでありたい

ぽろぽろとこぼれる涙に濡れる
キャンパスノートでありたい

ペンで落書きされた跡のある
キャンパスノートでありたい

苛立ちまぎれにびりびりと引き裂かれる
キャンパスノートでありたい

能動的に何かができない
キャンパスノートでありたい

表だけで

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