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小説「ポルシェに乗った地下芸人」

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36歳で急に思い立ってお笑い芸人を志した私の自伝的なやつです。 曖昧な記憶と都合が良い記憶改竄がなされている可能性がありますので、あくまでフィクションとしてお楽しみください。
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ポルシェに乗った地下芸人.7

ポルシェに乗った地下芸人.7

アキちゃんとの挨拶をした僕は、とりあえず衣装に着替える事にした。

蒸し暑い初秋に雑居ビルの裏手で室外機のぬるい風に吹かれて屋外で着替えをする。

うん、実にアングラでかっこいいじゃないか。

着替え終わった僕は、念のため裏口から舞台袖に行ってみた。

やたらと重い金属製の古びたドアを強くひっぱる。

舞台の真裏にあるとは思えないギギッという嫌な音を出して開く。中に入ると真っ暗な、黒いカーテンに仕

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ポルシェに乗った地下芸人.6

ポルシェに乗った地下芸人.6

子供が生まれた。妻は1週間ほど入院するらしい。

となると、毎日顔は出さないとまずいだろう。僕はわりと仕事の時間に自由が効くから、合間の時間で顔を出そう。

それはそれとして、明日はお笑いライブ出演だ。新宿のヒルトンホテルで高いコーヒーを飲みながら作った会心の下ネタ漫談。衣装だって、黒いツナギに変える。これはウケないはずがない。

誰もいない家で、ガサガサと押入収納ボックスを漁る。

あった、ツナ

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ポルシェに乗った地下芸人.4

ポルシェに乗った地下芸人.4

メタリックが煌めくグリーンのアルピナB3ビターボは、新宿ヒルトンホテルの地下駐車場に続くスロープを滑り降りていく。

いや、ここのスロープは幅が狭く傾斜も急なので滑るようには降りていけない。

そろそろと、車幅を気にしながら下る。スロープを降りきったところで、ザサッと車の底を擦る。アルピナは絶妙な車高なんだよなぁと思いつつ車を停めてロビー階に上がる。

パティスリーショップを眺めながらカフェへ向か

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ポルシェに乗った地下芸人.3

敗北の初舞台。

元来の負けず嫌いというわけではなく、「まあ、ウケるっしょ」というあまりに安易な考えで人前に出て、なかなかの恥を晒してしまったという後悔が胸の奥を重くする。

空腹を堪えきれずに買い食いした肉まんを喉に詰まらせたような、焦りにも似た息苦しさに僕は耐えきれなかった。

この胸の詰まりを解消するには、ウケるしかない。人を笑わせるしかない。

子供の頃から「小野ちゃんはひょうきんだなあ」

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ポルシェに乗った地下芸人.2

ポルシェに乗った地下芸人.2

初めてのライブ出演。

3,000円払って出演時間は3分。

一時間換算にすれば6万円である。どんな高級ソープランドだよ。

しかも、全然笑いが取れていないから、終わってからも本当につまんない。初舞台の感触もない。ただただ茫然としただけ。

この感じ、前に味わったことがある。

そうだ。学生時代に終電で王子のパチンコ屋に向かい、翌日の新台入れ替えに並んだ時だ。

一緒に行った友達から借りたスラムダ

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