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大西羊
2021年8月12日 00:56
花の話をしよう。 といっても、今現在僕のふところに花の話は存在していない。妖精の話や、クリスマスの話なんかはあってそれを語ることはできるのだけど、花の話に限っては持ち合わせていない。つまり、花の話をすることはできない。 いや、僕はこれについて申し訳なく思っている。いや、本当申し訳ない。ここに深く謝罪をする。 ここは花の話の場所なのだから、もちろん、花の話があったのなら、もう血眼くらいの
2021年8月10日 15:46
***サークル活動の一環で、テーマとページ数が制限された小説を書いた。それら四作品をここにまとめている。***世界の終りと……ワンダーランド 朝がた、電話があった。窓辺のところで、愛用の黒電話がちりちりと鳴った。僕は朝を楽しんでいるところだった。実に心地よい日で、湿ったそよ風がふき込み、鉢植えのトマトは緑の色に輝いていた。「まただよ」相棒は開口いちばんそう話す。「世界が終るってさ
2021年7月8日 09:41
その日も十時四十五分に待ち合わせていた。僕が駅につくと、彼女は身体を壁にもたせかけてうつむいていた。ゆっくり近づくと彼女は顔をあげた。僕は言葉なしに、にこりとした。彼女もにこりとした。駅にはさめざめとした人の往来があった。 とくに予定はなかった。今日はどうしようか、ということになった。 いつものように僕の家でゆっくりしようか。 それともどこか特別なところへ出かけてもいい。ここは駅で、少し行
2021年5月18日 20:05
顔も服装も知らなかったけど、横顔を一目見てわかった。そのいで立ち、息づかい。かれだってことが私に伝わってきた。 私はそれまですごく緊張していた。ことが決まってからずっと。『雪国』、『砂の女』、『さようならギャングたち』。ここの一週間はどれも手がつかなかった。ぼうっと気を取られて、気がついたときには西の空を眺めていた。鷹揚な顔つきをした文学さんが佇むあの空を。私の意識は他にあって、様々なことを考