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おおにしひつじの小説

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大西羊(onishi_hitsuji)の小説をまとめています。おもしろいのが書けてるとうれしいです。
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2021年5月の記事一覧

掌編小説:シャープの窓

掌編小説:シャープの窓

 ただぼんやりとクーラーの効いた部屋でテレビを眺めている。ダブルのカウチに腰かけながら、ときどきチャンネルを変えたりしている。外はまるで暑すぎた。むき出しの熱気に耐えられるほど、僕はタフなつくりじゃない。だからこうしてぼんやり休日を過ごしている。七月の太陽はぎらりと笑い、雲はうんざりした顔で浮かんでいる。妻がどたどたと部屋に入ってきても、僕はぼんやりテレビを見つめていた。極めてぼんやりした頭はとけ

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掌編小説:その箱

掌編小説:その箱

 日曜日の朝、紅茶を淹れると私は机に向かって言葉を書いた。死んでしまったあの子の言葉を。手のひらの半分もない、ごく小さな紙切れに私は言葉を認める。「おはよう」、「明日は体育があるんだ」、「これ、プリントだって」、「お母さん、今日って何曜日だっけ?」。

 昼食にラビオリを温めた。仕事の電話があった。皿を洗って、戸棚にしまい、取り出したタンブラーに買ってきた水をついだ。砂糖漬けのレモン数枚を小皿に出

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短篇小説:文学について語るときに私の語ること

短篇小説:文学について語るときに私の語ること

 顔も服装も知らなかったけど、横顔を一目見てわかった。そのいで立ち、息づかい。かれだってことが私に伝わってきた。
 私はそれまですごく緊張していた。ことが決まってからずっと。『雪国』、『砂の女』、『さようならギャングたち』。ここの一週間はどれも手がつかなかった。ぼうっと気を取られて、気がついたときには西の空を眺めていた。鷹揚な顔つきをした文学さんが佇むあの空を。私の意識は他にあって、様々なことを考

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掌編小説:白い冷蔵庫

掌編小説:白い冷蔵庫

 その日は彼氏が初めて私を家に招いてくれた日だった。不安がなかったわけではないけれど、私のほうも期待していた。彼も同じ気持ちだったと思う。その顔つきからは、緊張の色がうかがえていた。
 私たちは外階段をのぼり、鍵をあけ、ともに足を踏み入れる。その場所がごく狭い場所であり、極めて清潔に保たれている部屋であることがわかる。キッチンに続いて奥に趣味のいい居間が見える。中に入って、玄関の扉を閉めるなり、彼

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掌編小説:夜の沈没船

掌編小説:夜の沈没船

 人間や、それ以上の白い流紋岩が転がるこの浜辺は壮観だった。ペンキのように真っ青の色をした海と、純白の浜辺は万人を惹きつけた。
 夜になれば全ては闇になった。ごまんとある醜い岩礁と同じだった。
 岩礁には毎夜風が吹いた。

 その晩は遊覧船が岩礁に乗りあげようとしていた。いちばんにそれを発見した僕は、まず彼を起こした。マットレスから彼を突き落として、浜まで連れ出してきた。二人で夢のような景色を味わ

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