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掌編小説:シャープの窓
ただぼんやりとクーラーの効いた部屋でテレビを眺めている。ダブルのカウチに腰かけながら、ときどきチャンネルを変えたりしている。外はまるで暑すぎた。むき出しの熱気に耐えられるほど、僕はタフなつくりじゃない。だからこうしてぼんやり休日を過ごしている。七月の太陽はぎらりと笑い、雲はうんざりした顔で浮かんでいる。妻がどたどたと部屋に入ってきても、僕はぼんやりテレビを見つめていた。極めてぼんやりした頭はとけたかき氷みたいにぬるくなってしまっている。
「ねえ、あなた。買いたいものがあるんだけど」妻はおもむろにそう言って、僕が座るカウチに腰かけた。ダブルのカウチはわかたれた。半分は僕のもので、半分は妻のものだった。
「なにを買いたいの?」僕はそう訊ねた。
「シャープの窓よ」妻はきっぱりそう言った。
「シャープの窓?」僕はさっぱりわからなかった。
「知らないの?」
僕はうんうんとうなずいた。「まったく知らないよ。シャープって、あのシャープ?」
「そうよ。あのシャープよ。生活家電とか、液晶テレビの」
「なるほど」僕が考えていたのは楽譜のシャープだったが、どうでもいいので黙っていることにした。
「あなた、本当に知らないの?」妻は呆れたようにそう訊ねた。
僕は本当に知らない。やるせなく首を振った。「それで、買うの?」
「ええ。だからあなたにも『シャープの窓』のことを知ってほしいんだけど」
僕はぼんやりやるせなく首を振った。「べつにいいよ。僕たちのお金なんだし、買いたいなら買えばいい。きみがほしいって言うんだったら、きっと買うべきものなんだよ」
つぎの日、シャープの業者が来て、リビングの窓を取り換えてしまうと、そそくさと帰っていった。背が低かったので、イタリアのこそ泥みたいに見えた。もちろんこそ泥ではない。ギョウシャだ。
それから僕らの部屋にはシャープの窓があった。それはたしかにシャープの窓だったのだが、僕にはどこがどう優れているのかわからなかった。のっぺりとしていて、高さはまあ普通で、その厚さもいつものガラスたちと変わらないように思えた。ただし、それはシャープの窓だった。妻は毎朝早起きして、シャープの窓の前でかんたんなストレッチをした。僕がおはようと言うと、妻もおはようと言った。とくにシャープの窓の話はしなかった。シャープの窓は訓練された執事のように沈黙を守っていた。
日曜日が来ると、僕はぼんやりクーラーが効いた部屋でダブルのカウチに腰かけていた。そしてシャープの窓を眺めていた。シャープの窓は割れることもなく、また特別な機能もなく、ただそこにあった。夏の空で飛行機がぎらぎらと浮かんでいた。青はこぼれたコーヒーみたいに一途だった。びゅうびゅうと風が吹いた。シャープの窓はことこととゆれた。
***
これは過去作だ。二年前ということもあって、文章に息苦しさを覚えないでもない。ただ、内容はわりと好きだ。読み終えた後、気持ちよく笑うことができた。
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