【#74】店名に『デブ』って、どうなんですかねぇ
1998年(平成10年)11月1日【日】
半蔵 小学校6年生 12歳
「桃の天然水、飲むぅ?」
「いや、いらないよ・・・・・・」
花蓮と会うのは6年ぶりだというのに、久しぶりという感じがしなかった。
まぁ、手紙のやりとりはしていたし、プリクラや写真で顔を見ていたから、案外そういうものなのかもしれない。
「映画は12時半からだよね。先にご飯食べよっか。何がいい?」
僕らは、岐阜市の商店街、柳瀬に来ていた。
ここは映画館もゲーセンもある、素晴らしいところだ。
「平日じゃないから、ハンバーガーは半額じゃないしなぁ・・・・・・。花蓮は、何がいい?」
「アタシ、行きたいとこあるの。ついてきて!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『中華そば 丸デブ総本店』
暖簾には、本当にそう書いてある。
「変わった名前だな・・・・・・」
「安くておいしいらしいわ。さぁ、並ぶわよ!」
注文し、5分ほどすると中華そばが届いた。
「これは・・・・・・!」
「おいしいわね」
醤油味で、あっさりしたおいしさである。
「そにしても昨日はびっくりしたぞ」
「うん、驚かせようと思って。用事が早く済んだから、小学校に行っちゃったわ。でも、おかげで勝てたでしょ?」
運動会のリレーを思い出す。
第3コーナーに差し掛かるところで、花蓮の「コーナーの先を見ろ!」という声援が聞こえた。
「花蓮の言うとおり、コーナーの先を見たらなんか走りやすかったぞ」
「姿勢が良くなるんだってさ。感謝しなさいよ」
花蓮のおかげでコーナーで天光寺を抜くことができた。
「おぉ、感謝してる。まさか運動会を見に来るなんてな」
「用事が早く終わったから、驚かせようと思ってね」
結果、白組は逆転。
優勝したのだ。
「いい時間になってきたし、映画館に向かうわよ!」
花蓮は、変わっていない。
強引で、自分のペースで先に進める。
だが、不快なんてことはなく、むしろ一緒にいて心地よかった。
ただ、通行人が、花蓮の方をチラチラ見ているのが気になる――。
「ついたわね」
岐阜市の映画館に着くと、お目当ての映画のポスターが飾ってあった。
「これって、ドラマ版見ていないと楽しめないんじゃないか?」
「大丈夫よ、始まる前にアタシが解説してあげるから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」
「かっこよかったね、青島刑事」
「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」
「はいはい、わかったわよ・・・・・・。ハンゾウの方がハマってるじゃない」
僕は青島刑事のセリフが気に入って、何度も繰り返してしまう。
「このあと、どうする?」
「買い物していこう。適当に、お店をのぞこうよ」
「へぇ、岐阜にもダイソーがあるのね」
「おい花蓮、岐阜をバカにしてるだろ?」
「もう4時かぁ。そろそろ帰らないと」
「東京は、遠いからな・・・・・・」
今夜の遅い時間の新幹線で、東京に帰るらしい。
「あのさ」
「うん?」
ズバズバとものをいう花蓮にしては、口ごもっている。
「最後にプリクラ撮ろうよ」
いつもの強引さはない、普通の誘い方だった。
断る理由はないので、近くのゲーセンに足を運ぶ。
「おぉ!!SNKが作ったプリクラがある!」
「じゃ、これで撮ろっか」
「はい、半分こ」
「お、おう」
ゲーセンから岐阜駅まで歩いて向かう。
次に会えるのは、いつになるかわからない。
「そういえば、こっちに帰ってきた用事って、何やったんだ?」
「うーん、聞いててあまり楽しい話じゃないよ。聞く?」
「花蓮が話したくなければ、いいよ」
「いや、半蔵には聞いてほしいかな。歩きながらでいいから」
聞いてわかった。
たしかに、楽しい話ではなかった。
話しながら涙を浮かべる花蓮に、何をしてあげたらいいかわからくて、僕は初めて――
初めて女の子を抱きしめた。
(つづく)