【#52】家族ではなく、友人と行く遊園地の特別感
1997年(平成9年)3月30日【日】
半蔵 10歳 小学校(4年生)
「全然こわくなかったぜ」
震える足を鎮めようとするのだが、言うことを聞かない。
「いや、めっちゃビビってたじゃん・・・・・・」
今日はスポ少のみんなと『日本モンキーパーク』に来ている。
動物園と遊園地がくっついている、一日では遊び尽くせない素敵な遊園地だ。
「もう一回ジェットコースター乗ろうぜ!」
「いや、僕はやめておくよ」
「アタシも・・・・・・」
僕とアキラを残し、みんなは『イーグルコースター』の搭乗口に向かった。
せっかく遊園地に来たのだから、このまま待っているだけではもったいない。
「好きなもの、乗りにいかないか?付き合うから。今日はアキラが主役なんだからさ」
「じゃあ、ちょっと歩いて回ろうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あそこにいるの、半蔵のお母さんじゃない?」
お母さんが、ゴーカートに乗ってコーナーを攻めている。
大の大人が、ゴーカートで風を切っている・・・・・・。
「間違いない。お母さん、SMAPの森君が好きだったから……」
「憧れてるわけね……」
真剣な表情でハンドルを操るお母さんを横目に、僕たちは園内を回る。
(この先にはアイツがいる・・・・・・)
このまま進めば、モンキーパークの主と遭遇することになる。
保育園のときは散々泣かされたが、今の僕なら勝てるかもしれない。
「久しぶりだな」
巨大ゴリラだ。
相変わらずの迫力だ。
対峙しているだけで、汗が出てきやがる。
「アキラ、ちょっと待っててくれ」
「何すんの?」
コイツの前を素通りするわけにはいかなかった。
恐怖に押しつぶされそうになりながらも、一歩ずつ近づいていく。
「何してんの?」
手が届く距離まで近づき、僕は腰を落とした。
身体をひねりながら飛び上がり、右腕を天空に突きあげる。
「昇龍拳ッ!」
「何したの?」
じゃあな、ゴリラ。
もうお前に泣かされることもあるまい・・・・・・。
僕は振り返ることをせず、その場を立ち去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これに乗ろ!」
観覧車か。
搭乗口の説明には、「天気が良ければ岐阜城が見えます」と書いてある。
いつか城攻めを行なう日が来るかもしれないし、上から見ておくのはいいことだろう。
「よっしゃ乗ろうか」
待っている人は数人である。
これならすぐに乗れてちょうどいい。
「さぁ、どうぞ!」
係員のお姉さんが、笑顔で案内してくれる。
「よっ」
先に乗り込み、座る。
アキラが隣に座って来た。
(あれ?)
おかしいな。
観覧車は、向かい合って座った方がバランスが良さそうなのだが・・・・・・。
「ジェットコースターと違ってゆっくりだね」
「そうだな」
片方に二人も座って大丈夫なのだろうか?
座席はけっこう狭いので、窮屈なのだが・・・・・・。
「人がどんどん小さくなっていくよ」
「うんうん」
ははーん、わかったぞ。
アキラが隣に座った理由が。
アキラも、岐阜城が見たいのだ。
僕は適当に座っただけだが、頭がいいアキラは岐阜城がどっちにあるか知っているのだろう。
見やすい席に座っただけなのだ。
「半蔵・・・・・・今日はありがとう」
「何言ってる。同じスポ少の仲間じゃないか」
今日は、アキラのお別れ会である。
「ただ、あの手紙を読んだときは、びっくりしたぞ」
アキラに渡された手紙。
そこには、女子サッカーのクラブに入るため、引っ越すことが書かれていた。
「ごめんね。みんなで全国に行こうって言ったのはアタシなのに」
「何度も言ってるだろ。僕たちはアキラがサッカーに集中できるなら、満足だって」
学校の先生が言っていた。
これから、男女の差はどんどん大きくなっていく。
中学校なんて、体育は男女別にやるらしい。
だから、アキラは女子チームでサッカーに専念するべきなのだ。
そうすれば、男女の違いでどうこう悩む必要はない。
「その代わり、女子のチームで全国行くんだぞ。僕たちは僕たちで全国目指すから」
「うん!」
いつの間にか観覧車は頂上を過ぎていた。
「半蔵は、さみしくない?」
「さみしいに決まってるじゃん。でも、名古屋なんだろ?お母さんは、名古屋なら近いって言ってたぞ」
アキラは何も言わない。
・・・・・・沈黙が続く。
二人で黙って下を見る。
アリのように小さく見えた人の姿が、どんどん大きくなってくる。
「半蔵、もう一周乗ろ!」
「うん?いいよ!」
今日の主役はアキラだ。
アキラの好きなようにしたらいい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕暮れ。
僕たちはモンキーパークの入り口付近に集まっていた。
アキラのお別れ会も、そろそろ終わりである。
「アキラ、受け取ってクレ」
ゴメスが代表してサッカーボールを渡す。
小さめのボールには、僕たちからのメッセージが書いてある。
スポ少の仲間からの、お別れプレゼントだ。
「それと、コレを・・・・・・」
「俺は、これをあげる」
(え?)
みんな、リュックの中からユニフォームなどのサッカーグッズを取り出し、渡している。
みんなで渡すと決めたプレゼントは、サッカーボールだった。
しかし、それ以外にも個人的にプレゼントを用意していたらしい。
「ちょっとトイレ!!」
「こんな時に?アンタって子はねぇ!」
お母さんの説教を背中で受け止め、僕はお土産屋さんにダッシュした。
「くそ・・・・・・いっぱいあるな」
モンキーパークというだけあって、猿をテーマにしたお土産が多い。
「『たまおっち』って、なんだよ!」
あきらめかけた、そのとき・・・・・・
僕は見つけてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ、お待たせ」
アキラは、みんなに囲まれていた。
その表情は、泣いているようにも、笑っているようにも、見える。
「ほい、これ」
僕はとっておきのプレゼントを渡した。
「これは・・・・・・!」
「半蔵、それはさすがに・・・・・・!」
あまりに嬉しすぎて声も出ないのか、アキラはきょとんとしている。
「僕の分も買ったぞ」
「金色の『光の剣』は、アキラにあげる。黒色の『闇の剣』は僕が持ってるから」
「あははははっ!」
突然、アキラが声を出して笑いだす。
おもしろグッズではないはずなのだが・・・・・・・
「半蔵は最後まで半蔵だね。ありがとう、大切にするよ」
どうやら気に入ってくれたらしい。
「アタシ、女子のサッカー選手を目指すよ」
プロサッカー選手になるってことか?
アキラなら、なれる気がする。
(すげーなアキラ!)
僕は興奮した。
だ、自分が質問されるなんてこれっぽっちも考えていなかった。
「半蔵の夢は、なに?」
(つづく)
出版を目指しています! 夢の実現のために、いただいたお金は、良記事を書くための書籍の購入に充てます😆😆