スポーツとマーケティングに興味がある人に、映画Air/エアーをオススメする3つの理由



映画Air /エアーは、当時バスケットボール界でまだひよっこのナイキがいかに将来のスーパースターを契約できたか?そのプロセスにスポットライトを当てる物語だ。契約金もない、ヒット商品もない、ジョーダン本人が好きじゃないという三重苦をどうやって乗り越えたか?を描いている。
この映画は、確かにバスケファンやナイキなどのスニーカーフリークにとって興味ある題材だろう。ましてや、グッドウィルハンティングという名作で一躍有名街道を走ったベン・アフレックとマット・デイモンが製作から関わり、演じてもいるから、映画ファンにも興味を引くだろう。
しかし、ここではバスケという括りでなく、スポーツ全般、スポーツ・ビジネス、マーケティングのより広い観点からこの映画を是非オススメしたい!

その1 Air Jordan(エアージョーダン)ブランド、 それはマイケル・ジョーダン

選手自身がブランドになる。それはかつてないことであった。Michael Jordan (マイケル・ジョーダン)、バスケの神様ことGOAT (Greatest Of All Time)と言われる生きる伝説。大学選手権で優勝し、オリンピックでも優勝し、NBAでも6度優勝を飾っている伝説の選手。ここまでは日本でもよく知られている。しかし、アスリートとしての本当のインパクトはどこにあったか?さらに詳しく3つの視点で見ていきたい。
1. 圧倒的な見たことない次元のプレイ:まずはなんといってもその想像を絶するプレイの数々。特にそのHang Time (空中に浮いている時間の長さ)から繰り出されるダンク、空中でのダブルやトリプルクラッチシュートフェイク、そしてフェイドアウェイシュートと色とりどり、色鮮やかな得点の数々は、ファンの度肝を抜いた。キャリア後半には、3ptシュートも決めれるようになり、もはや手がつけられなかった。そしてその華麗な技の数々は、その後Kobe Bryantなどのスターに引き継がれていく。日本で昨今忘れがちなのは、87年88年のダンクコンテストなので、ここが彼の伝説を加速度的に発射させたイベントとしてしてチェックしておいて欲しい。
もう1点忘れてはならないのが、この時期はちょうどNBAが天才コミッシュナー、デイビッド・スターンのリーダーシップのもと、映像で多くのファンにアピールし増やす施策に打って出ている時期と重なる。この数年前までは、NBAファイナルは深夜の録画放送でしか放映されず、オールスターゲームには3ptコンテストなどもなく、盛り上がりに欠けていた。ジョーダン人気は、スターンのNBAリーグ経営舵取りと相思相愛で世界的人気を得ていく。そしてバルセロナ・オリンピックのドリーム・チーム結成でその名声はグローバルに広がっていく。
2. ヒーローストーリー:マイケル・ジョーダンのプロでの道のりは、典型的なヒーローストーリーと重なる。孤独な主人公に多くの困難が立ち塞がり(NBA連覇のデトロイト・ピストンズ、得点は取れるが、勝てないスターのレッテルなどなど)、それに立ち向かい、やがて仲間を得て、勝利への栄光に突き進む、映画さながらの台本を行くわかりやすい軌跡であった。しかも途中父を殺害されるなど、引退を一度して野球に挑戦するなど、誰にもなかったドラマまで加わる。
3. ダイバーシティー:人種の坩堝と言われるアメリカ。差別の歴史はスポーツに重くのしかかり、それまで黒人選手のスターはこの問題や怒りと対峙続けなければならなかった。モハメド・アリ、ジム・ブラウン、レジー・ジャクソン(AMZNプライムビデオに彼のドキュメンタリーあり!クオリティー高いです!)、ハンク・アーロン、ビル・ラッセル、カリーム・アブドゥール・ジャバーとリストはひたすら続く。スターンという名経営者の後押しがジョーダン伝説に大きかった同時に、ジョーダンにとってこの問題をクリアするのに、地ならしをした人物がいる。アーヴィン・”マジック”・ジョンソン。ロスアンゼルス・レイカーズの大型ポイントガードであるこの人物は、従来の差別や怒りの歴史を、持ち前の明るい性格とスマイルととびっきり鮮やかなアシストでマーケタビリティーを開拓して乗り越えていく。そのバトンを受け継ぐかの如く、マイケルは人種の壁を超えたアイコンとして、差別問題を忘れさせる存在として人気を博していく。これは、マーケティングの世界では革命的なことでもあり、この映画をみる醍醐味と繋がっていく。
時代の後押しとスーパーなプレイと伝説でジョーダンは一気にスターダムに駆け上がり、そしてナイキの一ブランド、エアー・ジョーダン、ジョーダンブランドが築かれていく。夢を与えるプレイ、困難を乗り越える力、そして人々を結びつけるパーソナリティー、それがマイケル・ジョーダンであり、それがそのままブランドとして確立した。ジョーダン・ブランドは、マイケル・ジョーダンそのままなのであり、エアージョーダンはその物語の誕生の象徴であり、歴史に残るバスケボットボールシューズであり、そしてその誕生を描いたのがこの映画 Air/エアーである。

さて、ここまでジョーダンの凄さを簡単に振り返ってきたが、ジョーダン・ブランドが今日の日常にいささか浸透し過ぎてしまっているために、そのインパクトにピンとこない人もいるかも知れない。では、思い浮かべて欲しい。個人名のスポーツブランドを思い浮かべられるでしょうか?ネイマール?メッシ?フェデラー?単純化すると、こういうことである。一時的に存在したブランドはもちろんあるが、当の本人が引退して20年以上も経つのに、まだ成長し続ける個人名のスポーツブランド、これがいかに凄いか?
そして日本国内だけでもそれが可能なのかどうか?考えるだけでも勉強になる。もちろん王貞治、長嶋茂雄のスポーツブランドはないし、イチローや野茂英雄もキング・カズも高橋尚子も大坂なおみも錦織圭も中田英寿もこれほどのブランドを築けた訳ではなかった。これは、その人物たちを批判している訳でもなんでもなく、今後のスポーツの発展を考える際に、いかに選手をブランドとして売り出していけるか?考える一つのエクササイズとして価値のあることに思う。みんなで考えて、過去のスーパースターをどうブランドとして伸ばせていけたか?アイディアを出しあってまとめたら、面白い企画になると思う。そう、まさに大谷翔平というブランドを考える上で、役に立つかも知れない。
さて、この映画をマーケティングや他のスポーツファンにオススメする理由はここにあり、この映画では途中の過程は描かれていないものの、その産声を上げた際の当事者たちが描かれている。一選手が果たしてブランドビジネスとして成功するのか?未来は誰にもわからないが、信じるものは救われるし、失敗を恐れないものには、運命の神様が微笑むことを、映画とナイキとジョーダン一家は教えてくれる。

その2 選手と企業の関係の変換

マイケル・ジョーダンとジョーダン・ブランドがもたらした二つ目のイノベーションは、選手と企業の関係を大きく変えたことであろう。
ジョーダンがNBA加入当時のバスケットボールシューズマーケットシェアのトップはコンバース。その広告がこちら。

当時マーケットシェア#1のコンバースの広告

企業と選手の力関係を物語っているし、コンバースの巨大さも見て取れる。NBAの2大スターである、マジック・ジョンソンとラリー・バードを抑えているし、巨大市場ニューヨークの得点王バーナード・キングといい、マジックとバードに続いてNBA連覇を果たす、ジョーダンの宿敵でもあったトーマスもいるし、他にマクヘイルとアグワイアもいる。気づいて欲しいことは、これは新商品"Weapon"のもとに、スターを一堂に揃えていることであり、あくまで企業論理が選手よりも上なのである。
当時のスポーツシーンを振り返ると、最強の労使組合と言われているMLBでもまだFA権を獲得してまだ日も浅く、NBA選手もお茶の間に届くほど有名な選手がマジックとバードしかいなかったこともあり、選手が持つ発言力と影響力は、今とは比較にもならない。日本のプロ野球も昭和の時代に、「あなた買います」という小説と映画ができるほど選手の人権はなきにも等しい状態だったが、この頃のNBA選手の発言力と権利は、まだまだ弱い。まさか一人の選手が看板を支えるほど、ビジネスに貢献できるなんてことは、企業側では当然誰も考えておらず、選手の権利が弱い時代に、選手側も思いはあれ、多少の試し案件はあれど、手段がわからない時代だったのかも知れない。
この映画の見どころは、その当時の空気感とそれを突破していく葛藤と汗の過程を伝えていくところにある。常識破りなエアージョーダン誕生の裏には、アウトローで常識破りなオーナー創業者兼CEOなど役者も揃わずとして成功しなかったことは確かだ。
ナイキ・ジョーダン、双方の想いと必要性が奇しくも伝説と巨大ブランドを誕生させることまで彼らも想像はしていなかっただろうが、(ジョーダン一家は、規模はともかく成功は確信していたこともしれないが。。)ブランドストーリーとジョーダンのストーリーが一つに融合したことはいうまでもない。
アスリートのブランディングにおいて、選手、企業双方の想いと、ウィン・ウィンな関係とは何かを考えるきっかけになる意味で、この映画はみる価値がある。なぜなら、世界的に関係を変えてしまった男こそが、マイケル・ジョーダンだからだ。ジョーダンは、他のナイキ契約選手と横並びになることをよしとせず(ナイキも横並びにするほどのスター選手と契約していなかった)、そしてナイキの商品の下に位置付けされることもなかった。この画期的な取り組みが、スポーツマーケティングの歴史を大きく変えていく。

その3 ビジネスモデルの変換

さて、最後のイノベーションは、企業とアスリートの関係を変えたところから、もう1歩踏み込んだジョーダン一家のリクエストが発端だ。そして、これは力関係を変えるだけでなく、経済的な関係も大きく変えた。
個人的にアディダスブランドが好きだったジョーダンの気持ちは、当時シェア2位のアディダスに気持ちが傾いていた。他の選手と横並びに扱われることに抵抗があった業界1位のコンバースへの想いはなく、当時弱者のナイキが勝つには、様々な工夫が必要だった。映画では、ナイキの社員たちがクリアして気持ちを傾かせることに努力する様子を描いているが、最後にジョーダン一家からリクエストが来た。これが、イノベーションの3つ目であった。
選手自身をブランドにすること自体がイノベーションであったものの、ジョーダン一家はそのリスクも承知で、強い意志を持ってもう1歩踏み込んだ。それは、彼の名前と顔と肖像がブランドになる以上、成功しようが、失敗しようが、そこには大きなリスクが伴う。そのリスクの報酬として、ジョーダン一家は、ジョーダンブランド商品の売り上げの一部を、ジョーダンに還元するよう条件を出す。これは前代未聞であり、現在でも通常慣例ではない。
比較として、スターパワーがすごいハリウッドを例にあげよう。興業収入の一部パーセントをよこせ!と最初に言い出したのは、いかにも言いそうなジャック・ニコルソンと言われている。バットマンシリーズのジョーカー役を演じる際に、ギャラに加えて、このインセンティブを要求したと言われている。そのパーセントは破格で、なんと一部では15%とも言われ、このインセンティブだけでも、70億円以上も稼いだと言われている。。。その後アーノルド・シュワルツネガーことシュワちゃんとダニー・デビートのバデー映画、ツインズでもインセンティブ契約が採用されたが、映画が当初予測よりも大幅に下回ったため、この映画の収支は大幅な赤字に終わり、このインセンティブ契約はしばらくハリウッドから消えたとされる。(近年興収予測のしやすい、マーベルなどの続編作品などで復活しているという話ではある)
さて、ハリウッドはさておき、マーケットリーダー、コンバースがスター選手を商品の下に位置付けている時代に、一選手のブランドを立ち上げることはおろか、インセンティヴ契約までするなんていうことは、まさかのまさかである。しかし男気満点の肝っ玉社長の貢献もあり、なんとナイキはこの契約を飲み、ここから伝説の男とその名を冠した伝説のブランドの快進撃はスタートする。マイケルの取り分は、一商品当たり1.5%とも5%とも言われており、直近の決算報告から換算すると、彼の1年あたり400億円近くの収入を得たことになるそうだ。。。すごっ。。シューズ1足の利益率が仮に25%だとして、そこから5%取られることが、どれだけ企業にとって大きいかは、想像ができるだろう。利益の1/5を手放す訳だから、それがどれほどインパクトあるか?ということだろう。その後ナイキは、個人名のブランドやシューズの開発には慎重になっている。亡きコービー・ブライアントのブランドは、コービーの妻とナイキが揉めて一時廃番になるなどのニュースも出たが、和解した様子で、ジョーダンの後を追うGOAT、キングことレブロン・ジェームズもモデルこそあれど、ブランド自体はジョーダン・ブランドの足元にも及ばない。やはりそれだけマイケルは偉大なのだろう。
そんなジョーダンが他にもスポンサーなどの収入があるとして、年間500億円ビジネスの個人ブランドが世の中にどれだけあるだろうか?メッシだろうが、クリスティアノ・ロナウドであろうと、今のところ類似した例はみない。恐るべし、ジョーダン!映画の中で、当時のビジネスサイズやマーケットシェアなども要所要所で述べられているので、直近の決算書や、参考までにミズノアシックスの決算書なども見ながら、数字の感覚を得ると面白い。

まとめ

さて、ざっくりとマイケル・ジョーダンの凄さと、彼がスポーツマーケティング、とりわけアスリートのマーケティングに与えた革命をなぞりつつ、映画の見どころを紹介してきた。個人がブランド自体になること、アスリートと企業の力関係を変えてしまったこと、そしてビジネスモデルにまで影響を与えたこと、これらの点だけでも、マーケティングやスポーツ・ビジネスに興味ある人は、是非映画を見てもらいたい。本来ならば、映画館で見てもらうのがいいのだろうが、Amazonが製作から絡んで出資していることから、映画公開終了と同時に、プライムで見れる。映画宣伝に力を入れていないようだったので、知らない人も多かっただろうが、まずはプライムを見て広めよう!そして最後に、どうやったら日本のアスリートをブランドとして成長させていけるか?過去の選手も思い浮かべながら、アイディアとディスカッションと対話が深まれば、最高です! 

おまけ
より詳しく知りたい方への本の紹介 リンクをクリックしてブックリストをご覧ください。
洋書編1
天才コミッシュナー、スターンの手腕など、当時の時代とリーグの背景について
洋書編2
ジョーダンの前に立ちはだかったライバル達など
和書リスト
ナイキ男気創業者、フィル・ナイトの自伝や、エアーマックスやエアージョーダンが産んだスニーカー文化の本など
ジョーダンの師匠達
フィルジャクソン本は和訳されているが、大学のコーチ、ディーン・スミスやブルズのアシスタント・コーチのテックス・ウィンター本は、残念ながら翻訳されていない。
マット・デイモン演じるSonny Vaccaroが当時を語るインタビュー


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