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青海 翠
2016年8月26日 15:07
のんぺいは左手に、深雪は両手に竹刀を持った。三人で一礼した後、望月が深雪に掛かって行ったが、簡単に払われた。「先輩、すみませんが、本当に本気でお願いします」 深雪が望月にそう言った後、今度はのんぺいが掛かって行った。松葉杖を右脚代わりに使いながら、のんぺいは肉眼では見えないスピードで、左手に持った竹刀を振り回し、深雪は、のんぺいが繰り出す矢継ぎ早の攻撃を払い続けた。 俺の目は、のんぺ
2016年8月26日 15:10
2016年8月26日 15:13
翌朝、空が白み始める前に、足音を忍ばせて宿泊棟から抜け出し、農地のはずれまで行った。月明かりだけが頼りだが、幸い半月で、山の闇に慣れた俺の目には、十分な明るさだった。 三角形に切り開かれた農地の端の、山道が始まる辺りは、切り株が多く、ぬかるんだ土砂に足を取られ、転びそうになった。この辺りは開墾しようとして諦めたのか、あるいは今、開墾作業の途中なのかと思いながら、そこを通り過ぎ、少し先で、茂み
2016年8月26日 15:15
深雪が落ち着いたところで、俺は深雪の目を覗き込み、頬を拭い、そのまま唇を奪いたい衝動に駆られた。が、思いとどまった。そういうことをするために来たのではない。 深雪は目に涙を溜め、睨み返してきた。「こういうことになっちゃうから、だめなんだよ」涙声で深雪は言い、俺を突き飛ばすように身体を離した。「たっちゃん、お願いだから、わたしに構わないで。辛くなるだけだよ」走るように山道を歩き
2016年8月26日 15:18
この日俺は、滝本さんの担当の区画で、カミキリムシを集め、隣の区画にも行ってカミキリムシを集め、そうこうするうちに、飛脚のアントニーが農民のための弁当を運んで来たので、農民の皆さんに弁当を配るついでに、カミキリムシを袋か籠に集めるように布令回ってもらった。 俺の分の弁当は当然無かったので、一旦、宿泊棟の食堂に一人で戻り、午後もまた、農地を回って雑草抜きを手伝いながら、ひたすらカミキリムシを集め
2016年8月26日 15:20
午後も、やはり穴掘りだった。息を切らしてスコップで固い地面を掘りながら、「親衛隊って名前さ、変えたらどうだ」と望月に聞いた。「じゃあ、穴掘り隊にするか。ちょっと語弊があるだろ」「よくそういうしょうもないジョークを思いつくよなあ」「穴掘って入り隊の方がいいかもな」俺は笑い出して腕に力が入らなくなってしまった。スコップに寄りかかってへらへら笑っていると、鞄を持った男がやって来
2016年8月26日 15:22
「向こうの端まで行きましょう」と、のんぺいが言い、連れ立って浜辺を歩き始めた。陽はもう大分傾き、もうすぐ夕陽が見える時刻だが、この島の西側は本州の陸地なので、海に沈む夕陽を拝む事はできない。浜にはもう、誰も居なかった。「万里亜ちゃんを振ったそうですね」いきなり言われ、俺は立ち止まった。「なんで知ってるんだ」「万里亜ちゃんが、いろんな人に話して、嘆いているの聞いたから」なん
2016年8月26日 15:25
俺は憮然として、海を眺めた。再び見ることが叶うとは思いも寄らなかった青い海だ。戦争が始まる前に見たことのある湘南の海と比べても、更に美しい青い海だ。この美しい海に囲まれた何不自由ない島に暮らして、俺は、望みの叶わない人生に不満を抱いている。この海の美しさは、一体何のために、誰のためにあるのだろうか。 そんなに何もかも知っているなら、俺の家族は生きているのか、死んだのか、教えてくれ。俺は深雪と
2016年8月26日 15:27
そういうわけで、翌日、伝令係で飛脚のアントニーが俺のところにやってきて、師匠が呼んでいると告げた。 師匠は桟橋で待っていた。誰にも聞かれずに俺と話をしたいのだろうから、何の話か、すぐに想像がついた。案の定、「信行のことなんだが」と切り出され、俺は困り果てた。のんぺいと「恋仲」になった本当の理由を話せば、そちらの方が遥かに大問題なのだ。この場面をどうやって切り抜けようかと思案していると
2016年8月26日 15:31
深雪は俺のベッドに乗り、俺のすぐ横に座っているらしい。柔らかい手が俺の頭を抱き寄せ、額の汗を拭い、首や肩を何度も撫でさすった。「深雪、どうして、ここに居る?」「わたしは、行きたいとこに、いつでも行けるから」俺に会いに、夜中に跳んで来たということだった。それなのに、みっともないところを見せてしまった。俺は、大声で母を呼んだのだろうか。 俺の息が落ち着くまで、深雪は、俺の額に何度も唇