グリッチ (16)

 深雪が落ち着いたところで、俺は深雪の目を覗き込み、頬を拭い、そのまま唇を奪いたい衝動に駆られた。が、思いとどまった。そういうことをするために来たのではない。

 深雪は目に涙を溜め、睨み返してきた。

「こういうことになっちゃうから、だめなんだよ」

涙声で深雪は言い、俺を突き飛ばすように身体を離した。

「たっちゃん、お願いだから、わたしに構わないで。辛くなるだけだよ」

走るように山道を歩き始めた深雪と、歩調を合わせて付いて行った。

「こういうことって何だよ。俺の胸を借りて泣いたって別にいいじゃないか。俺はお前の幼馴染みの友達なんだから。お前、友達一人も居ないんだろ」

 深雪は息を切らしながら、早足で歩き続けた。時々、袖口で悔しそうに目元を拭う仕草が、子ども染みている。それを愛らしいと感じている自分に気付き、友達なんて大嘘だ、と思った。深雪が中学生で俺が高校生だった頃、こんな風に深雪のことを意識したことは一度もなかった。ところがこの時、深雪の小さな手や中学生の頃から大して伸びていない背丈や柔らかそうな頬っぺたなどが、突然、可愛くてたまらなくなってしまったのだ。この可愛らしい生き物は、俺が絶対に守ってやると、勝手に決め込んだ。刀を握ったら深雪は強いのだから、我ながら笑える勘違いだ。しかし、こういう想いは、一旦火が付いたら止まらない。一体全体、自分は何を成すために今日ここに来たのか、さっぱりわからなくなった。

 深雪が何かに躓き、転びかけたので、慌てて腕を掴んで支えた。

「ほら危ないだろ、山道で走っちゃ」

深雪は乱暴に俺の手を振り払ったが、ようやく立ち止まった。

「たっちゃんねえ、健康な若い男なんだから、誰か他の人を好きになって幸せになってよ」

「それはお前が心配することじゃないって言ってるんだよ。俺はお前の兄貴分だからな、お前が幸せになるまで守るのが、俺の役目なんだ」

深雪は、呆れたというように大仰な溜め息をついた。

「妙に律儀なんだから、たっちゃんは。そんなこと誰も頼んでないよ」

「頼まれなくても、俺の気が済まないんだ。お前だけ尼さんみたいな生活を強いられているのに、俺だけ幸せになれるか、馬鹿」

「尼さんて、何、それ」

「だから、この島の全員のために、調達を休めないから、恋も結婚もしないで、毎日筋トレして、命がけで調達に出るんだろ。修行じゃないか。それなら俺も、お前の修行に最後まで付き合うよ」

「修行じゃないよ。今日花のためだよ。きょんが自分で自分を守れるようになるまでは、わたしが守るって決めたの。それだけだよ」

これには説得力があった。深雪は本音を言ったのに違いない。でも、それなら、俺にだって同じことが言えるわけだ。

「そうか。じゃあ、俺はお前が今日花を守る仕事を終えるまで、お前を守るって決めた。お前が恋をできる身になるまで、俺も誰も好きにならない。お前が誰かを好きになって、そいつが良い奴だったら、そいつと結婚させてやる。兄貴の約束だ。言いたいことはそれだけだ」

深雪の目に、また大粒の涙が競り上がってきた。深雪は火を噴きそうな目で俺を見つめたが、その時、深雪の輪郭が揺らいだ。深雪を透かして後ろの樹々や木漏れ日が見えるのはなぜだ。

「おい、そりゃないだろう」

深雪が跳んだと気付き、俺は憤慨した。

「ありだよ」

という声は、後ろの、頂上の方から聞こえた。どこか高いところの茂みで草ずれがした。ほんの十メートルほどの距離を、跳んだのだ。

「約束は守るからな、俺は」

深雪の影が動いた方向に言ってみたが、深雪に聞こえたかどうか、定かではなかった。

 深雪が消えた木立の方から、物音も気配もしなくなってから、溜め息をついた。一体、俺は、何を約束したのだ。支離滅裂ではないか。恰好付けて、墓穴を掘ったか。深雪が他の男を好きになったら、俺は一体どうするつもりだ。自分で自分をぶん殴ってやりたかった。

*   *   *   *   *   *   *

 深雪と山の中で話したのが土曜日で、その日は、朝食をもらい損ね、腹を空かせて修繕班で働いた。修繕班は、島内の壊れているものを何でも修繕する係なので、今度はホテルの屋根の雨漏りを修理した。俺はまた見よう見まねで、一度もやったことのない屋根屋の仕事をした。この調子だと、この島を出て本土に戻る日が来たら、便利屋か何でも屋で身を立てられそうだ、と思った。そんな日が来るはずもないのに。

 翌日曜日は一応休日だったが、調理班は一日たりとも休まず、農作業にも夏場は休みがない。漁師の六郎さん兄弟も、天気が良ければ漁を休まない。日曜日でも島民の半分くらいは、何らかの労働をしていた。修繕班は休みなので、俺はホテルの宿泊棟から農道へ出て、道の左右に開墾された農地で働く人達を見物した。と言っても、見ているだけでは申し訳ないような気持ちになるもので、手伝いましょうか、と言ったら、早速頼まれた。

 ここの農業は農薬がないので、草むしりも虫取りもすべて手作業で、人手は幾らあっても足りないらしい。畦で囲まれた一区画に一人、必ず誰かが居て作業をしていた。茄子やトマトやきゅうりなどの作物一株一株について、周囲の雑草を抜き、葉に付いているアオムシや毛虫やアブラムシを手で取り除くのだ。膝を地面に突いた正座のような姿勢でずっとやり続けるから、脚や背中が変な具合に痛くなった。俺たちが食べるものをこの人達が毎日作ってくれていることの有り難みを、しみじみ感じる作業だった。

 俺がこの日、たまたま声を掛け、農作業を共にした人は、滝本さんと言い、元はコンピュータエンジニアだったというから驚いた。農業のやり方をどうして知ったのかと聞くと、エンジニアだった頃から、自宅近くの市民農園に一区画借り、家族で菜園をやっていたそうだ。その当時は、奥さんとお子さんが主にやっていたという。

 家族のことは聞かない不文律に則り、俺は、滝本さんが自分で言うまで、奥さんとお子さんはどうなったのか、聞かないことにした。しかしそれは取り越し苦労で、滝本さんはなんと、家族三人で、近所だった幸村道場にすぐ避難し、この島にも三人で来たというのだった。

 妻は調理班なので日曜日も働いていて、十一歳の息子は多分、母の傍でうろちょろしながら手伝っている、ということだった。

「良かったですねえ」

と俺は言った。

「うーん、ほんとにね。家族助からなかった人が沢山おられるから、申し訳なくてね。だからと言うのも変なんだけど、食品生産者になろうと思ったんだよね。人に食べ物を差し上げるというのは、なんていうか、神聖な仕事だと思うんだよね」

だから、奥さんも調理場で働くことを選んだのかな、と思った。戦争になってから、食べ物をくれる人は、本当に有り難い人になった。

「でも、コンピュータと凄いギャップじゃないですか」

滝本さんは手を止め、困り果てたというように笑った。

「そうなんだよ。インターネット無いとほんと不便! 有機農法のやり方なんて、以前はネットで調べれば何でも読めたのにさあ。試行錯誤なんて考えられない根気が要るよね。まあ、元々農家の曽根さんが居るから、農業顧問みたいな感じで、基本は教えてもらえるんだけどね、あの人だって有機農家だったわけじゃないからね、手探りだよ」

 俺は滝本さんに農業のことを色々質問し、覚えきれない細かいことを沢山教えてもらった。例えば、この日まで俺は、長ネギの白い部分は、土を盛り上げて、伸びる茎を埋めることによってできるということを知らなかった。ホワイトアスパラガスと同じ原理だよ、と言われても、ホワイトアスパラガスを作る原理も、この日まで知らなかった。滝本さんが葱を指差し、

「ほら、葱の周りは畝が高いだろ」

と言うので、やっと意味がわかったのだった。

 この島では、最初の一年間、本土から調達する食糧に頼ったが、徐々に農作物を自給できるようになり、暖かい瀬戸内の気候を利用して、三圃制あるいは牧畑と言われる輪作農法で、農地を順繰りに休ませながら、土地を痩せさせないように行っているそうだ。しかし、家畜は居ないので、本来、家畜の糞尿で肥沃化させる休耕地に、人糞と植物性廃棄物から作った堆肥を埋めるという方法を取っているという。また、隣の龍王島には、以前から開墾されていた畑地があるが、キャンプ場を残し全島を農地とする予定で、そちらにも人糞と植物性廃棄物を埋め、土地改良の作業を進めているという。

 更に、有機農法の次の段階として、自然農法というものも模索中だと教えてくれた。これは農業顧問の曽根さんが、どこかで読んだものを思い出し、農地の区画の端で試みているそうで、生ごみ溜に落ちた種が自然に伸びる状況を真似て、一品目を集中的に植えず、複数品目を無作為に植え、雑草も抜かずに放置して、自然に強く良い作物ができるのを待っているという。

「でも、どうしても作物を枯らす雑草が有るからね、それは抜くの。そこを見極めるのが難しいんだそうだよ。これがわかってくると、農作業の手間が飛躍的に省けるし、集団感染による不作も防げるようになるはずなんだよね、原理的には」

という滝本さんの説明を、俺は全部理解できたのかどうかよくわからなかったが、自然農法というものが何を目指しているのか、なんとなくわかったような気になった。

 農地のはずれの切り株のことも、この時、滝本さんに聞いた。この島に着いた当時、ホテル裏から山に至る緩い傾斜の遊歩道に沿った南向き斜面を農地にするべきだというのは、誰の目にも明らかで、斜面を階段状に開墾した後、現在の山道が始まる辺りから樹々を燃料用に切り出したそうだ。

 木を運ばなければならないからには、道沿いの木を切りたくなるのが人情というもので、切り倒して薪にしていた所、見る見るうちにその部分は表土が露出し、雨の度にぬかるむようになり、台風の際に、とうとう土砂崩れを起こしてしまった。折角開墾した農地の山側三割が泥に埋まり、復旧作業にまた半年近い月日を要したという。

「曽根さんだって、小田原で農業していたけどさあ、家の暖房も風呂焚きも調理も全部、薪でやっていたわけじゃないからねえ。ガスも電気も石炭も無いところで、人間の生活をすべて薪で支えようとすると、一人当たり何平方キロメートルの森林が必要になるかって考えたら、気の遠くなるような話らしいよ。この島に人口八十人というのは、ものすごい人口過密なんだね。だからね、この島の木は切らないことになって、小芝島っていうさ、ここからは大芝島の陰になるから見えないけど、南西に二キロくらいのところにある無人島から切り出すことにしたんだよ。そしたら、そこも裸山になっちゃってね。その後は、調達の人たちがキャンプ用品店なんかから取って来たバーベキュー用木炭とか使った時期もあったけどね、広島県側のキャンプ用品店なんて行き尽くしちゃったみたいで、木炭も手に入らなくなって、次は、本土の海岸沿いから木製のボートを引っ張ってきて、解体してペンキはがして、燃やせるようにしてさ。もう、今後、この島の生活を支える燃料をどうするのかってのは、深刻な問題なんだよ、ほんとに」

滝本さんは、更に、農産が破綻する可能性も心配しているという話をした。

「私が恐れているのは、害虫なんだよねえ。目に見える虫は取ればいいけどさ、一番怖いのは、ウイルスとか、細菌とか、真菌だよね。作物が感染したら、全滅だから。昔はそうやって十年に一度くらい、大飢饉というものがあって、死人が沢山出たんだよ。知ってるかい、魔女狩りはライ麦のカビが原因だっていうの」

「え、なんですか、それ」

「ライ麦に麦角菌ていうカビが付いていて、汚染されたライ麦パンを食べた人が、麦角中毒で精神錯乱して、奇行を繰り返したから魔女だと疑われて、魔女狩りになった、という説があるんだよ」

そういう話は初めて聞いた。へええ、と感心しながら聞いていたが、その時、俺は茄子の株の根元に食糧を発見した。

「あ、こいつ、喰える」

と俺が突然言ったので、滝本さんは驚いて手を止めた。俺は滝本さんに捕まえたカミキリムシを見せた。

「食べられるの?」

不気味そうに滝本さんが聞いた。これには、俺の方が驚いた。

「え、食べた事ないんですか?」

カミキリムシを食べずにこの戦争を生き延びた人が居るはずがないと思ったが、考えてみれば、この島の人達は、市街地にまだ幾らでも物資があるうちにここに来て、本土に残る米や乾物や保存食品などを集めて食べて来たのだし、魚介類も獲れるのだし、カミキリムシを食べる必要がなかったのかもしれなかった。師匠が信州の人だから、蜂の子は食べようと思いついたらしいが、カミキリムシは思いつかなかったのか。焚き火をしているのだから、鉄砲虫は食べたはずだった。それとも、食べずに見過ごしたのか。なんて勿体ない。

「おいしいんですよ、焚き火で炙ると」

滝本さんは更に気持ち悪そうな顔になった。

「これ、害虫だよ、農業にとっては」

「じゃ、尚更、喰っちまいましょうよ。集めてもいいですか」

「いいよいいよ、もちろん」

でも、私は食べないよ、という顔で、滝本さんはそう言った。

(つづく)

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