寛容な時代になっても変わらないこと

「あとはお願いしても良いですか?」
社内のチャットツールに入った土屋さんからのメッセージを見て、思わず反射的に舌打ちをしてしまう。
お願いしても良くないです、と返事を書くのをグッと堪えて、言葉選びを逡巡する。

元々は、他部署に所属している、土屋さんが作成を担当していた資料だった。
僕はその資料を使って外の人と話をする予定だったのでレビューをすることになっていたのだけど、土屋さんから「できました!」というメッセージと共に送られてきた資料は到底外には出せないものだった。
だから僕は、ほぼ数十ページにわたるそれを、全ページ手直しした。
その日、予定していた他の仕事は何も出来なかった。

手直しした資料は、いくつか社内で確認しないと、まだ完成にはならなかった。
その部分の情報の吸い上げと、資料化を土屋さんにお願いしたところ、結局ボールが戻ってきてしまったのだ。
土屋さんは、うまく情報を入手し切れず、資料化してくれた箇所もかなり中途半端だった。

ここでボールを投げ返したところで、またこっちに戻ってくる気もする。
当初の予定より大幅に進行が遅れている仕事でもあったので少し悩んだ末に、結局「了解です!」という元気なスタンプを送りつけて、仕事を引き取ってしまった。



最近まで勤めていた前の会社でも、こういうことあったなあと思う。
昨年、部署で面倒を見ていた新入社員の鍵山さんの顔が思い出される。
鍵山さんは、非常に一貫性のある子だった。

「必ず定時で帰ります。休憩はしっかり1時間とるので、その間は連絡も返せません」

配属早々、役員に物怖じせずにそう宣言していた姿を聞いて「すごいな」と思った。
20代前半で自分の確固たる考えを持っていて、かつ大人に対して発信できるのも立派だなあ、これがZ世代かあ、と呑気に構えていたし、了解と受け容れる50代の役員を見て寛容な時代になったもんだなあと思った。

しかし、一緒に働いていくうちにおや?ということが増えた。
鍵山さんのミスで炎上した案件で、残業せざるを得なくなってしまっても、「ダンスのレッスン入れているので、あとはお願いします」といつも通り定時に帰る。
2週間前にお願いしていた作業が、「忙しくてできませんでした」というコメントと共に、真っ白の状態で戻ってくる。
鍵山さんは毎日定時帰りしていて、僕はちょくちょく徹夜残業していた。

そんなことが続いた挙句、評価面談では「給料が少ない」「ボーナスに納得がいかない」と鍵山さんは主張した。
なんだかなあとその子の顔を見るだけでモヤモヤするようになった。


8年前、新入社員として受けた研修で、「ダイバーシティ」「多様性」という言葉を初めて聞いた。
それが、これからの時代では大事になると、研修講師が熱弁していた。

今までは会社の考え方を押し付け過ぎだった。しかし、いろんな考え方がこの世の中にはある。だからそれを受け入れて、良い会社、良い社会を作っていこう、的な話だ。
帰りたい人は早く返してあげよう、それぞれの働く考え方を尊重しよう。

当時、それは理想論じゃないかと反射的に思ったし、部署に本配属になってからは、ダイバーシティ感は皆無だった。
僕はいわゆる「ゆとり世代」だったからそのことを揶揄されることも結構あって、そのたびにこんにゃろうと思った。

いつしか誰にも文句を言わせないような仕事をしよう、と頑張るようになって、しばらく経ったときには「ゆとり世代」と言われなくなっていった。
寛容になった社会に、「ゆとり世代」という言葉は似つかわしくないと判断されたのかもしれない。
そして僕の後輩や部下として働き始めた子たちは、「Z世代」と呼ばれて、いろんな企業が「Z世代研究会」的なプロジェクトをたくさん立ち上げている。

なんだか僕の時とは違うなあと感じるけれど、それを皮肉じみた感じで言うのは違うし、「オレが若い頃はさー」と言ってきた僕が新人の頃に嫌っていたおっさんみたいだから口に出さないようにしている。
「オレが若い頃はさー」と言う説教も、今の時代はなんかダメなことになっている気もするし。
だってそれは多様性を認められていない。


世代論なんてものは、アテにならない。
Zだろうとゆとりだろうとロスジェネだろうと。
土屋さんは僕より年上だし、鍵山さんは僕より年下だけど、彼女たちと同じ年代でもシャカリキに働く人もいる。
僕と同じ年代でも必要最低限のこと、いやそれすらやらずにのらりくらり働いている人もいる。

人の気質はほとんど変わっていないけれど、時代が変わった。
主張に対して正当性があれば、それをフォローする人がいるし、認めないといけない時代になっている。

土屋さんと一緒に働いている会社はスタートアップだし、鍵山さんと一緒に働いていた会社は広告代理店だった。
もちろん、僕もプライベートな時間は確保できないと嫌だから今年に入って転職をしたし、主張したい時は主張している。
でも、スタートアップも代理店も、何かをやりたくて、仕事で何かを得たくて、入るような会社なんじゃないかなあ、とか思ってしまう。
でもそれは僕の好き勝手なステレオタイプであって、多様性を認めていることにはならない。

僕は言いたい本音をグッと堪えて、2人に笑顔で「了解です」と伝えて、仕事を巻き取る。
彼女たちは、その分、プライベートな時間で好きなことをしている。
そこまで想いを馳せてしまうと、疲れが積み重なってくる感覚になる。

僕の新人時代は、上から押さえつけられる感覚に、すごく生きづらさを感じた。
それから社会は変わり、寛容な時代になったけれど、生きづらさは変わらない。

ポリコ / クリープハイプ

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒時代の地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗、制作会社での激務などを経験。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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