見出し画像

最近の5冊:いつもの当たり前が、全然当たり前ではない世界

5冊読んだら感想を書こう、という個人企画の一環。今回はこんなラインナップ。

開高健『青い月曜日』(集英社文庫)

一言で表すなら「禍々しいまでの生と死と性がごった煮になっている」。開高健はどちらかというとサントリー宣伝部のような洒落た広告業界の人、というイメージでいた。『オーパ!』のような冒険ルポタージュを書く人だとも知っている。でもあまり小説家のイメージがなかった。

ちゃんと読んでみよう、と手に取ったのが本書。裏の説明書きには戦中戦後に多感な時期を過ごした著者の自伝的小説とある。

一番感覚が近いと思ったのは、朝ドラ『カーネーション』の中の銃後生活の描写かもしれない。食い物、死体、空襲、悶絶、苦悩を淡々と繰り返していくしかない生活。いつ終わるとも分からない。

そして後半パーッと晴れた中を生きる人のたくましさ。良くも悪くもいい加減で、それでも「生活して食べていく重さ」が伝わる。この時代を共有した人なら首がもげるほどうなずいてページをめくるだろう。

ただ、最終にかかる女性にまつわる話は「あー、男の話だ」と少し辟易してしまった。まあこの時代の男性としたら当たり前の感覚で、むしろ主人公の彼が感じた虚無や女性への怖れのようなものは多くの人に共通していたのかもしれない。でも実生活を回していく女性からは、そのお気持ち部分に溺れてしまっているパートナーはとても弱く見えただろう。

結末の文章は、女性としては複雑。

*  *  *

松重豊『空洞のなかみ』(毎日新聞出版)

俳優の松重豊さんが週刊誌に連載していたエッセイに、短編小説を組み合わせて1冊にまとめたもの。コロナ禍で仕事が空いてしまったときに思い立っていくつか書いたらしい。へええ。

どの短編もまず「自分は今誰だ?」という探りからスタートする。舞台は。目の前にいるこいつは。俺の役割は。自分がいるけどないようなふわふわした描写は俳優さんならでは。こんな世界の切り取られ方は体験したことがなかったので、面白かった。

下積みや脇役時代が長い松重さんならではの「あるある話」は、本人は大変なのだろうけれど思わず笑ってしまう。

*  *  *

津野海太郎『読書と日本人』(岩波新書)

何となく常識だと思っていた「本を読む人は教養がある」「蔵書がある人は偉い」という感覚はいつから生じたのか。よく考えてみればそれは昔からあったわけではなく、本書によるとずいぶん最近になってからの話のようだ。

そこへ至るまで、平安や鎌倉、室町、江戸時代などの「本の読まれ方」や「本の流通の仕方」の記述も詳しい。日本に限って言えば、この時代の幅で読書の歴史を捉えたまとめは少ないかもしれない。

面白かったのは単に精神的な影響を述べるだけではなくて、その影響が生まれるための社会的背景や物質的な恩恵も絡めて教えてもらえたこと。多くの人に流布するためには誰かが大々的に「出版」をしなければいけないけれど、それができる時代というのも条件が揃わないと出現しない。

出現したために生まれた、人々への新しい影響。それはまた次世代の意識を変え、次の社会変化に合わせて本の読まれ方も変化していく。メタな視点でうねりを確認できたのでよかった。

*  *  *

石神久資『声の悩み49種のすっきり解消法 第4版』(アートジャム)

stand.fmで音声コンテンツを配信するようになって、自分の声に対して考える時間が増えた。まあ、くぐもっている。女性にしては低いので頑張らないと聞き取りにくい。滑舌が悪い。口の開け方も悪いんでは。そもそも日本語の発音から間違っている気がする。

さまざまな「話し方本」がある中で、心がけとか精神的なものではなくて口のメカニズムから解決策を出してくれそうな本を探して行き当たった。kindle unlimitedで提供されているので手軽に読める。

タイトルにある通り49種の悩みがズラッと並んでいて、解決策には共通する項目も多い。なので通し読みするというよりは必要な項目だけを読んで覚えて実践するスタイル。

自分に該当した点の備忘録。

舌の定位置が間違っていた。口を閉じたときにもっと舌が上あごにペタッと付いているくらいがよいらしい。舌先が歯に付いているだけの状態は「低位舌」といってポカン口のもとになるらしい。あらら。

アイウエオの母音を発音するとき、ウとオはたぶんもっと舌を奥へ引かなければいけない。滑舌の悪さはここか。

Amazonページには目次が出ているので、中身が確認できる。当てはまる悩みがある人は読んでみると新しい情報が得られるかもしれない。

*  *  *

レイ・ブラッドベリ/小笠原豊樹訳『火星年代記(新版)』(ハヤカワ文庫SF)

SF古典の代表作とは知っていた。でもまさか初版が1950年とは思わなかった。当時は1999〜2026年が舞台だったけれど、1997年に記述が31年後ろに倒されて舞台は2030〜2057年になり、多少の章立て変更があったらしい。それでも成立してしまう世界観の強さよ。

地球の人間が火星へ移住していく26の短編が1冊にまとめられた構成。そのたびに短編の主人公は入れ替わり、さまざまな運命を辿る。物語が古びないのは、扱われるテーマが意識、感覚、世の中とのギャップ、郷愁、信仰など普遍的なものばかりだからだろう。

ハッとしたものを1つ挙げるとすれば、宣教師が火星に移住する際に議論していた「新しい罪」の話。一神教を信じる人たちはこんなことも考えないといけないのかと思うのと同時に、常識も何もかも全く想像できない世界というのはそこからだよな、という納得もあった。

自分が考えていたその先まで話が続いている。

*  *  *

雑食系読書。もし今回にテーマをつけるとしたら「当たり前が当たり前ではない世界」と言えそうだ。

この記事が参加している募集

よろしければサポートお願いします!いただいたお金はnote内での記事購入やクリエイターとしての活動費にあてさせていただきます。