深読み_スプートニクの恋人_第4話1

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第4話「千歳の岩」


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スナックふかよみ にて


ご清聴ありがとうございました。

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では『スプートニクの恋人』チャプター1の続きを見ていこう。

第二段落では、作家志望だった「すみれ」の苦悩について語られる…

 すみれはそのころ職業的作家になるために文字通り悪戦苦闘していた。この世界に人生の選択肢がどれだけ数多く存在しようとも、小説家になる以外に自分の進むべき道はない。その決意は千歳の岩のように堅く、妥協の余地のないものだった。彼女という存在と、文学的信念のあいだには、髪の毛一本入りこむすきまもなかった。

ここもまた『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて/キャッチャー・イン・ザ・ライ)』の冒頭シーンと対応してるの?

もちろん。

兄DBについて語ったホールデンは、次に自分の学校について語る。退学処分になったペンシー・プレップスクールのことについてね。

そこも村上春樹は忠実に再現したんだ。

どこが?

すみれが大学を中退することは、この先で書かれるんでしょう?

『THE CATCHER IN THE RYE』でホールデンは、まず学校の住所について言及するんだよね。

名門大学を目指すための寄宿学校であるPencey Prep(ペンシー大学準備学校)は、Agerstown, Pennsylvania(ペンシルヴァニア州エイジャーズタウン)にあることを。

「Pen(ペン)」がくどいわね。

だから村上春樹は「職業的作家」になることの苦悩をわざわざ書いたんだ。「ペン」を想起させるためにね。

ちなみに『THE CATCHER IN THE RYE』における「Pen」とは「Penis(ペニス)」のことでもある。

学生寮が右ウィング棟と左ウィング棟に別れていたのは、「金玉・精巣」が投影されていたからなんだよ。

つまりホールデンが寮生活を送っていたPencey Prep校は「おちんちん準備学校」という意味なんだ。

まあ。

・・・・・

そして映画『海獣の子供』では「Peninsula」に置き換えられ、伊豆半島の先っぽから「射精」するシーンが描かれたというわけ。

なんかエロい感じの描写は全部『THE CATCHER IN THE RYE』の影響だったのね。

そういうこと。

さて、村上春樹は「ペン」だけじゃなく町名「エイジャーズタウン」まで落とし込んでいる。

気付いたかな?

え? どこに?

「千歳(ちとせ)の岩」だよ。

は?

「千歳の岩」って有名な曲の邦題なんだけど、その原題は『Rock of Ages』というんだ。

つまり「Ages」と「Agerstown」の駄洒落ってわけ。

『ロック・オブ・エイジズ』?

それ知ってる!80年代のハリウッドを舞台にしたロック・オペラよね!

トム・クルーズがめっちゃセクシーだったやつ!

これだから素人は困る。

映画『Rock of Ages』は、讃美歌『Rock of Ages』を元ネタにしたロック・オペラなのだ。

ちなみにこの讃美歌『Rock of Ages』は、イングランド国教会とアングリカン・チャーチ内における四大讃美歌のひとつとして知られている。

きっと深代ママも、耳にしたことがあるはずだ…

そうなの? どんな歌?

そびえ立つ岩山をイエス・キリストに喩えた歌だ。

いっちょ俺が歌ってやる。


確かに聞いたことあるかも。

映画『戦場のメリークリスマス』で、捕虜になったイギリス兵たちが歌っていたよね。

デヴィッド・ボウイがわざと音痴に歌うのが印象的だった…

イギリス人は本当にこの歌が好きなのね。

そういえば『スプートニクの恋人』の後半の舞台、ギリシャの島の岩山の中腹にある別荘の所有者もイギリス人じゃなかった?

これって偶然?

偶然ではない。

この小説には『Rock of Ages』の歌詞が元ネタとして使われているんだよ…

Rock of Ages, cleft for me,
Let me hide myself in Thee;
Let the water and the blood,
From Thy riven side which flowed,
Be of sin the double cure,
Save me from its guilt and power.

千歳の岩よ、私のために裂かれた方
あなたの中に私を隠してください
あなたの裂けた所から流れ出る水と血とによって
二重の背徳を赦し、私を恐ろしい罪から救ってください

これって、まるで「すみれ」がミュウを想って歌ってるみたい…

だって「ages」って「年上・熟年」という意味もあるでしょ?

そしてミュウは「裂かれた方」だった…

「水と血が流れ出る裂けた所」は女性器のことだね。

「二重の背徳」とは「不倫」と「同性愛」…

そして、すみれはどこかに隠れてしまった…

なにこれ凄くない? ねえ、春木さん…

う、うむ…

そして「彼女という存在と、文学的信念のあいだには、髪の毛一本入りこむすきまもなかった。」の部分。

これは「髪の毛一本」という言葉を使いたいがための表現だよね。

どうして?

「髪の毛一本」という言葉が出てくる『マタイによる福音書』の一節を想起させるためだ。

マタイ
5:36 また、自分の頭を指して誓うな。あなたは髪の毛一本でさえ、白くも黒くもすることができない。

ミュウは若くして白髪になり、それを隠すために黒く染めていたよね。

そして『THE CATCHER IN THE RYE』のホールデンも、若くして髪の毛の半分が白髪だった…

ああ!

おもしれ~

ふん。偶然だろ。人は見たいものを見ようとする。

そうカリカリしなさんな。

飴ちゃんでも舐める?落ち着くよ。

のど黒~飴♫

チッ…

さて、続いて「ぼく」は「すみれ」の経歴をざっと語る。

茅ヶ崎生まれの「すみれ」は、地元神奈川県内の公立高校を卒業し、東京都内にある私立大学へ入学した。

なんだか『海獣の子供』の琉花っぽい。琉花の未来の話みたい。

「みたい」じゃなくて、そうなんだと思うよ。

え?

『海獣の子供』の原作者 五十嵐大介と、映画版のシナリオを書いた渡辺歩は、『スプートニクの恋人』の「すみれ」を意識していたに違いない。

映画版は特にそうだ。

『THE CATCHER IN THE RYE』の主人公ホールデンだけでなく、その分身ともいえる小説『スプートニクの恋人』の主人公すみれも、「琉花」というキャラクター作りに大きな影響を与えている。

湘南地方で生まれ育ったこと…

家庭環境が微妙なこと…

学校に行けなくなること…

発育が遅いこと…

そして幼い頃に「目の前で動物が高く昇って行って忽然と消えた」という不思議な現象を見ていること…

あっ!

ヒュ~♫

・・・・・

そして「ぼく」は、その私立大学の悪口を並べる。自分も通っていたにもかかわらずね。

これは『THE CATCHER IN THE RYE』の「僕」ことホールデンが、自分の学校Pencey Prepについてボロクソ言うことの再現だ。

そして「すみれ」が3年生になる前、つまり2年生の冬頃に中退したことが語られる。

これも『THE CATCHER IN THE RYE』のホールデンと全く一緒だね。

ホールデンも2年生のクリスマス前後に中退を決めた。

ちなみにホールデンの学校は四年制の高校なんだけど、それを村上春樹は大学に置き換えたというわけ。

そういえば『海獣の子供』も『スプートニクの恋人』も「夏休み期間中の大事件」の物語ね。

『THE CATCHER IN THE RYE』もそうなんだ。

語り手であるホールデンは、実は精神科の病院に入院している患者だった。

そこで精神分析医に対して語っていたのが『THE CATCHER IN THE RYE』という物語だったんだよ。

とある夏の日にね…

(絶句)

そして、この段落の最後に村上春樹はこんなことを「ぼく」に語らせる。

でもあえて凡庸な一般論を言わせてもらえるなら、我々の不完全な人生には、むだなことだっていくぶんは必要なのだ。もし不完全な人生からすべてのむだが消えてしまったら、それは不完全でさえなくなってしまう。

遺伝子のこと?

ヒトゲノムって膨大だけど、何の役に立っているのかよくわからない部分もたくさんあるんでしょう?

そうだね。だけどそれだけじゃないと思う。

これは村上春樹が『スプートニクの恋人』という小説を書くにあたって、最も言いたかった言葉だと思うんだ。

え?

サリンジャーは『THE CATCHER IN THE RYE』に関して、余計な注釈や解釈の一切を禁じていた。

だから村上春樹は『THE CATCHER IN THE RYE』の翻訳を一旦は諦めた。自分が思った通りの翻訳が出来ないからね。

だけど村上春樹は「ぼく流キャッチャー」を書きたかった。偉大なる傑作小説を、どうしても自分の手で完璧に翻訳したかったんだ。

そして、その叶わぬ思いを形を変えて実現させたのが、この『スプートニクの恋人』という小説だった。

・・・・・

サリンジャーの考え方からしたら、それは「むだ」な行為に他ならない。

だけど村上春樹は、それを「むだ」だとは思いたくなかった。

サリンジャーに負けないくらい『THE CATCHER IN THE RYE』という物語を愛していたから。

だから冒頭でこんなセリフを「ぼく」に語らせたんだよ。

なるほど…

この言葉を何度も自分に言い聞かせながら、村上春樹は『スプートニクの恋人』を書き上げたのね…

人生でいちばんきついのは…

心ならずも誰かを傷つけてしまうことであって…

自分が傷つくことではありません…

ん? 春木さん、何か言った?

いえ、別に…

・・・・・

さ!どんどん話を進めようぜ。

のんびりしてると朝になっちまうよ。

朝までに終わればいいほうよね。岡江クンって、いつも話が超長いから。

終わる頃には秋になってたりして(笑)

やれやれ。

・・・・・

おい、イソグロ…

久しぶりにアレをやらんか?

アレ?

もしかしてTHE BANDの『ROCK OF AGES』に入ってるアレのことか?

「僕がマスをかく」ってやつ…

日本語と英語を混ぜるな。変な意味に聞こえるだろう。

「マスターピース」を縮めただけじゃんか。

しゃーない。付き合ってやるか。

何だかんだで仲いいのよね、この二人。

それでは聴いてください。

『僕が傑作をかく時』…




つづく




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