深読み_スプートニクの恋人_第1話あ

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第1話「ライか?」


プロローグ(序章)はこちら


スナックふかよみ にて


そう。何だったっけ…

ああ!思い出した!

何?

「スプトニック」って「スプートニク」と似てるって話!

ブブーーーッ!

大丈夫?

ごめんね。くだらな過ぎた?

い、いえ…

ちょっと気管に入っただけです…

・・・・・

ルンルンルルルルルンルン♪

ウィーウィッシュアメリクリスマス♫
エナハッピーニューイー♫

深代の愛がた~っぷり詰まった特製ブランディー・エッグノッグ、出来上がり~!

春木さん。はい、召し上がれ💛

あ、はい…

はい、岡江クンも💛

・・・・・

ん?

・・・・・

お、岡江クン!?どうしたの!?


岡江クン!しっかりして!

はっ!

ああ、ビックリした…

急に白目なんかむいて…

スプートニク… スウィートハート…

へ?

『スプートニクの恋人』だよ…

村上春樹の小説のこと? どうしたの突然…

『海獣の子供』が「ライ麦畑の子供」だったように…

『スプートニクの恋人』は「ライ麦畑の恋人」なんだ…

ハァ?

じゃあ「スプートニク」は「ライ麦」の象徴ってわけ?

「象徴」ではない。「記号」だ。

「スプートニク」と「ライ麦」は交換可能なんだよ…

ぜんぜん意味わかんない…

春木さんも、そうでしょ?

う、うむ…

ちょっと待って、スマホで探すから…

えーと…

あった!これを見て!

『スプートニクの恋人』の表紙じゃん。

知ってるわよ。あたし、本を読んだことあるもん。

じゃあ次にこれを見て。

え?

そっくりなんだよ…

「スプートニク」と「ライ麦」は…

あゝ!

・・・・・

ねえ、深代ママ…

あのプロジェクター用意してもらってもいいかな?

今から僕がスマホのkindleに『スプートニクの恋人』をダウンロードするから、それをつないで壁に映したいんだ。

うん、いいけど…


5分後


じゃあ始めようか。

僕の記憶と深読みが正しければ、村上春樹の『スプートニクの恋人』はサリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE』を再現しようとして書かれた小説…

つまり「ライ麦畑の恋人」である可能性が高い…

あたしドキドキしてきちゃった…

なんだかわかんないけど、またややこしいところに首を突っ込んでいきそうな予感がするわ…

たまんない、この感じ…

O, Jenny's a' weet, poor body,
Jenny's seldom dry
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye ~♪

もう春木さんの馬鹿! 

あたし、濡らしてなんかいません!

そういう意味で言ったんじゃないですからね!

しかもあたしを「可哀想な体の女」扱いして!

出禁にしますよ!

やれやれ。

『スプートニクの恋人』は、まずこんなページから始まる…

〔スプートニク〕
 1957年10月4日、ソヴィエト連邦はカザフ共和国にあるバイコヌール宇宙基地から世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた。直径58センチ、重さ83.6kg、地球を96分12秒で一周した。
 翌月3日にはライカ犬を乗せたスプートニク2号の打ち上げにも成功。宇宙空間に出た最初の動物となるが、衛星は回収されず、宇宙における生物研究の犠牲となった。
(「クロニック世界全史」講談社より)

1号2号って最近話題のロンドンブーツみたいね。

だけどこれ、ただの百科事典の解説文じゃん。

こんなの別にどうでもいいでしょ?

そうじゃないんだな。

この引用で村上春樹は、とんでもなく重要なことを伝えようとしている。

実はこれ、この小説の「種明かし」になってるんだ。

え?どゆこと?

・・・・・

この説明文における「人工衛星を乗せたロケットの発射」というのは「射精」のことなんだよね。

スプートニクを精子に喩えてるんだ。

ええーーーー!?

そんなに驚くことじゃないよ。

村上春樹はサリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE』を踏襲しているだけなんだ。

あの小説でも「ライ麦」は「精子」の記号だからね。

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というのは「精子を受け止めるもの」という意味になっているんだよ。

『海獣の子供』の琉花もそうだったでしょ?

あ、そっか… そうゆうことか…

そして村上春樹が数ある百科事典の中からこの説明文を選んだ理由の1つが、スプートニク1号2号の「発射の日付」と「衛星の大きさ」が簡潔に明記されていたから…

この日付と大きさが重要だったんだ…

そんなこと、どうして言い切れるの?

村上春樹本人に聞いてみないとわからないでしょ?

僕にはわかるんだ。

なぜだかわからないけど、今の僕には村上春樹の思考が手に取るように感じられるんだよね…

なんか岡江クン、ちょっとヤバい人になってきちゃった。

こういうの電波系って言うんだっけ?

春木さんも、そう思わない?

う、うむ…

しかし実に興味深い…

岡江君、話を続けてくれないか?

はい。

では、まず「大きさ」から…

「直径58センチ」というのは「直径58µm」のこと。

58µm?

ヒトの精子の直径だよ。

ええ!?そうなの!?

でも、たまたまじゃないの?

たまたまではない。

「µ」とはギリシャ文字の「ミュー(Μ, μ)」だからね。

ギリシャ文字のミュー?

それって、まさか…

同じ名前の登場人物がいるよね。

うん。すみれがレズっちゃう年上の女性ミュウ…

ちなみにこの小説では「Μ, μ」だけでなく、他のギリシャ文字もキーワードになっている。

「Π, π パイ」は「おっぱい」…

「Ψ, ψ プシー」は「プッシー」…

「Κ, κ カッパ」は「キュウリ」と「全裸で泳ぐ人」…

「Ϻ, ϻ サン」は「太陽と息子」…

「Η, η イータ」と「Θ, θ シータ」で「いたした」…

「Λ, λ ラムダ」は「コンパス」…

「Σ, σς シグマ」は「ホッチキス」…

You're King of Kings

え?

なんでもない。続けてくれ。

あ、はい…

やっぱり今回は、いつもに増して大変なことになりそう。

あたし、そんな予感がする。

次に1号の「地球を96分12秒で一周した」という記述。

これは「子宮を96時間で一周した」に置き換えられるよね。

ヒトの精子は、空気中では数時間で死滅してしまうんだけど、排卵期の子宮内では数日間の生存が可能。

96時間とは4日間だから、ぴったりだ。

なにこれ…

そして1号と2号の発射された日付…

1号は「10月4日」で、2号は1号の発射から「29日目」の「11月3日」だ。

つまり1号と2号の発射の間には「28日間」という日数があけられているんだよ…

それって…

生理の周期じゃん…

そういうこと。

やだ… なんだか無性に喉が渇いてきちゃった…

もしかして店の中、暑い?

いや、ちょうどいいけど。

じゃあ、あたしだけ? おかしいな…

キンキンに冷えたビールでも飲もうかしら…

いいですねえ。私にもキンキンに冷えた麦酒をください。

うん…

はい、どうぞ。春木さん…

おお… まさにキンキンですね…

それではチンチン。

チンチン…

ゴクゴクゴク…

神宮球場で飲むビールもいいですけど、ここで飲むビールも最高です。

あー、おいしい。生き返ったわ。

「サマリアの女」じゃないけど、まさに命の水って感じ。

じゃあ続けるよ。

スプートニク2号の説明では「ライカ」という犬が乗っていたこと、そしてライカは回収されずそのまま死滅したことが簡潔に記述されている。

もうわかるよね?

「ライ麦」の「ライ」か…

そして精子は受精できずに死滅…

ライラライラライラライラライ♫

もう春木さん!

人が真面目な話してるのにアリスとか歌わないでくれる?

鼻にセロテープした清水アキラを思い出して笑っちゃうじゃないの!

わりーね、わりーね、わりーね・でーとりっひ。

・・・・・

春木さんはね、いちいちギャグが古過ぎるの。

ほっといて話すすめましょ。いよいよ本文、チャプター1ね。

いや、まだだ。

へ? もうスプートニク紹介文は終わったじゃん。

まだ残ってるでしょ?

最後の(「クロニック世界全史」講談社より)の部分が。

そんなのどうでもよくない?

よくなくなくなくなくなくない。

ほら、春木さん聞いた?

こういうふうに若い人にも刺さるギャグを使わなきゃ。

メモっといたほうがいいわよ。

わかった。コピる。

なぜ数ある百科事典の中から村上春樹は「クロニック世界全史」を選んだのか?

ここにも重要な意味が隠されている。

ちなみにそれってホントにある本なの?

もちろん。

村上春樹はドイツ語の「クロニック」が欲しかったんだよ。

ドイツ語? 英語じゃないの?

ドイツ語の「Chronik」は「年代記・編年史」という意味。

え~?

あたし英語で聞いたことあるわ、クロニックって言葉。

英語でも同じ「クロニック」という単語はある。

だけど綴りが微妙に違って「chronic」なんだよね。

ほら、やっぱり。カタカナ表記なら一緒じゃん。

でも使われ方が全然違う。

英語の「chronic」は「慢性的な疾患・持病・中毒性の高い大麻」という意味なんだ…

ええーーーーっ!?

そして「慢性的な疾患・持病・中毒性の高い大麻」は『THE CATCHER IN THE RYE』の主人公ホールデンを想起させる。

村上春樹は、そのために「クロニック世界全史」を選んだというわけ。

さすがだよね。

マジで!?そんなことってありえるの?

春木さん、信じられる?

目に見えるものが、ほんとうのものとは限らない…

目に見えないところにこそ、真実は…

そして「講談社」であることにも深い意味が隠されている。

は?

単純に『スプートニクの恋人』と同じ講談社だからじゃないの?

いきなり冒頭から他の出版社の名前を出すのはマズいでしょ。

村上春樹ほどの大作家が、そんな小さなこと気にすると思う?

競合みたいな「オトナの事情」なんかより「作品の完成度」のほうが優先に決まってる。

結論から言うと、出版社の名前は「白水社」以外だったら何でもよかったんだ。

白水社以外なら何でもいい?

うん。

言ってることがよくわからないわ…

どの出版社でもいいけど、白水社だけはダメってことなの?

どうして?

サリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE』の日本語翻訳版を出せるのは「白水社」だけなんだ。

サリンジャーの他の作品はそうじゃないのに、なぜか「ライ麦畑」だけは独占契約を結んでいるんだよね。

僕が思うに村上春樹は、当初『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を講談社から出そうと考えていたはずだ。

白水社には有名な野崎孝による版があるからね。

だけど独占契約のことを知り、それが叶わなかった。

だから代わりに『スプートニクの恋人』を書いたんだよ、村上春樹は。

愛しの「ライ麦畑」のことを想いながら…

・・・・・

でも村上春樹は、のちに白水社から『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を出すんでしょ?

そうだね。強い制約のもとに。

強い制約?

サリンジャーは余計な注釈とか解釈の一切を禁じていたんだ。

英語なら読み込めば真意がわかるけど、それを注釈や別の表現なしで日本語にするのは不可能だろう。

だから村上春樹は思ったように翻訳できなかった。

はっきり言ってしまうと、野崎孝版の文章を「ハルキ語」に書き換えただけなんだよ。

そうなの?

だから『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だけ読んでも意味はない。

本当に書きたかったことは『スプートニクの恋人』にかかれている。

この二冊をセットで理解しないと、村上春樹版『THE CATCHER IN THE RYE』は見えてこないんだ。

そういえば『スプートニクの恋人』って、村上春樹ファンの間でも微妙な評価なのよね…

なんであのタイミングで、あの内容なんだろう?って…

そして『キャッチャー・イン・ザ・ライ』もそう…

やる必要あった?みたいな…

別個の作品だと思うから、そうなるんだよ。

この二冊は表裏一体なんだ。

・・・・・

春木さん、どうしたの?

拳なんか突き上げて…

ギ、ギ、ギター…

え?

ギターをよこせ! もう我慢ができん!

私に歌わせろーー!

へ!?は、はいっ!

ど、ど、どうぞ…

ハァ…ハァ…

ハァ…ハァ…





つづく




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