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【目印を見つけるノート】669. シンプルな言葉ほど多様に受け取れます

きのうは久しぶりにつぶやいてみました。
幼児も知っているようなシンプルなことばほど、解釈が多様なものはないように思います。
詩にはそのような言葉が似合うと思います。
また、そのような言葉で表現する練習をすれば素敵な表現者が増える気がします。

今日の日中はそれほど寒くなくてよかったです☀️

きのうは朝のお散歩(通勤前の)中いつも立ち寄る神社で、運良く神社の方に出くわしたので、素朴な質問をしてみました。すると、出るわ出るわです。知らない歴史の話。10分ほどのインタビューになってしまって、あわや遅刻😱しそうになりました🏃💦間に合ったのでいいのですが、寒いのに申し訳ないことをしました🙇‍♀️💦💦

えーと、ネットでちょこちょこ出ていた話とは全然違いました。
全然違うってばよ😵(NARUTO風)

『百聞は一見にしかず』という諺があります。百の話を聞くより、じかに見るほうが確かだよということですね。それを改めて思いました。

今のように同種の情報を無限ループでシェアしている時節ならば、なおさらです。それが正しいかどうか、じかに見たり聞いたり会ったりするのは、これまで以上にとても大切なことではないかなと思います。
距離は保たなければいけませんが😓

この前、新田義興公を祀る新田神社と妻の少将局ゆかりといわれる女塚神社にお礼のお参りに行ってきました。書かせていただいたお礼です(書くと決めて以降いくどか伺いました)。
新田神社に虎の絵がありました。

女塚神社のご神木です。

曇天でしたが着いたらお日さまも見えて、「ああ怒られなかった」と安堵しました。参拝中宮司さんのお姿がずっと私の視界におられましたが、当時(14世紀後半)の宮司さんにもご登場いただいたのでした。

本当にありがとうございます。

なぜ怒られないかとちょっと心配したかというと……凄まじい最期だったのです。
お知らせすることに関しては、義興公も怒らないと思いますので、その話を置いておきます。

なぜ『鵺』(ぬえ、世阿弥作の能の一)を出したかというと、
「うつほ」という、たったひとつの言葉が共鳴したからです。どうでしょう、世阿弥さま。
いちど『鵺』は拝見しましたが、面が最強クラスの怖さでした。

新しいことに取りかかったところで新月、気持ちも少し新たになるようです。また満月に向けて精進の日々です。満月で満ちているといいですね。

さて、今日はまたブルースです。
Eddy Clearwater『Cool Blues Walk』

Eddyだったと思うのですが。

Bluesって私にとってはいい距離感です。Coolでもあるし、Hotでもあります。新しくはないけれど古くも感じない。いつでも安心できるフィーリング(空気というのかな)があって、わっかに入れる感じがします。
ちょっと、説明するのが難しいのですけれど、単純に好きです。

それでは、お読みくださってありがとうございます。

尾方佐羽

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