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『心理療法という謎:心が治るとはどういうことか』 山竹伸二 著

■はじめに

本書は、心理学・哲学の分野で著述家・評論家として活動する、山竹伸二氏の著作です。

乱立する心理療法を大きく4系統に分類し、その誕生の歴史から特徴を俯瞰して説明し、人間の心が成長する過程、心を病む理由、心理療法のあるべき姿まで指し示した名著です。一般人だけでなく、カウンセリングを職業とする人間に対しても、参考になる本です。


本書は、書かれている文章自体は比較的平易なので、専門知識がない一般人でも読書可能です。ただし、情報量が多すぎる上に、同様の事を幾度も繰り返し、少しずつ違う観点を追加しながら記述している為、読み込むのに苦労します。

以降の本書メモを参照しながら読み進めるなり、ご自身で要約メモを書きながら読書する事を、おすすめします。


<参考>本書の図解メモ
著者が示す、人間の主体成長過程です。マズローの欲求五段階説をよりシンプル化しており、こちらの方が分かり易いです。大抵の大人は、理性の主体(自由の主体)にまでは到達できません。

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■読書メモ1.心の治療とは何か?

・心理療法の理論仮説は、主観が大きく関わる為、科学的に実証する事は出来ない。治った理由を説明する事も出来ない。

・どの心理療法もそれなりに効果があるが、認知行動療法は治療結果データで、短期間のうちに示せる為、保険治療と相性が良い。精神分析や来談者中心療法は、人生全体に関わる人格的な変容を含み、数年がかりになり、治療効果を明示的に示すことが難しい。

・あらゆる心理療法における効果の核心には、共通して「意味の変容」がある。客観的事実を明らかにし、歪んだ自己理解を修正し、自らの体験の意味を変える事で好転する。患者にとっての、世界の意味づけが変更される。患者が無意識の解釈を納得し、受け容れる事で治る。ただし、意味の変容が、なぜ治癒に効果をもたらすかは、未だに分かっていない。各種の心理療法は、無意識を重視しているが、無意識というものを上手く説明できていない。

・無意識は、複数あり得る。抑圧されていた欲望や不安に気付くだけではなく、当為(〇〇せねばならない意識)の分析も必要である。多くの心理療法は、欲望にばかり目を向けており、欲望を抑圧する無意識(当為)に目を向けているものが少ない。

・患者が無意識を自覚すれば、症状が消えてしまうことは、フロイト時代には既に分かっていた。しかし、そのイメージが浮かび上がりそうになると、患者は抵抗する。抑圧された内容だけが無意識なのではなく、抑圧する方の自我も無意識的なのである。精神分析療法では、「抑圧された欲望や不安を意識化する」だけでなく、「抑圧しようとする無意識(抵抗)の働きを意識化する」ことが非常に重要。抑圧を引き起こしている自我の抵抗のルールを分析しなければ、解決に至らない。

・EFT(感情焦点化療法)によると、必要なのは単に感情を理解することではなく、その感情を再体験し、感じる事である。否認されてきた感情を感じる事が出来れば、過去の対人関係の体験から受けた傷が癒され、統制感を得られる。幼少時のトラウマや誤った学習によって、否認され感じられなくなった感情に気付き、変容させる。

・心理療法により考え方の癖を修正しても、社会に過剰適応して自己感情を抑圧してしまい、自己不全感が強くなる弊害リスクがある。逆に、本音で振舞い過ぎるようになっても、周囲との軋轢が大きくなり、社会不適応を引き起こす。この観点について、注意を払っている心理療法理論は少ない。自己像に安定性など不要で、他者関係性の中で変容していく事が正しいとする心理療法も存在する。しかし、一般性のある安定自己像を築けなければ、不安定な自己像による不安が続くのではないか。


■読書メモ2.心理療法の種類、特徴

・代表的な心理療法は、以下の4潮流がある。認知行動療法は、思考の偏りを自覚して修正したり、問題のある行動や身体反応をしないように繰り返し練習する事で、問題の解決を図る。認知構造を変えるのではなく、それを機能させないように訓練する。比較的科学的であり、治療効果も統計データで示せる為、精神科医・臨床心理士の間で人気が高い。マニュアル化されたやり方がある為、心理臨床家の資質に依らず使い易い。

①深層心理学的な心理療法
精神分析を中心とする。ユング派、アドラー派、対象関係論、自己心理学、ラカン派など。

②実証科学的な心理療法
行動療法を中心とする。認知療法、認知行動療法など。

③実存主義的な心理療法
来談者中心療法を中心とする。フォーカシング、EFT(感情焦点化療法)など。

④構成主義的な心理療法
関係論を中心とする。家族療法や、ナラティヴ・セラピーなど。


■読書メモ3.人の成長過程

・赤ちゃんは無条件で母親に愛され、受け容れられている(親和的承認)。動けるようになると、母親のダメが増えて、ルールを守って母親要求に応えれば褒められるが、無視すれば怒られる(集団的承認)。無条件承認の喪失感から自己価値が揺らいでも、集団的承認されることで、再び自己価値に確信を持てる。

①親和的承認
特別行為を必要とせず、ただ存在するだけで良いと感じられるような承認。②集団的承認
学校や職場など、集団の価値観に合致した行為を称賛されるような「価値ある行為」への承認。

・人は、感情の主体から、欲望の主体を経て、理性の主体になったとき、本当の意味で自由に生きる事が出来る。ただし、そんな大人は少ない。自己存在価値に不安があり、自己判断軸も持たない為、周囲の人間関係に恵まれて適度な承認を維持されないと不安定化し易い。

・感情の主体
自分自身の感情に気付き、その感情を持っていると自覚(自己了解)する事。感情表現を周囲に理解してもらえると、自由の感触を得る。ただし、これは親和的承認による消極的自由であり、自分にとって価値ある〇〇をしたいという積極的自由ではない。子供が「感情の主体」になる為には、母親がその感情を受け止め、共感し、その感情の意味を投げ返す、といった対応が繰り返されねばならない。人は「感情の主体」として自らの感情を了解できる時にのみ、欲望を自覚できる。

・欲望の主体
行為に価値を感じ、それを出来る自分にも価値を感じて嬉しく、その行為をもっとしたいという意志・動機を持つこと。ある行為をする事に自由を感じる場合、その行為をしたいという欲望と、その行為を出来る状態が必要になる。それが出来ると、自身の感動や、親の承認による喜びがあり、価値を感じる。自分の「したい」を自覚できなければ、欲望を自覚できず、周囲に振り回され易い。親が子供のできることをほめたり、したいことを認め、促すことがなければ、積極的にしたいとは思わず、欲望は拡がらない。親の承認ばかりを気にして、他人の言動に左右されるので、欲望の主体になれない。歪んだ自己ルールが形成され、自由を感じる事が出来ない。

・理性の主体
自分が納得できる思考、判断できる主体になるという事を意味する。親和承認・集団承認に執着せず、自分自身の公平な目で価値を測り、納得いく判断を選択出来る為、自由に行動しているという実感が得られる。ある価値を強く信じ、その価値そのものを求める人間は、他者承認に執着する理由が無い。理性の主体になる為には、壁にぶつかった時に自己と向き合い、自らの承認不安・承認欲望を自覚し、多様な価値判断を公平に考えようとする努力を続け、一般的他者視点を身につけることが必要。一般的他者の承認を確信できれば、親和的承認や、狭い世界の集団的承認の欠如を補い、その不安を軽減できる。

・自己ルール
他者の承認を得る為の行動規範。これがなければ、承認不安を抑制する事が出来ず、周囲の人々の言動に左右され、心の休まる時が無い。自己ルールが不適切な場合は、逆に深刻な苦悩をもたらす。


■読書メモ4.心の病はなぜ生じるのか

・人は不安を感じると、自己ルールに基づいて、危機的状況からの回避行動を起こす。自己ルールは、幼少期の親子関係の影響を受けやすい為、親の対応・価値観等が偏っていると、自己ルールの歪みが大きくなる。不安が大きすぎると、不適切な不安回避行動ばかりを選択し、それがパターン化され、したい事も分からなくなる。

・ある価値観を強く信じている人や、価値の一般性を判断する力がある人は、自分の価値観を判断する基準が自分の中にある為、他者の承認にさほど左右されない。ただし、強い不安を感じる場合は、やはり他者承認を求める。適度な不安は、リスクを回避し、悩んだ末に決めたという自由の意識に繋がる。

・イヤイヤ期の親和的承認が不十分だと、幼児は強い承認不安から甘えを断念し、価値ある行為への承認ばかりを期待するようになる。親が褒めずに批判・制止一辺倒や、感情的で一貫性が無いと、自己ルールが作れず、自信を持てず、極度に自己評価が低くなる。出来る行為と良い行為だけが、親に認められる唯一の手段となる為、表面的にいい子として振舞う。その為、「できる」から「したい」という欲望の主体は形成されず、「できなければならない」という不安だけが大きくなる。
成長すると、親和的承認の実感が乏しい為、価値ある行為をして、皆に認めて欲しいという承認への欲望が強くなる。他人に対して過剰に尽くすことで、無いと感じる自己価値を維持しようとする。幼少時の親に対する強い承認不安が、成人後の他人に対する承認不安となり、過度な勤勉性と対人配慮の自己ルールになる。やがて、何かの壁にぶつかると、過労と気疲れで心の病になる。
※できる行為への褒めがあれば、母親のダメ!(親和的承認への不安)に耐えられる。甘えさせ過ぎても、衝動で動いて、自由の感覚がない人間に育つ。

・幼少期の親子関係を中心に、人間関係における強い承認不安は、その防衛反応として誤った思考と行動を生み、不合理で歪んだ自己ルールを形成する。そこから、不安の増幅と問題行動、人間関係の齟齬という悪循環が生まれて来る。心の病とは、「不安への防衛反応」であり、そこから自己ルールの歪みが生まれ、欲望や感情を自覚できなくなる。心の病とは、「感情の主体」「欲望の主体」「理性の主体」の形成が上手くいっておらず、「自由の主体」を喪失している状態である。

・承認危険の不安
周囲からの批判、軽蔑、理想と現実とのGAPに悩み、自身が存在価値なしと感じること。その為、他者承認が重要性を増し、承認不安が強くなる


■読書メモ5.心理療法の、目指す方向性

・心理療法は、自己ルールの歪みに気付き修正し、埋もれていた「本当」の自己感情と欲望を、治療者とともに見出す作業が必要になる。その際、頭だけで自己感情や自己像の歪みを理解するのではなく、幼児期の母親同様に、治療者の承認が重要となる。欲望の拡大を妨げている誤った自己ルールは、大抵は幼少期の親起因で作られていることに、気づく必要がある。
更に、欲望を実現する為には、親や周囲の人々に叱られるという承認不安の払拭が課題になる。治療者が承認するだけでなく、治療者や親しい人々が都度協力し、第三者として「一般的他者の視点」を提供し続けて、自分自身で吟味し、納得のいく判断をする事が出来る「理性の主体」になる必要がある。一般的に、患者は「一般的他者の視点」の視点が弱いので、治療者の助言が必要になる。

・自己了解の力を身につけ、自らの欲望を自覚できるようになれば、欲望と当為の葛藤が見えて来る。それを「一般的他者の視点」から吟味し、納得いく判断が下せるようになった時、自己不全感・承認不安・葛藤による苦悩は解消される。このとき、患者は自由の主体になるのである。

・「自己了解」「他者の承認」「自己ルールの修正」「一般的他者の視点」といったことが、「自由の主体」の形成に欠かせない。心の病を治療する心理療法には、これらが必要になる可能性が高い。


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