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読んだ本

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自分が読んだ本についての、感想、コメント、連想を、気ままに書いています。
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2021年2月の記事一覧

#66:バーバラ・H. ローゼンワイン/リッカルド・クリスティアーニ著『感情史とは何か』

 バーバラ・H. ローゼンワイン/リッカルド・クリスティアーニ著『感情史とは何か』(岩波書店, 2021年)を読んだ。書店の店頭で見かけて、書名そのままだが(笑)、「感情史って何だ?」と興味を惹かれて購入。  感情がテーマというと、心理学、脳科学、あるいは社会学あたりが主なフィールドになると思われるが、本書は「史」とついているだけあって、歴史学のフィールドでの「感情」の研究を外観したもの。「歴史学で『感情』?」と、はじめは意外にも思ったが、他の研究領域との間を横断する学際的

#65:北村隆人著『共感と精神分析 心理歴史学的研究』

 北村隆人著『共感と精神分析 心理歴史学的研究』(みすず書房, 2021年)を読んだ。あとがきによれば、本書は、著者の博士論文を改稿し、加筆したものとのことである。精神分析の実践における「共感」の位置づけを、歴史的に重要な精神分析家たちを取り上げて、歴史的に跡づけた労作である。  400ページを超える大部な本であるが、全体に記述は平易かつ明解で読み易い(その分、論述の詳細さと解像度はいくらか犠牲にされているかもしれない)。精神分析的な臨床実践に関わっている人、関心のある人に

#64:出版意図がわからない本

 はじめにお断りしておきますが、愚痴です。  ある本を読んだ(著者名も書名も伏せます)。興味を惹かれるタイトルであり、専門書には定評のある(そしておそらく信用と「ブランド力」のある)出版社の本。著者は、私はまだ読んだことがないが、著者紹介によれば社会的に立派なポストに就いている人。  確かにタイトルと中身は一致していないとは言えない。著者が労力をかけて書いたことは想像に難くない。しかし、これは自分が調べたこと(確かに丹念に調べて掘り出された貴重な情報が含まれているのだろう

#63:森茂起著『フェレンツィの時代 精神分析を駆け抜けた生涯』

 森茂起著『フェレンツィの時代 精神分析を駆け抜けた生涯』(人文書院, 2018年)を読んだ。著者の本は、以前、『トラウマの発見』(講談社選書メチエ, 2005年)を読んだことがあるくらい。  フェレンツィに対する関心は昔からあったのだが、これまでまとまった形で文献を読む機会をなかなか作ることができずにきた。今回本書を読むことで、ぼんやりとしたものでしかなかった私の中のフェレンツィのイメージが、かなりくっきりとしたものになった。その他にも、勉強不足で知らなかった歴史的事実を

#62:夏目漱石著『社会と自分 漱石自選講演集』

 夏目漱石著『社会と自分 漱石自選講演集』(ちくま学芸文庫, 2014年)を読んだ。森有正氏の『思索と経験をめぐって』を読んでいる途中から、次にはこれを読みたいなと思って、積読状態だった本書を引っ張り出した。  「現代日本の開化」や「私の個人主義」は、過去に何らかの形で読んでいるはずなのだが、内容はほとんど記憶に残っておらず、ほぼ初読の感覚で非常に興味深く読むことができた。とりわけ、「現代日本の開化」は100年以上前の講演であるにも関わらず、漱石が語っていることは、現在にお

#61:森有正著『思索と経験をめぐって』

 森有正著『思索と経験をめぐって』(講談社学術文庫, 1976年)を読んだ。手元にあった本書は1991年発行の第22刷。おそらく初読だと思うけれど、そう思っていたらそうでなかった例が最近あったばかりなので(笑)、そうではないかもしれない。私がこれまでに読んだと記憶している著者の本は、『生きることと考えること』(講談社現代新書, 1970年)と『いかに生きるか』(講談社現代新書, 1976年)の2冊くらいで、読んだのはいずれも前世紀になる。  読み始めてすぐに出てくるのが、「

#60:丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班著『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ』

 丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班著『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ』(NHK出版新書, 2020年)を読んだ。ちょうど1年ほど前に放映された、この本の元になった5回にわたる番組も放映時に視聴した。  本書にまとめられている彼(マルクス・ガブリエル)の主張はいずれもわかりやすく、また挑発的でもある。本書で彼が述べていることを私なりに(かなり大雑把に)要約すれば、社会というシステムの本質は「調整」することにあり、「SNS」はそれに対して破壊的に作用する

#59:小森収編『短編ミステリの二百年 2』

 小森収編『短編ミステリの二百年 2』(創元推理文庫, 2020年)を読んだ。私は読み始めの頃からミステリはほぼ長編しか読まないという偏りぶりで(お気に入りの作家の短編は例外)、短編を心から楽しんで読むようになったのは40代に入った頃からではないかと思う。なので、こうしたアンソロジーの収録作の大半は未読の作品であり、個々の作品に対する好き嫌いや質の評価とは関わりなく、読むのが楽しくて仕方がない。実際、本書に収録されている11作品は、すべて未読であった。  本書の中で私が好む

#58:平井正三著『意識性の臨床科学としての精神分析』

 平井正三著『 意識性の臨床科学としての精神分析 ポスト・クライン派の視座』(金剛出版, 2020年)を読んだ。著者はわが国を代表するクライン派の精神分析家の一人。著者の著書としては、かつて『子どもの精神分析的心理療法の経験 タビストック・クリニックの訓練』(金剛出版, 2009年)と『精神分析的心理療法と象徴化 コンテインメントをめぐる臨床思考』(岩崎学術出版社, 2011年)を読んだことがある。それらの本を通じて私が得た著者の考えについての印象と、本書から受ける印象は大き

#57:信原幸弘編『心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い』

 信原幸弘編『心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い』(新曜社, 2017年)を読んだ。本書は、新曜社の「ワードマップ」シリーズの一冊であり、「第1部 心身問題」「第2部 志向性・意識・自我」「第3部 心の科学と哲学」の3部に分かれており、全部で53の項目あるいはテーマについて、それぞれ4〜8ページで概説されている。この領域における、最近の主要な問題や論点を大掴みに知ることができる点で、役に立つ本であると言えるだろう。  個人的には、第3部に興味を惹かれる内容が多かっ

#56:滝浦静雄著『「自分」と「他人」をどうみるか 新しい哲学入門』

 滝浦静雄著『「自分」と「他人」をどうみるか 新しい哲学入門』(NHKブックス, 1990年)を読んだ。これも書棚から引っ張り出した本で、てっきり未読だと思っていたが、本のほとんど最後の方に一箇所だけ赤ペンで傍線が引いてあり、どうやら読んだことがあるようだ。全く記憶にないけれど(笑)  本書の内容は、前半がもっぱら自我(自分)の問題を、後半が他我(他人)の問題を、哲学の観点から扱うものである。私たちの日常生活の経験にとってはあまりにも自明のことが、哲学の問題として取り組まれ

#55:学術書の翻訳の難しさについて

 はじめにお断りしておきますが、愚痴です。  先週から、数年前に日本語訳が出版された、とある学術専門書を読み始めていたのだが、読み続けることを途中で断念した。理由は、訳文の質である。  訳者は二人で、「共訳」となっている。訳者のお一人は、この専門分野では著名な方である。前書きには、一行ごとに原文と訳文を突き合わせて検討した・・・旨が書かれている。しかし、残念ながら、原文直訳体(?)で作業に取り組まれたのか、私見では、翻訳としての基本的な不手際があまりにも多く、文脈が行方不

#54:丸山圭三郎著『言葉とは何か』

 丸山圭三郎著『言葉とは何か』(ちくま学芸文庫, 2008年)を読んだ。解説によれば、本書は元々1982年に日本放送出版協会から出版された本の一部を、1994年に夏目書房から刊行したものとのこと。  丸山圭三郎の著作を読むのはほぼ30年ぶり。私が大学に入学した当時は、浅田彰氏の『構造と力』が難解な専門書としては異例の売れ行きを見せて注目を集めて、いわゆる「ニューアカ」ブームが始まって少し経った頃。高校生当時には接する機会のなかった「現代思想」についての知識を急いで仕入れなけ

#53:加藤周一著『読書術』

 加藤周一著『読書術』(岩波現代文庫, 2000年)を読んだ。原著は光文社から1962年にカッパブックスの一冊として出版されたものとのこと。1993年に岩波書店の同時代ライブラリーの一冊として再刊されるのを機に書き足された「あとがき、または30年後」によれば、元の原稿は1960年に口述筆記に手を入れる形で作成されたものとのことなので、約60年前の本ということになる。  内容の一部に時間の経過とともに古びてしまったところはいくつかあることは否めないが、基本的には現在でも十分に