#60:丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班著『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ』


 丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班著『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ』(NHK出版新書, 2020年)を読んだ。ちょうど1年ほど前に放映された、この本の元になった5回にわたる番組も放映時に視聴した。

 本書にまとめられている彼(マルクス・ガブリエル)の主張はいずれもわかりやすく、また挑発的でもある。本書で彼が述べていることを私なりに(かなり大雑把に)要約すれば、社会というシステムの本質は「調整」することにあり、「SNS」はそれに対して破壊的に作用すること、「AI技術」は「知性」からは程遠く無批判に活用することは極めて危険であること、「新自由主義」が加速する環境破壊は今すぐ止めねばならずそのためには私たちに「倫理的判断力」が要請されること、といったところだろうか。

 彼は本気で哲学の力で現在の社会のあり方を変えていこうとしていることが、本書からはよく伝わってくる。例えば、次のような発言。

現在人類に起きていることは、プロパガンダによって、あるいは教会によって、国民国家によって、独裁者によって、そしてテクノロジー産業によって作り出された人間に関する誤ったイメージとの精神的闘いです。反撃する必要があり、それは私たちの思考感覚を訓練する必要があることを意味しています。(p.141)

 そしてまた、次のような発言も。

 社会的、政治的改革のツールとして哲学を用いることの可能性と必要性を、私自身よりよく理解できるようになったのは、 哲学研究者としての役割を正しく理解できはじめたときでした。私の給与も税金で支払われており、国家のさまざまな制度の一部になっていること、そして、良い社会システムにおける哲学の役割は、私たちがいかにしてより良い条件下で生きていくべきか、理論に基づいた処方箋を正確に提示することにあるということを、です。遅かれ早かれ、 人生に対する責任と倫理的な要求を感じるようになるのです。外部からだけではなく、自覚するようになるのです。(p.142)

 上の発言の、「哲学」を「心理療法」に置き換えると、私の立場に重なる部分が大きいと感じる。その意気や良し!と言いたいところである(笑) ただし、彼が「ガイスト」の理念を持ち出したり、英米の経験論をかなり低く評価して、ドイツ観念論の系譜を重じて見せる姿勢には、必ずしも同意できないところではある。

 本書のⅣ章は斎藤幸平氏との対談で構成されているが、斎藤氏がガブリエルと対等に渡り合っているどころか、時には押し気味にツッコミを入れているところなど、なかなか頼もしい(笑)

 今のような社会状況だからこそ、こうした若い世代の考えに耳を傾けたいし、そうした考えとの対話を育みたいと願うものである。