#53:加藤周一著『読書術』

 加藤周一著『読書術』(岩波現代文庫, 2000年)を読んだ。原著は光文社から1962年にカッパブックスの一冊として出版されたものとのこと。1993年に岩波書店の同時代ライブラリーの一冊として再刊されるのを機に書き足された「あとがき、または30年後」によれば、元の原稿は1960年に口述筆記に手を入れる形で作成されたものとのことなので、約60年前の本ということになる。

 内容の一部に時間の経過とともに古びてしまったところはいくつかあることは否めないが、基本的には現在でも十分に通用する、あるいは60年前とは比較にならないほど大量の出版物やネット上の情報に接する機会のある現在こそ改めて読む価値のある内容だと感じた。

 著者の基本的姿勢は、本書の中で何度も出てくる表現である、「急がば回れ」という言葉で要約されるだろう。ゆっくり時間をかけて読む本と、急いで情報を仕入れる本とを区別すること、基本的な言葉や概念の理解を曖昧なままにせずにはじめに労力をかけて自分なりに明瞭に掴めるように努めること、そうして言葉や概念を身につけていく上で経験と照合を繰り返しながらその理解を深めていくこと、等々、大切にすべきことがわかりやすく、飄々と書かれている。元々は高校生を主な読者と想定して作られた本ということだが、現在なら大学に入学した直後くらいの時期に一度本書を読んでみるのが適切なタイミングかもしれない。特に最後の章の「むずかしい本を読む『読破術』」は、向学心に燃える若い読者にとって、良いアドバイスになる内容であると思われる。

 思えば、私も大学に入学した当初は、梅棹忠夫や立花隆といった人たちの”知的生産術”の類の本をまず読んだものだった。それが自分の役に立つかどうかには個人差があると思うが、若いうちに一度はこうした定評のある(あった)本を読んでおくことは、決して損にはならないと思う。