#62:夏目漱石著『社会と自分 漱石自選講演集』

 夏目漱石著『社会と自分 漱石自選講演集』(ちくま学芸文庫, 2014年)を読んだ。森有正氏の『思索と経験をめぐって』を読んでいる途中から、次にはこれを読みたいなと思って、積読状態だった本書を引っ張り出した。

 「現代日本の開化」や「私の個人主義」は、過去に何らかの形で読んでいるはずなのだが、内容はほとんど記憶に残っておらず、ほぼ初読の感覚で非常に興味深く読むことができた。とりわけ、「現代日本の開化」は100年以上前の講演であるにも関わらず、漱石が語っていることは、現在においてもリアリティを失っていない部分が多々あることに驚かされる。

 本書を読んで、私にとって意外な掘り出し物だったのは、「文芸の哲学的基礎」。講演を締め括る、次の一説には痺れた。

 一般の世が自分が実世界における発展を妨げる時、自分の理想は技巧を通じて文芸上の作物としてあらわるるほかに路がないのであります。そうして百人に一人でも千人に一人でも、この作物に対してある程度以上に意識の連続において一致するならば、一歩進んで全然その作物の奥より閃き出ずる真と善と美と壮に合して、 未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影響するがゆえに、永久の生命を人類内面の歴史中に得て、ここに自己の使命を完うしたるものであります。(pp.324-325)

 本書の前に読んだ森氏の著書もそうだが、本書もまた、折に触れて読み返したいと思う。