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カルフォニ村
2023年6月18日 16:32
それを怪談と呼ぶには、納得がいかない。納得できる怪談というのもおかしな話だが、基本、怪談というものは人を怖がらせるために存在しているのだと思う。何度も語られ、そのたびに構成が練られ、効果的な描写があり、聞いた後に寒気がするような、そんな怪談が優れた怪談だと思う。 そういう意味で、この怪談は失敗作と言わざるをえない。 N市を走る環状線の一つの駅、S町駅のホームで、二人の男が追いかけっこしてい
2023年6月20日 22:00
昭和三十八年生まれ。H県奥山市の猿ヶ瀬に暮らし、幼少期からゴルフをはじめる。自称プロゴルファーと名乗り、ミスターXが送りこんでくる刺客を賭けゴルフで打ち負かしていく。 藤子不二雄A氏の漫画。プロゴルファー猿の主人公、猿谷猿丸の話だ。 シン・プロゴルファー猿とSNSで名乗っていた望月倫太郎さんはそれとは違い、一般的な人間——一般的な人間なんて定義はないわけだが、少なくとも、賭けゴルフはしていな
2023年6月21日 21:35
望月家の玄関先で、私は嘘をついていた。見ず知らずの男が突然押しかけて、息子さんが殺された事件のことを知りたいと言ったところで、快く応じてくれる可能性はかなり低い。それで「生前、倫太郎くんとお会いしたことがありまして。最近になってご不幸があったことを知りまして、できればお仏壇に」と話したのだった。「倫太郎とは、どちらで?」と志穂さんがたずねてくる。 当然だ。私と倫太郎さんとでは、二十歳以上も歳
2023年6月28日 21:57
「何年かに一人、死人が出るんです」と秋元裕子さんは言う。「というと?」「誤診なのか、手術に失敗したのか、本当に助からない病気だったのか、素人のあたしにはわかりませんけど、何年かに必ず、峰岸病院で死ぬんです」 病院で死人が出ることは当然のことなのかもしれない。人々の生死を取り扱う、それが病院であり、元気な人間は病院など行かないのだから、結果、病院に通う人のなかで死者が出る確率は高くなる。 し
2023年6月30日 20:47
目覚めると、頭が割れるように痛んだ。 また同じ夢だ。 黄魂山をおとずれてから、毎晩この夢を見る。何かを暗示しているようだが、そもそも浮遊する物体が何なのかがわからない。神なのか、悪霊なのか——どちらにせよ、よい兆しではないだろう。 黄魂山に行ったのは、もう一週間前の話だ。 結局、鳥居の先には何もなかった。鳥居の先も同様に苔むした石段が続き、少しずつ太陽の光が届くようになり、急に視界が開け
2023年7月1日 20:48
クッ、クッ、とくぐもった嘲笑が聞こえ、ようやく頭の芯から目覚める。 目を開けると、戸塚絢が歯ブラシをくわえたまま頬を大きく膨らませて(ちょっと待って、ちょっと待って)と手振りで私に伝えると、ユニットバスに駆けこんでいく。 口に含んだものを洗面に吐き出す。 それから堰を切ったような笑い声。「なんて顔してるんですか、おじさん!」 ホテルのタオルで唇を拭きながら、戸塚絢が言う。「白目むいて寝
2023年7月2日 20:52
目覚めると、戸塚絢がソファで膝を抱えて眠っている。 私の視線に気づいたのか、彼女は瞼をこすって、大きく背伸びした。「おはよう」と私は声をかける。「いてくれたのか」「それはそうでしょ」と戸塚絢があきれた顔で言う。「わたしがいなかったら、どうする気だったんですか?」「たしかに」と私はうなずく。 私の両手両足は、ベッドに縛りつけられている。戸塚絢がいなかったら、ホテル従業員に発見されるまで、
2023年7月3日 21:36
戸塚絢という生贄を拒否したが、私が知るかぎり何も起こらなかった。 N市で地震が起こったとか、電車の脱線事故があったとか、そういうこともない。新しい殺人事件もいまのところ起きていない。 訂正。 この世界上から殺人事件はなくならない。事実、N市でも殺人事件は発生している。痴情のもつれ、介護疲れ、悪質な交通事故——殺人事件が起きていないというのは、黄魂山との関連性がないという意味で、呪いや祟りが