見出し画像

作務衣の紐で気を引き締める


 作務衣さむえの上衣を、部屋着として愛用している。
 ……と言っても、かしこまった格好からは程遠い。蒸し暑くなり始めた今の時時であれば、合わせるのはTシャツと七分丈パンツ。肌寒さを感じる秋から春先までは、上下ともにスウェット(作務衣以外は全てユニクロ製)。襦袢じゅばん足袋たびも身に付けない「なんちゃって和装」だ。このような生活を、俺は十年ほど続けている。


麻やポリエステル等、作務衣の生地は様々だ。
俺が特に気に入っているのはこちらの「デニム作務衣」。ぼちぼち暑いのでクローゼット行き。


 作務衣は一種の作業着とはいえ、利便性が良いとは言い難い。食事の際はたもとがふわついて邪魔になる。夏場は襟元に首の汗が付きやすい。いっそTシャツやスウェットだけで過ごした方が、圧倒的にノンストレスな生活を送れるだろう。



 それでも俺が作務衣を愛用している理由は、二つある。
 まず、和装への憧れ。学生時代に浴衣とワンタッチ帯で過ごそうとした時期さえあったが、一週間も経たずに憧れを不便さが上回った。お手洗いの際の着脱が猛烈に面倒だったためだ。俺は悟った。和の雰囲気を身に纏うだけなら、作務衣が丁度良いと。
 そして、更に大切な理由がある。着ている作務衣の紐を締め直すと、同時に弛んだ気も引き締まる気がするからだ。この習慣は俺にとって、ささやかで大切なルーティーンとなっている。



 「気を引き締める」。言葉にするのは楽だが、簡単にできれば苦労はしない。また、気が引き締まった実感自体、そうそう湧き上がるものではない。「気を引き締める気すら起こらない」という、誠に面倒なジレンマも存在する。
 ならば、無理やり何かを引き締めてしまえば良い。物理的に。



 人間の集中力は長続きしない。読書や執筆など、目の前の物事から意識が逸れ始めた頃──気持ちが緩んだ頃には、不思議と作務衣の腰紐も緩んでいる。完全にほどけてしまい、裾がだらりと垂れ下がっている時すらある。だらしないこと極まりない。
 そんな時は落ち着いて、再び腰紐を締め直す。
 紐を結い、両手に力を込める。
 一瞬、ぎゅぅっ、と音がする。
 こうして引き締まって復活した結び目と共に、「何かに集中しなければ」という気構えが、俺の胸の中に蘇るのだ。単なる気のせいかもしれないが、気のせいでやる気が回復するなら、しめたものではないか。



 自宅で気を引き締めたいあなたへ。あるいは、日常にちょっとした気分転換スパイスを欲しているあなたへ。
 作務衣、お薦めです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?