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「まだ この言葉のない時代を生きてきた」

不登校

学習障がい
心のケア

最先端を生きてきたんだ

〜おしゃべり〜
「心という概念もなかった」と聞いた。
今や、心の傷は、脳の傷とか萎縮とかのせいみたいな研究も進んでる。
「心こそ大切なれ」と聞いた時には、傷ついていた。もちろん「心が傷つく」という言葉はなかった。
心がピカピカでない劣等感。
心を磨こうと心を映す鏡を必死で磨いた。
なんかここまでくると頑張り過ぎたかなぁ。そんな完璧な人間にならなくてもよかったかなと思う。
じゃあ、私の心の傷は、障がいなのだから頭をブラウン管テレビのように叩いても治らない。まあかなり長い間、叩いていたわけですが。
片脚ないのと同じで、片脚生えるように努力するのはおかしく。お付き合いなのである。
片脚ない方とお会いした。
片脚無くされる前、勝ち気な行動力がある方だとお話を聞いていた。
私にも会いたいと言って下さっていて、その方の体調のいいタイミングで、やっとお会いすると大変喜んで下さった。
娘さんが、私の中学時代お世話になった方です。
やはり勝ち気で誇り高い方でした。自分を下級には思っていない。もちろん、すぐ横にトイレがある。
しばらくすると亡くなられた。
旦那様は、お葬式で、泣き崩れてオイオイ泣き続けた。
脚を無くされてから20年は経っていただろう。その奥さんの存在がどれだけ大きかっただろうか。
その方が、人ひとりの大きな支えであった事は間違いない。
旦那様は、追ってすぐ亡くなられた。

ごめんなさい。詩に夢も憧れもありません。できる事をしよう。書き出すしかない。書き出す努力してる。結構苦しい。でも、一生書き出す覚悟はできた。最期までお付き合いいただけますか?