見出し画像

真冬のドンキホーテで汗だくになった私と、眠れるお腹タプタプの平子くん


あの瞬間は今でも忘れられない。

エンジンがかかった瞬間。
コンテストの本筋のテーマとは若干異なっていることはわかっている。
異なっているというか、むしろ直接的過ぎるかもしれない。
それでも私は、これを書きたい。
これは私の、比喩でもなんでもなく本当に「エンジンがかかった瞬間」の話である。


大学時代私は、親に内緒であることを粛々と計画していた。
それは「バイクに乗ること」である。
大学のキャンパスが家から遠かったのと、周りにバイク通学の人が多かったこと、そして私のミーハー心が爆発して「バイク、かっこいい!私もバイク通学したい!」と思ったのだ。

なぜ親には内緒だったかと言うと、我が家は保守的、というかなんというか、とにかく真面目な家庭で、田舎という環境も手伝ってか、イメージで「悪そう」と思われるようなことはダメ、という方針の家だった。

簡単に言うと、金髪にしたらヤンキー。タバコを吸ったら不良。バイクに乗ったら暴走族。タトゥーを入れたら反社会勢力。みたいな感じである。
"悪そうなやつは大体友達"なんて謳っている(歌っている)人がいたら迷うことなく避けて通るであろう。

いやいやそうじゃない人もいるでしょうと盛大にツッコミを入れたいところだが、理由も何もない完全なる先入観と勝手なイメージで「なんかよくなさそうだからやめなさい」というスタンスを崩さなかった両親にそれらのことを口にしたり、やりたいと言っても一向に理解は得られないことはわかっていた。
ので、悪い子の私は、そのうち「ダメそうなもの」はこっそり遂行するようになっていった。

もちろん法に触れるようなことはしていないが、それは価値観の違いでしょうというような彼らが思う「悪い」ことは、やってみたければどんどん挑戦した。
大学に入り、金髪になった私が夏休みに帰省した時に、げぇという心底呆れた顔をした両親と「あら〜どこの犬コロが混ざって来たのかと思ったよ〜」という何をどう言い表したかったかわからない祖母の私を見た時の第一声はなかなか衝撃的だった。


そんなわけで、アルバイトをしてお金を貯め、一番安かったという理由から山形の免許合宿に1人乗り込んだ私。
山形弁に苦労しながら学科や実技を学び、教官との間に巻き起こった恥ずかしい事件も今となってはいい思い出だ。


なんとか試験にも合格し、無事運転免許をゲットした私が初めて買ったバイクはこれ。

画像1


YAMAHAのビラーゴ。
ビラーゴは、クルーザー(アメリカン)タイプのバイクで「口やかましい女」「お転婆娘」という意味を持つ。
意味合い的にもまさに私にぴったりだと思ってビラーゴにしたわけではないのだが、身長も低く足も短い私は、脚付きの良さから車高の低いアメリカンタイプのバイクを探していたのだ。
あと、なんと言っても形がかっこいい。

変なお客さんがいっぱい来る某深夜勤務のアルバイトで頑張ってお金を貯めて、やっと買えたバイク。
納車して初めてバイクにまたがった時のそわそわする気持ち。
そしてキーを回し、セルスターター(エンジンがかかるボタン)を押した瞬間、初めて聞いた平子ひらこくんの声を、あの感動を、今でも私は猛烈に覚えている。

ちなみにいきなりしれっと"平子くん"などと言ったが、これは私の愛車ビラーコの名前である。
理由はもちろん(?)ビラーゴだからだ。平子ビラーゴと書いて平子ひらこくんである。
もっと言うと平子は名字の設定なので下の名前も決めていたのだが、由来がくだらない上に恥ずかしいので割愛する。


平子くんとの生活が始まった私は、羽根が生えたようだった。
どこにでも行けるし、もう夏場でもびちょびちょになって自転車をこがなくてよい。秋からはちょっと寒くなるけれどそんなの平子くんとの快適で楽しい時間に比べたら全く苦にならない。

調子に乗った私は、友達とツーリングにでかけたり、1人でちょっと遠いところまであてもなく走ってみたり、楽しいバイクライフを送っていた。


そんな私に事件が起きたのは、ある寒い冬のことだった。
バイクに乗っている人ならもうこのあたりでなんとなく想像できるかもしれない。

それは、深夜にどうしても明日必要なものを探していた時だった。
何を求めていたかは正直覚えていないのだが、その時私は考えた。
そうだ、あのちょっと遠くにあるドンキホーテなら売っているかもしれない。もう遅いし、今日はものすごく寒いけど、平子くんで行けばすぐだよね。

羽根が生えていた私は絶大な信頼を置く平子くんにまたがり、家を出る。
そういえば、今日ガゾリンを入れようと思って忘れてたんだ。
ちょうどよかった。家を出たことだし、ついでに入れて行こう。
私はガソリンスタンドに寄り、平子くんのお腹(タンク)を満タンにしてドンキホーテに向かった。

買い物が無事済んで、さぁ帰ろうと駐輪場に停めていた平子くんのもとに戻る。そしていつものようにセルスターターを押した。

......

ん?
おかしい。平子くんがいつもの声をあげない。
もう一度押してみる。


......


生命を絶たれたかのようにうんともすんとも言わない平子くん。
えっ、まさか...。
さっきまで普通に走っていたのに...?


どうやら平子くんは、その寒さのせいかバッテリーが上がってしまったようだった。
おろおろと動揺する私。
確かに家を出る時、いつもよりもエンジンがかかりづらかった気もするが、ここまで問題なく乗ってきたし、ガソリンも入れたしそんなはずは...と思って何度もセルスターターを押す。
しかし平子くんは一向に返事をしてくれない。
すやすやと安らかに眠っているようでもある。
待て待て、寝るな。こんな寒い中寝たら、死ぬぞ!(私が)


なんてこった...どうしよう。
でもなぜ今?
このドンキホーテは、私の家よりも20度くらい気温が低かったりするのだろうか。途方に暮れながらも、私はバイク好きの友人が言っていたあることを思い出していた。

「セルねー、楽でいいけどキックがないとバッテリーあがったら押しがけするしかないから結構めんどくさいよ!」


キックというのは、キックスタートと言って足元についているペダルのようなものを踏み込むことによってエンジンをかける方法のことである。
バイクの車種によってどちらのタイプか変わるのだが(どっちもついているバイクもたまにあるらしい)、私は毎回ふんふんとペダルを踏むよりもボタン1つでエンジンがかかる方が断然楽じゃないか、と思っていた。

そして、それと共に思い出した「押しがけ」という言葉...。
押しがけとはその名の通り人力でバイクを押し、無理やりエンジンをかける方法である。
全然うまく説明できないので詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。


やり方は聞いたことがある。
友人が押しがけをしているのも、1,2度ほど見たことがあった。
それがどれだけ大変そうかということもその時目の当たりにしている。

結構ガタイのいい友人でもふぅふぅと言いながら必死で重たいバイクを引いて走っていたのが脳裏によぎる。

え...もしかして、あれやらなきゃいけない感じ?


どうしよう。
友人に助けてとSOSの電話をしようか。
とはいえ、結構な深夜だ。しかも、バッテリーが上がって1人じゃ押しがけできそうにないなんて言ったらそんなんでバイク乗ってるのかよとバカにされそうである。
悔しい。
私の負けず嫌いな気持ちが、心を奮い立たせた。

幸いここは、ちょっと辺鄙なところにあるドンキホーテ。深夜という時間帯もあって広々した駐車場にはほとんど車も停まっていない。

よし、押しがけ、やってやろうじゃないか。
平子くん。私が絶対エンジンかけてやるからな。
私の心に、エンジンがかかった。
(平子くんのエンジンは全くかからない。)
ゴロゴロと駐輪場から広い駐車場の方へ平子くんを押していく。

そして私は、意を決して平子くんと共に駆け出した。




はい、無理。

全然できない。
平子くん、うんともすんとも言わない。


なんなら駐車場の広いスペースに運んできただけで既に若干息が上がっていた私。それでも私なりに一生懸命ハンドルを握り、力の限り走ったつもりだった。
坂でもあればよかったが、とてつもなくフラットな駐車場。
そして、おそらくクラッチをつなぐタイミングなどもきっと下手くそなのだろうと思われた。
だって、初めての押しがけである。
これであっているのかも、エンジンがかかりそうな感覚もまるでわからない。


それでも何度も何度も駐車場内を往復する私。
深夜極寒のドンキホーテで私は1人いつの間にか汗だくだった。
着ていた上着をその辺に脱ぎ捨て、ゼーゼーと肩で息をしながらもう一度駆け出す。


平子くん...重いよ。
なんでガソリン満タンなの...。


涙目になりながら私は自分を恨んだ。
平子くんのタンクはこれ以上ないくらい満タンだ。
なぜなら私がここに来る前にガソリンを入れたからである。
タプタプとお腹に入ったガソリンを揺らされながらも、平子くんは引き続き無言のまま、すやすやと眠っている。


もう、いっそ置いて帰ろうか...。
さすがに歩いては帰れない。
友達に連絡するかタクシーでも呼んで、明日もう一度ここに来ようか...。
私の心は完全に折れそうになっていた。
押しがけなんてしたこともないし、ミーハーでチビな私にはこんな重たくて大きな代物は自分の手に負えなかったのだ。
悔しい。悲しい。
そんなことを思いながら、もうこれでかからなかったら帰ろうとちょっと荒めにクラッチを離したその時、

ヴ、ヴォ...   プスー


今まで梨の礫だった平子くんがかすかに口を開いた。
人間で言うところの「むにゃ...」みたいな感じだろうか。
そんな可愛らしい声ではなかったが。
でも今、一瞬いけそうな音がした。
クラッチを離すタイミングが、押しがけのコツがなんとなくわかったかもしれない。
"プスー"になりかけていた私に、再度エンジンがかかる。
(平子くんは、もうちょっと。)


平子くん...ごめんな、置いて帰ろうかななんて思って。
絶対一緒にお家に帰るからな。
平子くんを目覚めさせるのは、私だ!


深夜、1人テンションがおかしくなった私は一心不乱に平子くんを押して走る。真冬に汗ダクになり駐車場を駆けずり回る私はきっと通行人に「何してんだろあの人...」と思われていたことだろう。

人の目なんて気にせず、私は平子くんと向き合い続けた。
そう、この感じ。こう走って、このへんで、こう。
何度かさっきの「むにゃ...」を繰り返したあと、ついに私は今だ!という感覚を掴んだ。
勢いよくバイクに飛び乗り、クラッチを離す。


ヴォ...ヴォボボボボボ....!!


ついに、平子くんが目を覚ました。
元気な産声(?)をあげている。
やった...ついに私の初めての押しがけが成功したのだ。
私は急いで脱ぎ散らかしていた上着を着て、再度平子くんにまたがった。

よし、家に帰ろうね。
冷たいガソリン満タンのタンクをぽんぽんと叩く。


帰りの道はきっと極寒だったのだろうが、いい汗をかいた私にはとても心地の良い風に感じた。
これが私の、そして平子くんの、本当にあった「エンジンがかかった瞬間」の思い出である。

ここから先は

0字

この記事が参加している募集

やってみた

この記事が受賞したコンテスト

サポート、嬉しいです。小躍りして喜びます^^ いただいたサポートで銭湯と周辺にある居酒屋さんに行って、素敵なお店を紹介する記事を書きます。♨🍺♨