正義論の名著 (中山 元)
(注:本稿は2012年に初投稿したものの再録です)
公共善
(アリストテレス)
「正義」といえば、日本ではマイケル・サンデル氏の講義・著作が大きなブームとなりました。
本書は、古代から現代までの西洋哲学における「正義」の思想のエッセンスを概説したものです。正直なところ、私の理解度は20%ぐらいでしょうか。
その中でも、いくつか私の興味をひいた部分を覚えとして書き留めておきます。
まずは、古代ギリシャ、プラトンとアリストテレスの思想に触れているところです。
「公共」という概念を意識したことにより、アリストテレスの「正義」は政治的な性格を備えることになりました。
この考え方は「共同体の法律の遵守」という普遍的な「法における正義」ですが、もうひとつアリストテレスは特殊な正義として「均等性における正義」も議論していました。そして、こういったアリストテレスのポリス的正義論は、その後の西洋の正義論の思想的基軸となりました。
この「ポリス的」思想をより普遍的に人類全体に適用されるよう拡大させたのが、ヘレニズム時代のストア派の学者でした。
彼らの考え方は、共和政ローマ期の政治家であり哲学者でもあったキケロの著作においてみることができます。
このようなオープンマインドは、征服民に対しても市民権を与えたローマ帝国の政治にも通底している思想ですね。
その後、ローマ帝国ではキリスト教が国教となり、それに伴い「公共善としての正義」の概念も変容していきました。
アウグスティヌスは「身体も魂も神に服属する」ことを正義といい、「神学大全」で有名なトマス・アクィナスは、このキリスト教的正義とアリストテレス的正義との理論的調和を目指したのでした。
社会契約論と市民社会論
(カント)
本書の第二章「社会契約論と正義」の中では、「公共善」とは別の、「自分自身の利益のための社会」という観点からの正義の議論の系譜が紹介されています。
その流れは、ホッブズに始まりスピノザ・ロック・ルソーと続きカントに至ります。
カントは、人類の歴史は正義が実現されるための歴史であると考えました。
自然状態から社会状態への移行です。そしてその「社会」において正義が実現されます。
とされ、さらにその論は「共和制」から「世界公民状態」へと続きます。
このあたりの主張は、カントの後期の政治哲学の著作である「永遠平和のために」で具体的に展開されています。
さて、こういった一連の社会契約論者の論調に対して、「個人の徳」という観点から正義を考えたのがスコットランドのヒュームでした。
この考え方は、私にとってなかなか興味深いものがありました。
この論をもう少し具体的に辿ってみます。
「本来人間は利己的な存在である」とヒュームは考えます。そして、この「利己」が「正義」に至るというのです。
「人々は社会に暮らすうちに、その本性から自然と正義を学ぶ」というこの立論は、とても独創的です。それも「利己心」がその根源であるというのは逆説的ですが、それゆえ説得力を感じます。
逆転の正義
(ニーチェ)
本書は、西洋における「正義」の思想を古代から現代に至る流れの中で概説したものです。基本は、進歩史観的な変遷ですが、ところどころにその流れを堰き止める節目になるような興味深い思想家が登場します。
その代表例は、やはりニーチェです。
ニーチェの思想における代表的な概念「ルサンチマン」と正義について言及したくだりです。「ルサンチマン」は、支配される人々、「抑圧された者、踏みつけにされた者、暴力を加えられた者」のうちに生じる怨恨の念です。
ルサンチマンはこう考えます。ここにおいて、善とは、暴力を加えないこと、他人を攻撃しないこと、結局「何もしない」=行動の欠如と定義されるようになりました。ルサンチマンとして被害を受けた者が加害者を赦すことが正義であるとの考え方です。
そして、被害を受けた者すなわちルサンチマンは「赦し」により正義の概念を弁証法的に止揚し、「恩赦」を与える神に等しい地位に昇るとされたのです。
公共善でもなく社会契約でもない、ニーチェのいう“ルサンチマンの正義”です。
さて、以降には、現代の「正義論」の中で私の印象に残った議論を覚えとして書き留めておきます。
まずは、アメリカの政治学者マイケル・ウォルツァーの「財が異なると正義も異なる」という主張。
ウォルツァーは「配分的正義」においては配分の対象となる「財の多様性」が「正義の多元性」を生じさせると考えます。
次に、日本でも大ブームになったハーバード大学のマイケル・サンデルの「善と正義」の議論。
サンデルは、価値観が多様化する現代社会においてリベラルな公共的理性の意義を認めます。しかしながら、その公共的理性が「中立」を守れるかといえばそこには疑問をいだいていており、なんらかの対応の必要性を主張しています。
こういった論者の考え方は、地勢的にも世代的にも多様な社会状況を反映したものですし、私の実感覚としてもとても馴染みやすい思想ですね。
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