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新しい冒険の始まり 【ルピュイの道①】

きっと、私の人生のピークで、もっとも輝いていた日々は、スペインのカミーノの道を800km歩いた時間だろうと思っている。


これからの人生、別の種類の充実した時間はたくさんあると信じているが、あんなにも生きていることを実感しながら毎日歩き続けて、笑って、食べて飲んで、恋して、時々泣いて、を続けたシンプルだけど凝縮された時間は多分もうない。
フランスのサンジャンピエドポーからピレネー山脈を歩いて越えて、西に歩き続けて、800kmを越えてサンティアゴデコンポステーラの大聖堂に辿りついて、それからスペインの西の果ての海、世界の果てという意味のフィステーラで、切った髪を投げ捨てて仲間と別れた時に、達成感や喜びに満ちていたけれど、きっともうこんな旅はできないという寂しさは拭い去れなかった。
3年かけて、春の季節にスペインに来ては、200km~300kmずつ刻んで毎年歩き続けていたから、3年続けていたことが終わったわけで、これからどうしようか、と少し呆然とした気持ちもあったかも知れない。

ゴールした翌年の2018年は、カミーノの道で知り合った仲間の家を渡り歩く別の意味の巡礼旅のような形でスペインを中心にヨーロッパを旅した。
これまで毎年スペインに来てはいたもののメジャーな観光スポットをあまり見ていなかったため、スペインのアルハンブラ宮殿などを見たり、グラナダやコルドバの街をぶらぶらと気ままに観光をした。
行く先々で興味のある場所へ思いつきのノープランで向かったりして、カミーノを歩く前の自分の気ままな旅の仕方に戻っただけなのだが、なんだか物足りなかった。
スペインにいるのに、あのトレッキングシューズを履かずに旅していることがなんだかとても変な感じがした。足だって痛くないし、爪もはがれていないで旅をしている。何て安全で物足りないんだ、という変な気持ち。
西へ西へと一本道を歩き続けるのはある意味で不自由だったかもしれないが、どこに行ってもいい自由な旅をしている今よりも開放感があるような不思議な気持ち。
あのカミーノの道のほとんどが何もない田舎道だったり、巡礼者しか泊まらないような小さな町の連続だったのに、毎日毎日私は魅了されていた。
それなのに、カミーノを歩かないスペイン旅をしていると、ヨーロッパの都会の街がどれも似たような街に見えてきて、逃げ出したくなってジブラルタルの海を渡って国境を越えモロッコへ行った。
何か物足りなさが私を追いかけてきているようなそんな感じだった。
30km歩いた後のセルベッサコンリモがあんなにもおいしかったのに、観光してぶらぶら歩いた昼下がりのセルベッサコンリモはそれほど「プハ~」という言葉が出なかった。当たり前だが。
そのたびに、ああ、私はもう二度とあのおいしいセルベッサコンリモも、ヴィノティントも飲むことはないのか・・・と思ったりした。
そして、早朝から8時間かけて歩き続けて、向こうに町が見えてきたときの喜びも。夜明け前から歩き出して、背中から太陽が昇るときの温かさも。
こんなにも私はあの道を愛してしまっているのかと思うと、別れた男への未練のように、比べてがっかりするような連続。
カミーノの道を歩いた仲間の何人もが、またあのカミーノの道(別のルートがたくさんある)に戻って歩き始めている気持ちが分かった。きっと私と同じ気持ちだと思った。



私は決めた。
また歩く。

だけど、同じ道(フランス人の道というメジャーなルート)を歩いても、また同じ思い出を辿るだけでつまらないような気がした。現にそういう旅人が何人かいて、「ここは、前歩いた時に食べて知ってるけど、この店がおすすめだよ」とずっと言っている人がいたからだ。
まだ今は、そういう思い出をなぞるカミーノの旅をしたくないなあと思った。60歳くらいでもう一度同じ道を歩いてはみたいけど、なぞるのはまだ早いと思った。新しい冒険をしたい、そう思ってうずうずしていた。
色々なカミーノ仲間の意見を聞いて、北の道か、ポルトガルの道か、フランス国内を歩くルピュイの道かを歩こうかと思った。
1度800kmを歩きとおしてゴールをしているため、もうゴールにこだわらなくていいし、歩きのみにこだわらなくてもいいし、期間や始める場所にもこだわらないことにした。
ただ、1週間でもいいから毎日歩き続ける旅をまた味わいたい。それだけを追求したかった。

色々考えた末、スペインではなく、フランスのルピュイの道を歩くことにした。フランスのルピュイ=アン=ヴレという場所から、以前私がフランス人の道を歩き始めたスタート地点であるサンジャンピエドポーをつなぐ道。
スタート地点に戻るというか、以前のスタート地点がこれからのゴールになるというのが面白いなと思ったので、このルートに決めた。

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巡礼路を歩くのはもう慣れてしまったし、新鮮さはないし、以前のように3週間歩き続ける訳ではないからそこまでどっぷりはまれないのではないかとも思った。
ヨーロッパの街はどこも似通っているなあと思いながら失望し続けて歩くことになったらどうしようという不安もあった。
特に、これまでの旅のイメージから、フランスがというかパリが、私はあまり好きではない。フランス語もさっぱり分からないし、歩いているうちに、スペインの陽気さが恋しくなるのではないかと心配だった。
まあそうなったらフランスを歩くのをやめて、さっさとバスでスペインに入ってしまおうと思っていた。
フランスを選んで良かったのかなあ、スペインを歩いた方が良かったんじゃないかなあと行きの飛行機の中でもまだ不安だった2019年の春。

朝、パリに着いてすぐに電車を乗り継いで乗り継いで、夕方に辿り着いた町、ルピュイ=アン=ヴレ。
なんだこの町は。
着いてから、これまで一応写真で目にしてきた例のあの景色が目に飛び込んできて、呆気に取られてしばらく動けなかった。

ドキドキしてきた。

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こんな表現は良くないかも知れないが、あえて語彙力のなさをここでぶちまけるとするが、
聖地感丸出し。
どこからどう見ても聖地な装いで笑ってしまう。
ここには奇岩の山が2つ、上には礼拝堂があり、大聖堂には黒いマリア像や病気が治る石など、いかにも聖地なパワーワードが並ぶ。新たな私の旅の始まりに持ってこいだと思った。

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最初の宿は修道院だった。
シャワーを浴びてから、パンツを洗って窓辺に干したら、突風で飛んで行ってしまい、下を歩いていた男性2人組が拾ってくれた。いい匂いのする石鹸で洗っておいて助かったと思いつつ、明日の天気は荒れそうだなあと空を見て少し不安だった。
それから1人でルピュイの町をぶらぶらと歩き続けていた。
明日の早朝に出発するので、このルピュイの町を目に焼き付けたくて歩き続けていたら、バル(フランスではバルって言わないのだろうか)の中から男性が「ヘーイ」と手を振って呼んでいる。
ナンパだと思って無視して去ろうとしたら追いかけてきた。
さっき私のパンツを拾ってくれたフランス人2人組だった。
お礼を言って少し話していたら、「一緒に飲もう」と誘われビールをおごってもらうことになった。

これよこれ。始まった。
嘘みたいに、ワクワクしてきた。
これからたくさんの人と出会えると思うと楽しくなってきた。


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その後、修道院の窓からルピュイの信じられない景色を眺めて眠り、翌朝ルピュイのノートルダム大聖堂に行き、巡礼者の送り出しのミサに参加し、日本語で書かれた祈りの言葉と、お守り代わりにメダイとネックレスと指輪をもらった。
外は嵐のような暴風。
牧師さんが「さあ、ここから出発ですよ」という顔をして地下の重いドアを開けてくれた。
そこからまっすぐ前に見える景色はこれから歩く道だった。
いかにもRPGの始まりのようなシーン。
ああ、またこの時間を味わえるのかと思うと、嬉しくて仕方なかった。
天気が悪いのも大歓迎だと、このときは心が躍っていた。
新しい冒険がまた始まる。
いつでもまた冒険は始められるんだと思うと、わくわくして仕方なかった。

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