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[#2000字のドラマ/小説] 彼女が教えてくれたこと。

「世界はね、自分を中心にまわってるんだよ」


信号が変わるのを待ちながら、
僕は彼女のことを思い出していた。





屋上から見下ろす校庭はやけに広く、静かだった。
僕には生きる意味がない。
誰かに決められた人生なんていらない。
僕は目をつぶった。



「世界は僕を必要としていない、か」

僕は後ろからの声に驚き、とっさに柵を掴んだ。

振り返るとそこには、同じクラスの萩原小夏が
教室のゴミ箱に捨てたはずの僕の小説ノートを持って
立っていた。


彼女は驚く僕を気に留めることなく、
平然と話を続けた。

「これ君が書いたんでしょ?結構面白いね」
ノートをペラペラとめくりながら、彼女は笑った。


彼女が、僕がこれからやろうとしていたことに
あまりにも関心を持たないので
なんだか僕も気が抜けてしまった。


「勝手に読まないでくれる?」

そう言いながら
柵を越えて、彼女の手からノートを取る。


「ねぇ、これからはここで私にそれ読ませてよ」
彼女はまた、優しい顔で笑った。




それからは、僕が小説を書くたびに
屋上で彼女に見せるようになった。

彼女はいつだって笑顔で、素直に感想をくれた。



ある日、いつものように彼女に小説を見せていると、
普段誰も来ないこの屋上に
同じクラスの木崎翔がやってきた。
彼とは話したことは無かったが、
誰とでもフレンドリーに話す人だなという
印象があった。


「お前ら何やってんの?」

「彼が小説書いてて、それ読ませてもらってるの」

小夏が隠す様子もなく堂々と彼に話すので、
何だか隠すのも馬鹿らしくなって、思わず
「読む?」
と言ってしまった。

「え!まじ!?読みたい!」
満面の笑みで彼は僕の小説を読み始めた。



いつの間にか、
屋上の時間は三人で過ごすことが多くなった。

そして、屋上を出てからも。





今日も僕の小説を見せるために、屋上に集まった。

小夏も翔も目を輝かせながら食い入るように
読んでいる。


「お前すげーな!賞とかに応募してみろよ」
読み終えた翔は興奮気味に、僕に勧めてきた。

「いいね!応募してみようよ!」
小夏も便乗して騒ぐので、その勢いに押され、
応募することを了承してしまった。


数日後、郵送で送ることにした原稿を持って、
一緒に投函しに行くと言って聞かない小夏と翔と、
近くの公園で待ち合わせた。


今日は土曜日だった。
車多いな、なんて思いながら
ベンチに座って二人を待つ。

約束の9時になった。
寝坊でもしたのだろうか、二人ともまだ姿が見えない。



何かあったのだろうか。
時計を見るともう11時を過ぎている。

そのとき、スマホが鳴った。

翔だった。


「おい、何時だと思ってんだよ」
少し苛立った声で、僕は電話に出た。

「あのさ…、あのさ…」
「翔?どうした?」
彼の声は震えていた。


「小夏が…」
僕は頭が真っ白になった。



僕が病院で見た小夏は、眠っているかのように動かなかった。


事故だった。
信号を無視した車が
横断歩道を渡っていた小夏に突っ込んだ。


寝坊した翔は待合わせ場所の公園に向かう途中、
その騒ぎを見つけ僕に連絡してくれた。



泣きじゃくる翔の隣で、
僕はただぼーっと床を見つめていた。



訳が分からなかった。

昨日まで生きていたじゃないか。

僕の隣で笑っていたじゃないか。


僕にできた、初めての味方だったのに。




何も手につかなかった。
小説も、まるで何も浮かばない。


翔にもしばらく会っていない。


ベットに寝転んだまま、ただスマホを眺めていた。



突然、開けていた窓から強い風が吹いた。
机に放られた原稿用紙が床にちらばっていく。


僕は重い体を動かして、一枚一枚その紙を拾う。


最後の一枚を拾い上げたとき、
僕は心臓から全身に血液が流れていくのを感じた。

その紙の下には、僕の小説ノートがあった。


まだ白いはずの、最後のページ。
そこには、誰かの文字でこう書いてあった。




世界はね、自分を中心にまわってるんだよ。
君のやりたいことは、誰がなんと言おうとやっていい。
君の好きなことは、誰がなんと言おうと好きでいい。
だって世界は君のものなんだから。




僕には誰が書いたものなのか、すぐにわかった。

ひとしきり泣いた。

そして僕はペンをとって、新しい物語を書き始めた。




「おーい!ここだよ!」

エアコンのよく効いたファミレスで、
見慣れた顔が僕を呼んでいた。


「新刊読んだぞ!やっぱすげーな、お前」

いつの日かと同じ、
満面の笑みで語りかけてくる彼は
少し遠くの大学へ進学したため、
久しぶりの再会である。


「言ってくれれば家に送ったのに」

「いいんだよ!書店にならんでるのを買うのが好きなんだから。それより早くあいつにも読ませてやろうぜ」

僕達は、アイスコーヒーを飲み干して
ファミレスをあとにした。



二人で彼女のお墓に手を合わせる。

「小夏、新刊出せたよ。君も気に入ってくれるかな」

この季節には珍しく、涼しい風が吹いた。



この世界は自分を中心に回っている。
彼女が教えてくれたこと。


命ある限り僕は責任をもってこの世界の軸となる。

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