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【800字コラム】 ラスト・サムライたちの夏(2)

鈴木の侍従長時代、若き阿南惟幾中佐が侍従武官として宮中に着任、互いに深く尊敬し合う仲となっていた。

天皇陛下も阿南の誠実な人柄を殊のほか気に入り、時代が下り阿南が師団長として中国大陸への出征が決まると、陛下から2人きりの会食に招かれた。

この異例の厚遇に阿南は感激を句にした。
「大君の深き恵に浴みし身は言ひ遺こすへき片言もなし」

陸軍内では派閥に属さず、実直な性格で人望が厚かった。
上官を平気で馬鹿呼ばわりする石原莞爾さえも
「阿南さんが言うなら」
と素直に従ったとされる。

その阿南は、自分はその器に非ずとして長いこと入閣を固辞してきた。
しかし、今回は尊敬するあの侍従長が総理になっていた。
組閣の日、鈴木と阿南がどんな言葉を交わしたのか、記録に残るものはない。

終戦に向けて舵を切る鈴木総理と、表向きは徹底抗戦を叫び続けた阿南陸相との阿吽の呼吸によって、終戦に際して最も懸念されていた陸軍総出でのクーデターは何とか防がれた。

ポツダム宣言受諾の報せを受け、クーデターを進言する陸軍の若手たちに阿南は、
「通常、国務大臣に対し陛下は『大臣』と官名で呼ばれるが、自分だけは侍従武官時代のお親しみをもって『阿南』と呼ばれる」
と、陛下の御信任厚いこの自分を説得できなければクーデターなど覚束ないぞと言外に釘を刺した。

8月14日深夜、終戦の詔書への大臣副署を粛々と済ませ、閣議を終えると阿南は鈴木総理の執務室を訪れた。
「総理にはご迷惑をおかけいたしました」
詫びる阿南の肩を叩いて老宰相は
「貴男の心持ちは私が一番知っているつもりです。阿南さん、皇室は必ず御安泰ですよ」
と語った。

大臣官邸に戻った阿南は、侍従武官時代に陛下から拝領したワイシャツに着替えて、切腹。

あの句を、辞世としてしたためた。

ポツダム宣言受諾や詔書案を巡り、閣議で何度も激論を交わした東郷茂徳外相は、報せを受けると
「そうか腹を切ったか。阿南というのはいい男だな」

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