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2022年6月の記事一覧

【詩】何にでも致死量というものがある

何にでも"致死量"というものがある
例えば一生のうちで何度
空から落ちる夢を見るかとか
猫とビニール袋を見間違えるかとか

ホチキスで失敗する針の本数も
シュレッダーにかける紙の枚数も
さよならの時に手を振る回数も

ぜんぶ許容量が決まっていて
それを超えたらおしまい
時々、人が突然死ぬのはそのせいだよ

【詩】透明な炭酸水

真夏の教室に置いてきた透明な炭酸水
転校生が食べているピーナッツバターサンド
そういうものだけが音楽になることを許されて
街中に鳴り響いている
握りしめたペットボトルは
すっかりぬるくなってしまったから
私はこの夏の出来事を
誰にも話さずに死ぬのでしょう

【詩】空を塗る才能

紫とオレンジで出来た夕方の空を見て
もはや才能だよねと君が言う
緑は合わないって
分かってるから使わないんだよ
私だったら合わなくても使う
緑が好きだから
だから才能がないんだと君が言う

私だったら
どの色がいいか分からなくて
何も塗れなくて
白紙の空になりそうだと思った
私も才能ないよと言った

【詩】誰かの祝祭

君はいつもより酒を飲んで
めずらしく「幸福だ」なんて言う

晴れがましい日に流れてくるのは
あの頃一緒に口ずさんだ歌

懐かしいねと笑ったけれど
メロディーも歌詞も歌手の顔も
1ミリも思い出せなかった
それが唯一の救いだった

【詩】ぬりえ

幸福がどんな色をしているか、知ってる?
自由の色
正義の色
花びらの裏側の色
摘み取られた双葉の色
雲に隠された空の色
生まれたばかりの宇宙の色。
何ひとつ知らないままで
ぼくらは明日を塗りつぶしている。

【詩】君が撮る写真

君が撮る写真は、いつも遺影みたいだった。
花も、空も、動物たちも、ぼくも、
ファインダーの中で息絶えて、
いつでも永遠になれたんだ。

【詩】夏の傷痕

何も欲しくない
どこにも行きたくない
食べ物もいらない
眠くない
ただ君のことを考えている

会いたい訳じゃない
話したいこともない
して欲しいことはほとんどない
ただ君のことを考えている

果実が赤く色づくように
子どもが大人になるように
何の断りもなく時間は過ぎる
私は君の剥製を作る

赤い実が腐って
大人たちが死んで
ただ君のことを考えていた日々だけが
火傷の跡みたいに残るんだろう

【詩】鳥の羽と天使の羽

鳥の羽と天使の羽の違いについて真剣に考えている
そんなことよりも
コーヒーが冷めてしまう
映画が終わってしまう
夜が明けてしまう
君にもう会えなくなってしまう
そんなことよりも
絵の具の黒と宇宙の黒の違いについて真剣に考えている

【詩】風船が飛んでいくのを見ている

青い空、海の底のように青すぎる空に、
鮮やかな、混ざったことのない絵具のような色の風船が飛んでいく。
君が手を放したのは一度だけなのに、
私は何度も何度も、その風船が飛んでいくのを見ている。
瞳の奥で、脳の裏側で、心臓の端っこで、
あるいは名前も知らない器官のどこかで。
千回見送ったあと、千一回目の風船を眺めながら、
ああ、これが永遠なんだ、と思った。

【詩】OD

はじめは空気中の酸素のようなものだった。
私はそれを何度も吸い込む。
繰り返すうちに肺の中でどんどん濃度が上がって、
やがて息が出来なくなる。
その息苦しさを愛と呼ぶ人もいた。

【詩】楕円の月

アダムとイブも
ロミオとジュリエットも
織姫と彦星も
みんな幸せにはなれないから
大丈夫だよと言ってくれた
十四日、
満ちて溢れる前の
楕円の月みたいな気持ちをあなたにあげる

【詩】溶けないアイスクリーム

いつか君に会えるとき
世界は一番透明度が高くて
飢えた生き物は誰もいなくて
私は両手いっぱいに
溶けないアイスクリームを抱えて
迎えに行こうと思っている