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【短編】『取引相手』

取引相手


 彼は毎週金曜日、時刻が0時を回ったタイミングである場所に姿を現す。真夜中というのにサングラスをかけては口元には黒いマスク、そして上下真っ黒のジャージ、頭には黒のニット帽を被って、いかにも怪しい者ですと訴えているかのような格好でやってくるのだ。ここで、しかし彼は決して怪しい人ではないと言いたい流れだが、生憎彼はその怪しい人そのものであった。我々は闇夜に紛れてドラッグの取引をしているのだ。私が乗ってきたシルバーのクラウンが止まっている駐車場に着くと、私はサイドミラーで彼の姿を確認し、鍵を開ける。そして彼はそのまま後部座席に乗り込んで、なんの挨拶もなく手渡しで代金とブツを交換する。彼は代金を受け取ると、行きと同様挨拶なしで車を出て歩き去る。

 東京でブツを受け取ってからそのまま関東圏外にいる買人、いわゆる太客たちに「上質なブツ」という文句でお高く売り捌くのだ。実際にブツはこの界隈では上質と言われるものなのだが、それを口にすることは最近では詐欺と疑われかねないためにあまりお勧めされない。売手は聞かれれば最低限の情報を答えるが、口を挟むことは極力避け、ほとんど客任せで購入するかしないかが決まる。そのため、私と太客の間には特別な信頼関係があるからこそ、私の方からブツの情報を積極的に伝えるようにしている。私がクラウンをブツの受け取り場所に選んだのにも理由がある。関東圏外に行く際に必ずと言っていいほど高速を使うため、皆私の車を覆面パトカーと勘違いをして速度を落として道を譲ってくれるのだ。また、覆面パトカーに出くわしても同業者としてスルーするため一石二鳥なのである。始めは、バイヤーの彼にも覆面パトカーと疑われて取引が難航したことがあったが、それ以来クラウンを見ると私を思い出すほどになったようで、あの場所に駐車している私のクラウンへの警戒心は全くもってなくなっていた。

 ある金曜日、私は本業の仕事で訪れていた新潟を夕方前に出発して関越自動車道で東京に向かったものの、不運にも大規模渋滞に巻き込まれてしまった。すぐにバイヤーの彼に連絡を入れたものの一向に返信はなかった。ようやく0時を30分ほど回った頃、いつもの一般駐車場に着こうとしていた。ちょうど大通りの小道を右折しようとした時だった。小道から別のシルバーのクラウンが顔を覗かせた。制服を着た男が運転しており、助手席にはもう一人同じ格好の者がいた。そして、私のクラウンの横を素通りして走り去った。私は瞬時に覆面パトカーと気づいた。しかし後部座席に人がいるか確認し忘れ、現場へと急いだ。

 一般駐車場へとたどり着くと、すでに人の姿はなく、もしや捕まったかと焦りを覚えたが、一度車を停めてバイヤーが現れるのを祈って待つことにした。すると、サイドミラーから小道の電柱の影に怪しい男が見え、進むか進むまいかと顔を出してはすぐに引っ込め、明らかにおかしな行動をとっていた。私はすぐにクラウンを飛び出して、何を躊躇しているのかと声を発することなく手招きで彼を呼び、即座に運転席に戻った。サイドミラーに映る彼の姿が大きくなるにつれて少し緊張が走った。後部座席のドアが開くと、彼は息を荒立てて入ってきた。サングラスをかけているため、表情から彼の心情は読み取れなかったものの、同様に緊張しているのは間違いなかった。私は、代金を渡す前に言った。

「さっきの覆面と何かあったのか?」

彼はしばらくの間無言だったが、ため息をついたかと思うと急に一言呟いた。

「そうだ」

これが我々が交わした初めての会話であった。

「そうか。遅れてすまなかった」

「おい、もうクラウンには乗るな」

「なんでだ?」

「なんででもだ」

「何があったか話してくれないか?」

「お前のせいでおれは危うく捕まるところだった」

「この車のせいか?」

「そうだ」

「あんた、覆面の後部座席に座ったのか?」

「座った」

「そうか」

すると、彼は先ほど起こった事象を淡々と語り始めた。

「車に乗った瞬間奴らはおれの方を振り向いては、指名手配犯とサツが偶然鉢合わせしちまったかのように数秒何も言わず互いをじっと見つめ合ったんだ。運よくおれはグラサンかけてたから表情の変化を悟られずに済んだが、運転席の奴に一言おまえ何者だと聞かれおれは咄嗟に返答した。あれ〜フミちゃんとなかか〜?こりゃいげねえ、車間違えてもうたわ。そしたら、すぐに助手席にいる奴がケラケラと笑いこけて。同時に運転席の奴も声を大にして笑い始めた。こんな怪しい奴見たこともない、職質するのも酷になってきたわい。おまえさてはアホだろ?とサツにアホ認定されて、すぐに車から追い出されたんだ。しばらく遠くから奴らの様子を伺っていると、何事もなかったかのようにそのまま去っちまった。すると、ちょうど同じタイミングでおまえが現れたという流れだ」

私は笑いを堪えていたものの、彼の遭遇した状況を想像して突然吹き出してしまった。

「フミちゃん、誰だそれ」

「ああ、おれのダチだ」

「なるほど。まあ捕まらなくてよかったな」

「そうだな。今考えると脇道に停車していたし、ナンバーもいつもと違ってたわけだ。まあ今後は別の車で頼むよ。」

「わかったわかった。おれも一つお願いがあるんだが」

「なんだ」

「その格好やめてくれないか?怪しくてしょうがない」

「そうか。わかった」

とお互いに今後の取引のすり合わせをした後にブツと代金を交換した。最後に一言「じゃあ」と言って彼は車を出て行った。私は彼との距離が少し縮まったのを感じとった。


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