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  • PJ Novelフリー投稿マガジン

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    PJ Novelとは「小説」を 軸に活動する “クリエイターズ コミュニティーです。 このマガジンにはメンバーの自由投稿作品を集めています。

  • IYO夢みらい館てのひら小説講座専用マガジン

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    2020年からIYO夢みらい館で開催している「てのひら小説講座」受講生作品のマガジンです。

最近の記事

悪い男

「彼の結婚式の前の日に、私から言ったの」 ワークショップで出会って間もない妙さんが、休憩時間に突然話し出す。 「あの子と結婚する前に私を抱いて、って」 「抱いて」という言葉にドキッとして、思わず目を伏せる。 「彼のことが本当に好きだったから、どうしても抱いて欲しかった」 淡々とした語り口の妙さんの顔に、私はよろよろと視線を移動させる。 「彼は抱いてくれたけど、その日から辛くて辛くて辛くてたまらないの」 妙さんの表情も声も波立ってはいないけれど、感情なんかでは表せない妙さんの痛

    • 壊れないポケット

      「この曲、何でしたか?」、聞こえるかどうかわからないくらいの声を出す。 言ったとたん、山にかかり始めた霧の中に、突進しそうになる。 隣に立つその人は、無視できるレベルの私の声を拾い上げ、「〇〇」と映画のタイトルだけをつぶやく。 その声を私は、壊れることのないポケットにしまった。 いつもは無視する同窓会の案内を、捨てようとして見直す。 卒業してからもう40年か~、行くとしたらこれが最後のチャンスかもしれない。 数日考えて、「出席する」に〇印を付けた。 会場は遠い。 時間を持

      • ん❓

        ・・・・・/////・・・・・///・・・・;;;・・・・~>゜)~~~ 何もない。 何もないから「ある」もない。 何もないって、そういうことよ。 それがいつだったかなんて、わからない。 どうしてか、なんてわかりようがない。 しいて言えば、「何かの拍子に」・・・だったんじゃない? 時があるとすれば、その時が始まりかもね。 何かの拍子に「ん?」って感じたの。 その時かな?、「ん?」って感じる存在の始まりは、 「ん?」が全ての始まりだったんだけど、クレッシェンドの記号みたいな広が

        • 春節

          「東京じゃスーパーのレジでは間隔開けて並んで、みんなマスクもしているよ」、と東京在住の同級生が電話口でしゃべっている。 「あはは、田舎じゃそんなことする人間はいないよ」、と私。 その時の私はコロナは知っていたけれど、そのウイルスの本当の怖さをまだ知るよしもなかった。 のんびりと笑ったあの日から4年、私が屈託なく笑うことはもう二度とない。 日本で初めてコロナの発症例が報告されたのは、2020年正月明けのことだった。 2019年12月末から中国の武漢に滞在し、翌年Ⅰ月6日に帰国

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        記事

          本当に幸福な「幸福の王子」

          町の高いところに、幸福の王子の像が立っていました。 王子の体は、小さなダイヤの粒でおおわれており、目はブルートパーズで、剣の柄には、大きなガーネットが輝いていました。 王子は、町の人々の自慢でした。 ある夜のこと、一羽の小さなツバメが飛んできて、王子の足元にとまりました。 疲れたツバメが寝ようとすると、大つぶのしずくがポタリと落ちてきました。 「ひやっ!雲もないのに、雨かいな?」 ツバメが不思議に思っていると、またしずくが一つ落ちてきました。 三番目のしずくが落ちて来たので、

          本当に幸福な「幸福の王子」

          冬眠

          今とは比べ物にならないくらい冬が寒かった頃、夕子の望みは冬眠だった。 酷暑の最近では夏眠が望みで、「目が覚めたら冬だった」というような体質になりたいと思いながら生きている。 昔の石油ストーブは、今のファンヒーターではなく上部が熱くなるタイプのものしかなかったので、やかんや鍋を上に置くことも多かった。 夕子の部屋にも上が熱くなるストーブがあったが、必要じゃないので上にやかんなどを置くことはなかった。 ある夜、いつもは北側に置いているストーブを、「南側に移動させよう❣」と思った。

          秋の味覚

          「今」を研究している学者がいるのを、テレビで知った。 うろ覚えだが、【人が「今」という概念を持ったことで、未来への希望や過去への後悔を持つことになったそうだ。 幼子を見ていると、なるほどと思う。 幼子には「今」すら存在しないので、明日を思い煩うこともなく、昨日を悔やむこともないではないか。 人が認識出来る「今」は、0.1秒だとか言ってたなぁ。 夕子が低学年の頃から気づいていたことが、二つある。 毎日がリフレインであることと、ほぼ全ての生き物の形がドーナツ状であることだ。 「

          秋の味覚

          ゾンビとゾンビ その4

          「哲学的ゾンビ」という言葉を聞いたことがある。 【言動や社会性の面でも、生理学解剖学的にも普通の人間そのものだが、内面的な思考を持たないという、思考実験上の存在】だそうだ。 この言葉の提唱者によると、「喜怒哀楽など様々な感情を表出したとしても、それは内的な情動にの発露ではなく、機械的な反応・演算の結果として出力しているにすぎないが、現実の人間がそのような存在でないと証明することはできない」とある。 山田さんと友里さんと話していると、人間と話している気がしなくなっている。

          ゾンビとゾンビ その4

          ゾンビとゾンビ その3

          楽しいはずなのに、3人でお茶しながら、夕子はどんどん疲れていくのを感じていた。 話せば話すほど、自分の身体から何かが吸い取られていくようなのだ。 「そんなはずは無い」と何度も自分に言い聞かせるが、貧血で倒れる直前のようになっている。 相手に関心のない友里さんは、聞かれなくても自分のことは話すのだ。 優しいポツポツとしたかわいい話し方だが、その口から出てくる言葉を聞くたび、夕子は「行き倒れ寸前のお遍路さん」みたいになっていく。 友里さんは自分の小学生娘のことを「この娘はぶさ

          ゾンビとゾンビ その3

          ゾンビとゾンビ その2

          会いたかった友里さんに会えることになったのは、思いのほか早かった。 山田さんが遊びに行くついでに、連れて行ってもらえることになったのだ。 ご主人が大企業の役員の友里さんは、お金持ちらしかった。 高校生の頃友里さんと眼科で出会ったことがあるが、待合室で友里さんの方から声をかけてくれたことがあった。 地味で引っ込み思案な私はそのことが嬉しくて、ずーっと忘れていなかった。 少しずつ少しずつ私に近寄り、首をかしげて恥ずかしそうに微笑んで、挨拶してくれたのだ。 あの友里さんに会えると

          ゾンビとゾンビ その2

          ゾンビとゾンビ その1

          友里さんが地元に戻ってきていると聞いたのは、友里さんの幼馴染みの山田さんからだった。 夕子は山田さんを知らなかったのだが、何かの折に同級生だと知ってから、時々会うようになっていた。 山田さんは公務員で転勤もあったし、シングルマザーの上に高齢の両親と暮らしていたので、ものすごく忙しかった。 なのに山田さんは、いつも笑っていた。 自分の不幸な結婚生活のことを話す時も、手のかかる二人の子供の話をする時も、介護の必要な両親の話をする時も、仕事との両立でにっちもさっちも行かなくなってい

          ゾンビとゾンビ その1

          雨 その2

          今朝は雨が降ってたけど、もう止んだ。 低学年は給食もないので、昼で帰宅する。 夕子んちは学校からは遠く大人の足でも30分はかかるので、まじめに歩いても子供なら一時間近くかかる。 いつも一緒に帰るのは、近所のわこちゃん。 わこちゃんはいつも落ち着いていて、あまり感情を表さない。 この頃の夕子は今みたいに品行方正じゃなかったので、槍が飛んできても動きそうにないわこちゃんを、ひそかに尊敬していた。 いつか自分もわこちゃんみたいになりたいと、ぼんやり思っていた。 雨が止んだので、

          雨 その2

          出張で来た久しぶりの都会。 地方都市なので都会というほどでもないが、田舎者の夕子にはそれでも十分きらめいて見える。 研修が早めに終わったので、少し街を歩いてみる。 あてもなく本通りから逸れた通りを歩くと、色あせた写真のような店が現れた。 古臭いショーケースには、変哲もないコーヒーカップの食品サンプルが置かれているだけで、他には何も無い。 ここにしよう、夕子はそう決めるとドアを押す。 ちょっと渋めのマスターがいるのかと思ったが、カウンター内にいたのは中年の女性で、自然と目が合う