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本当に幸福な「幸福の王子」

町の高いところに、幸福の王子の像が立っていました。
王子の体は、小さなダイヤの粒でおおわれており、目はブルートパーズで、剣の柄には、大きなガーネットが輝いていました。
王子は、町の人々の自慢でした。
ある夜のこと、一羽の小さなツバメが飛んできて、王子の足元にとまりました。
疲れたツバメが寝ようとすると、大つぶのしずくがポタリと落ちてきました。
「ひやっ!雲もないのに、雨かいな?」
ツバメが不思議に思っていると、またしずくが一つ落ちてきました。
三番目のしずくが落ちて来たので、ツバメは上を見上げました。
すると、そのしずくは王子の目から落ちているようでした。
「どないしたんや?」とツバメは言いました。
「私は幸福の王子です」
「ほな、幸せ過ぎて泣いとるんか?そのせいで俺はずぶ濡れや!」
「私が生きていたころ、涙なんて知らなかったのです」
「そないなこと、知らんがな」
「私が住んでいたお城には、楽しいことしかありませんでした。毎日美しい庭で遊び、暖かな部屋で過ごしました。『幸福の王子』と呼ばれていた私は、本当に幸福でした。そうやって月日を過ごし、そのうち死にました」
「なんや自慢かい!そら結構なことでっしゃな。俺一日中飛んでたさかい、疲れてまんのや。もう寝させてんか」
「ツバメよツバメ」
「・・・・・」
「ツバメよ、なぜ返事をしないのだ?」
「ゾウよゾウ」
「・・・・・」
「像よなぜ返事をしないのだ?」
「えっ、ゾウって私のことか?私のことだと思わなかったからだよ。私は幸福の王子なんだ」
「俺だってツバメという名前じゃないぜ。ジョナサンと言うんだ」
「ジョナサンって、カモメじゃなかったか?」
「カモメと同じ名前じゃいけねぇってことはないだろう?博識の父がつけてくれたんだぜ。気に入ってるんだ」
「ではジョナサン、お願いがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「いやだね。そんな暗い顔して話すようなことは、夜はしないに限るんだ。明日の朝なら少し時間があるから、聞いてやってもいいぜ」
「そうか、それなら明日話すことにするよ」
「じゃあな、お休み」

「おはよう、ジョナサン」
「けっ、早いな。まだ薄暗いじゃないか」
「でもさっき一番どりが鳴いたから、朝なんだよ」
「わかった、聞いてやるよ。俺もなるべく早く、仲間のいる南に行きたいからな」
「ジョナサン、私の柄のガーネットをとりだして、ずっと向こうの窓に座っている貧しい女の人のところに持って行ってくれないか。その人の小さな男の子が熱を出し、みかんを食べたがっているんだけど、お金がないから何も買えないんだよ」

「ちょっと待ち~な。自分生きとった時は王子だよな?」
「そうです、王になる前に死んだのですから」
「それでもそのなりからすると、そこそこ成長してたんだよな?それなら実務経験がないとしても、幸福の王子の像を作るのに、お金がかかってるのはわかっとるんか?」
「それくらいはわかっていますよ」
「それでは質問です。そのお金は誰が払ったのでしょうか?」
「もちろん国王に決まっています」
「その国王は、どうやってお金を作ったのでしょうか?どこかにお勤めに行かれてましたか?どこかでアルバイトなどされてましたか?」
「まさか、国王は働いたりしません」
「自分の国では、働かなくてもお金が沸いてくるんか?」
「国民が働いて、国にお金を収めてくれるのです」
「なぜ国民はお金を収めてくれるんでしょうか?」
「それは、そういうシステムだからですよ。納めなければ、罰せられます」
「そこや! 国民から強制徴収したお金で作られたのが、自分なんだぜ」
「それが何か?」
「自分なぁ~、国民のお金をどう使うのがええんか、考えたことあんの?」
「そういえば、ありませんでした」
「ほな、今考えてみ。国王が好き勝手に使ってええんか?」
「いけないのでしょうか?」

「自分が柄のガーネットを持っていけと言ってる、ずっと向こうの窓の貧しい女の人が、子供が病気でもみかんひとつ買ってやれないのは、なんでやと思てるん?」
「お金がないからです」
「その女の人はなにしてる?」
「お針子のようです」
「働いておるのに、なんでみかん一つ買おてやれんと思う?」
「どうしてでしょう?」
「お金を国に払わないといけないから、働いても働いても、手元にお金が残らないんだよ。そうやって集めたお金で、城の中の人たちはなんの苦労もせずに、毎日遊び暮らしていたんだよ。Do you understand so far? 」
「I can understand」
「ええか、考えてみぃ。そんな人たちから集めたお金で作られたのが、そのキラキラした自分なんだぜ。」
「それならあのお針子に、柄の宝石をあげるのはいいことでは?」
「目の前の困っている人を助けることが、悪いことだと言ってるんじゃないぜ」
「ただ人にはそれぞれ役割というものがあると、俺は思うんだ」
「役割?」
「自分に見える困っている人は、その女の人だけなんか?」
「いいえ違います。もっと向こうには、飢えと寒さで困っている男の人がいます。その人にも宝石を持って行ってほしいのです。」
「ええか、自分の見えないところにも、お金がなくて困っているひとは、たくさんいるんだぜ。その一人一人に自分の宝石をあげることが出来ると思うか?」
「そう言われたら、それは出来ませんね。じゃあ、どうすればいいのでしょう?」
「ほら、出た~。その丸投げ精神。今のお前の役目はなんじゃ?」
「何でしょうね。私は動けませんから、こうして立っているだけなんです」
「立っているだけとはいえ、毎日たくさんの人が自分を見にきておるじゃないか。ええか、生活は貧しくても、きらきらした自分を見るだけで、みんな何だか幸せな気持ちになるんじゃよ」
「じゃあ、立っているだけでいいのですか?」
「そうだよ。キラキラした自分のまま、立ち続けることが自分の役目なんじゃ。あちこち宝石がもげたみすぼらしい王子の像を見て、誰が幸せを感じると思う?」 
「そう言われればそうですね、だけどそれだけでいいのかなぁ?」

「そこじゃよ!   幸いなことに自分は立っているだけじゃなくて、話が出来る稀有な像じゃないか。その上見たものに対して、感じることも出来るんじゃ。これは素晴らしいスキルと言えよう。」
「え、そう言われたら、なんだか少し自信がついてきたかも」

「自分は、その高いところに立っていることで、食べることもできないほど貧しい人がいることを知ったんだよな?」
「はい、そうです」
「ほな質問です。どうすればそれが改善されると思いますか?」
「もっと働いて稼ぐことでしょうか?」
「今でもオーバーワークじゃっちゅうのに、これ以上働けるか!じゃが、もしもっと働けたとして、どうなると思う?」
「国王にもっとたくさんのお金を払うことになるのかなぁ?」
「そういうこっちゃ。だんだんわかってきたな、おぬし」
「私は生きてる間幸せでしたが、それは城の外の人たちの幸せを奪うことで成り立っていたのですね」
「ピンポン!見た目はキラキラで軽薄だけど、なかなか賢い王子だ。たった30分のレクチャーで、よくここまでわかったな」
「ジョナサンの教え方が、上手なんですよ」
「うん、まぁそうとも言える」

「立っている以外に、私が出来ることってなんなのでしょう?」
その時です、王子の足元がさわさわし始めました。
「王子様、私はアイビーです。王子様とジョナサンの話を聞いていました。私もお手伝いさせて下さい。いいですか?」
「おお、遠くばかり見ていて、お前に気づかなかったよ。アイビーとやら、私を手伝ってくれるのかい?それはありがたい、お願いするよ」
「ラジャー!  私たちのような草花や木々は、コンピューター以上のネットワークを活用出来るのですよ」
アイビーがそう言ったとたん、その向こうのサンザシが波打ち、次に丘の近くの樫の木がざわめいた。
「何と言うことだ!あのお針子の家の窓に、カラスがみかんを置いていったではないか!」
「そうですか、思ったより早かったですね。私たちは動けないので、鳥や虫にお願いをするのです。みかんは大きいので、カラスが手伝ってくれたのでしょう」
「みかんを食べた男の子が、少し元気になったようだ。母親が、みかんをくれた誰かに感謝しているのが見える」
「アイビー、お前のおかげだありがとう」
「王子様、これは私の手柄ではありません。私はサンザシに、サンザシは樫の木に・・・と、自分の思いを伝えただけなのです」
「なるほど~。アイビーよ、そのネットワークを駆使して、城の中の人や国王に、貧しい人たちの話を伝えてくれないか?」
「城の塀が高すぎて、ネットワークが途切れるのですよ。塀の中を鳥に頼みたいのですが、人間は鳥の言葉を理解しません。人間はかろうじてカラスの言葉だけはちょっとわかるようで、カラスが『かぁ~』と鳴くと『アホ~、って言ってるみたいだね』と、理解していることがあります」

「ジョナサン、ではどうすれば城の中の人たちに、このことを伝えられるのでしょう?」
「王子よ、自分は早死にしたんだよな?国王より早く死ぬなんて、親不孝だぜ」
「はやり病だったのです。国王は嘆き悲しみ、それでキラキラした私を作りました」
「そっか、それなら国王の心の中には、ずっと今でも王子がいるんじゃないのか?」
「ええ、そうです。毎日国王の悲しみが、手に取るように感じられるのです」
「国王がここに会いにくることはないのか?」
「ありません。今の私を見ると、余計に辛いようで・・・」

その時でした。
パッカパッカと遠くから馬が走って来て、王子の前で止まりました。
王子よりキラッキラッ光る冠をつけた人が馬からおりるなり、王子に言いました。
「王子よ私の大切な息子、城に来る商人から聞いたのだが、最近お前は泣いているそうではないか?涙など知らぬお前が泣くなんて、いったい何があったのだ?誰かに石でも投げられたのか?」
すると幸福の王子の目から、涙がすす~っとこぼれました。
国王が王子の涙を両手で受けとると、それは細い細い糸となり、王子と国王の心臓をつなぎました。
その瞬間、国王には王子の見たことや考えていることが、伝わりました。

「My son happy prince  私は何とおろかな国王だったのだろう!おまえが教えてくれなければ、国民を不幸にしたままだった。国民全体の幸せを考えるのが、国王の仕事であったのに」
そう言って国王は、猛スピードで城に帰って行きました。

「王子よ、良かったな。俺も助かったよ。このまま自分を手伝っていたら、クリスマスもここで過ごすことになるところだったぜ。そうなりゃ寒さで死ぬか、越冬するために宿を探してまわらなくてはいけなかったんだ」
「ジョナサン、これから旅立つおつもりですか?」
「そうさ、これから仲間を追いかけるよ。もし途中で無理だと思ったら、ここへ帰ってくるからな。俺は無駄な危険はおかさないんだ」

「そうだ王子、もう一つ伝えておきたいことがあるんだ」
「なんでしょう、ジョナサン」
「誰も自分以外の人を、幸せにすることはできないんだぜ」
「えっ、そうなんですか?」
「最初自分が考えていた、困っている人に宝石をあげる・・・というやり方だがなぁ。その時はそれでうまく行くかもしれないが、次にまたお金に困ったとしたら、どうすると思う?」
「あ、そうか。前にもらったように、今度も誰かが宝石をくれるのを待ってしまうのか~」
「そうなんだよ。誰かが自分を幸せにしてくれるのを、待つだけになってしまうのさ」
「じゃあ、何もしないで見てるだけでOK?」
「おいおい、それも違ってないか?さっき自分の思いがアイビーに伝わり、それがさんざしや樫の木にまで伝わったのを、覚えているかい?」
「もちろん、覚えていますよ」
「あの時はそういう方法で助けようと考えていたのではないけど、自分の思いが周りに伝わって、男の子のところにみかんが運ばれたんだ」
「自分の宝石をはずしたのでも、誰かの宝を盗んだのでもない。そう、誰かや何かを犠牲にせずに、あの女の人が幸せになる手伝いが出来たってことさ」
「なるほど!」
「そのことが、一番大切なことなんだぜ。博識の父が、俺に教えてくれたことさ」

「ジョナサン、ありがとう。生きていたころの私は幸福の王子と呼ばれていましたが、その時は幸福の本当の意味を知らなかったのだとわかりました。誰かを犠牲にした幸せなんて長続きしないし、幸せとも思いません。」
「そうか、自分キラキラは同じだが、何となく風格がただよってきたな」
「ありがとうございます。自分で自分を幸せにできること、そして誰かが幸せになるお手伝いができること。それが幸せだとわかった私は、本当に幸せな『幸せの王子』です」

「ところでジョナサン、あなたの言葉はちょっと変ではないですか?」
「あぁ、俺は日本という国の大阪の通天閣で生まれたんだ。先祖代々、そこで生まれてるんだぜ。基本大阪弁なんだが、通天閣には色んなところから観光客がくるからさ~、時々違う方言が混ざるんだよ」
「そうなんですか。私もジョナサンみたいにあちこち飛んで行きたいですが、出来ないことを考えてうらやむより、出来ることを考えて生きていきます」

「成長著しいな。これで俺も、心置きなく ABY」
「ABY?」
「あ・ば・よ」

厳しい冬が去り、暖かな春が来て夏が過ぎて、また冬が近づいてきました。

どこからともなく一羽のツバメが飛んできて、王子の足元にとまりました。
「こんにちは、ツバメさん。ちょっとおたずねしますが、ジョナサンと言うツバメを知りませんか?」
「知ってるとも。おれっちジョナサンに頼まれてきたんだからな。そういうお前さんは、幸福の王子さまかい?」
「そうです、私が幸福の王子です。ジョナサンは元気なのですか?」
「忘れないうちに、ジョナサンからの伝言を伝えるよ。間違っちゃいけないから、飛びながら反復練習してたんだ」
「おぉ~、ありがとう」
「一年前、ジョナサンは、女医さんの葦に余命宣告されたんだ。悲しむ親の顔を見たくなくて、嘘をついちまった。『葦に恋したから、少し遅れて出発する』とな。もうエジプトまで帰る体力は残ってなかったから、何かの事故で死んだことにしようと考えたのさ」
「…そんな、ジョナサン・・・」
「ちょっと休憩しようと舞い降りたのが、王子さまの足元だったそうです。悲しそうな王子さまのお手伝いをしているうちに、ジョナサンも自分の間違いに気づいたそうでね。親に嘘をついたまま死んでしまったら、どんなに悲しむだろうと。それと一番大事なのは、自分に嘘をつかないことだとわかったんだ。『どうせ死ぬのだから』と自分をごまかし、行き当たりばったりに生きるのではなく、『幸せな気持ちで死ぬために、何ができるか』と考えることにしたのさ」
「それでジョナサンは、どうしたのですか?」
「生きてエジプトにたどり着き、親や家族に会い、自分の病気のことを伝えて、辛くてもみんなで一緒に死を受け入れていくことを選んだんだよ。だからエジプト行の船を見つけたり、かもめにお世話をお願いしたりして、何とか最後の望みを叶えることができたんだ」
「じゃぁ、ジョナサンは幸せだったんですね?」
「あぁ、ジョナサンが死んだ時、家族は大きな悲しみに包まれたけど、それと同じくらい大きな暖かいものにも包まれたんだよ。ジョナサンが死ぬ前日に、俺はこの伝言を頼まれたんだ。そうさ忘れもしない、ジョナサンが死んだのは、クリスマスの日だった」
「ありがとう、ツバメさん。本当にありがとう」

「ジョナサン、私に大切なことを教えてくれたジョナサン、ありがとう。いまでは国王も、毎日この私を見に来てくれているんだよ。息子の私が死んだことの悲しみは消えないけれど、悲しんでいるだけの国王の姿を見せたら、私がもっと悲しむのがわかったんだよ。悲しみを消すことは出来ないけど、その他の気持ちを増やしていけば、悲しみの占める面積が小さくなるんだ。
君の言った通りだよ。自分を幸せに出来るのは、自分だけなんだ」

「ジョナサン、迎えに来てくれたんだね。私がなぜ、像になっても見たり感じたりするスキルを持っていたのか、やっとわかったよ。私自身が、死を受け入れてなかったからなんだ。これでやっと私もこの世に、ABY」

足元のアイビーからサンザシへ、次に樫の木へと、さざ波のように悲しみのふるえが伝わって行きました。
しばらくすると不思議なことに、悲しみの足跡の上に虹色のキャンディーが降り注いでいました。





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