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アンジェリカ

ずっとはずればかりの私。
いつも読んでいるAさんのブログに釘付けになる。
「某月某日夜9時半から、みんなで一緒に宇宙に行きましょう」と書いてあるではないか。
抽選で100名、当選した人には守護してくれるドラゴンが銘々にプレゼントされるらしい。
「行きたい!!」
脈が速くなり、音まで聞こえてくる。
このブログの読者はすごい数だから、当選するのは至難の業だろう。
落選して落ち込む自分を想像すると、申し込む勇気が出ない。
明確な選考基準は知らないけれど、スピ系の能力のある人が選ぶのかと思うと、無能力の自分が選ばれることはないと思う。
でも、「行きたい」「行きたい行きたい行きたい」
最後はわけのわからない涙まで出てくる始末。
宝くじも買わないと当たらないと言うし、これだって申し込みしないと当選しないじゃないか。
「行きたい」気持ちが、「失望で立ち直れない自分」への恐怖に立ち向かう。
必要事項を記入し、えいやっと申し込みボタンを押す。
当選発表は、翌日の夜10時だ。
誰とも交われない、能力のない自分が当選するとは思えなかったけど、発表を見ずにはおられない。
夜10時、時間だ。
おそるおそる画面を開き、当選者の名前を順に見ていく。
98番まで来た時、あるはずのない自分の名前が目に飛び込んできた。

こんなに嬉しかったのは、生まれて初めてだ。
唇が小刻みに震え、全身の細胞に動きが伝わるのがわかる。
歓喜という振動があるとすれば、これがまさにそれだった。

Aさんから、当選者に贈られるドラゴンに、名前をつけるよう指示があった。
ふわっと頭に浮かんだ「アンジェリカ」と決めたけど、ドラゴンが本当に居るのか不安になる。
「こんなこと信じていいの?」と常識が頭をもたげたその時だった。
キッチンの窓の外で、空気がそわっと波打った。
ガラス越しに、ドラゴンの形の風の跡が見えた気がした。
振り返って反対側の窓を見るが、そよとも風は吹いていない。
その日から、自分だけのドラゴンのお世話が始まった。
食べたいものや飲みたいものを聞いて、用意しないといけないのだ。
私のアンジェリカはツンデレ気味で、いつもはあまりべたべたしてこない。
ちょっと寂しいけど、私にはこのくらいが心地良かった。

宇宙と言っても成層圏のどこか(宇宙とは言えないレベル)で、意識レベルの高い人が手助けして、当選した100名を連れて行ってくれるらしかった。
今回手助けしてくれる人達はこれまでにも宇宙に行ったことがあり、そこで出会った人の記憶を持ち帰ることも出来たらしい。
なんだか、自分が織姫にでもなったような気分だ。
もし宇宙での記憶を持ち帰れたら、Aさんのブログ上で今回のイベントの記憶を持つ人がいないか、確認できるかもしれない。

その日はやってきた。
全ての準備は整った。
Aさんのブログから当選者に送られたURLを開き、時間を間違えないよう目覚まし時計をスタンバイ。
宇宙への入り口となる不思議な画面を見つめ、その瞬間を待つ。
机に頭を突っ伏して、意識を集中させる。
秒針が12を指し、9時半がきた。

1秒・2秒
「あれ?何も変わらないぞ?」
やっぱり自分はダメなのか・・・・
     ・
     ・
     ・
「うん?」一瞬、今の自分を理解出来ない。
ただ一回瞬きしただけのようだが、そうとも思えずキョトンとしていると、目の前の目覚まし時計に釘付けになった。
たった今9時半だったのに、針はピッタリ10時を指しているのだ。
「そんな馬鹿な!! 私は決して眠ってなんかいないのに」
「もしかすると、私は本当に宇宙に行っていたのかもしれない」と、いう気がしてきた。

翌日Aさんのブログを見ると、宇宙に行けたという人のコメントが並んでいた。
記憶を持ち帰れた人や、そこで出会った人に対して呼びかける人。
私の様に記憶はないけど、「多分行ったんじゃね?」的な人。
一人だけ「最初から最後まで意識がありました。皆さんとご一緒できませんでした。」という失望のコメントがあったが、総じてなにかしら手ごたえを感じた人の方が多い印象だった。

あれから10年が経ち、私のアンジェリカも忘れられていることが多い。
それでも時々私の顔の横に、アンジェリカが頬を寄せてくるのを感じる時がある。
あの夜の「目をつぶって目をあけたら、30分経ってた」、という奇妙な感覚は薄れることなく覚えているし、意味もなくそれを「生きる」支えにしている自分がいる。
「100名」に選ばれたこと、「多分おそらく宇宙に行けたこと」
これからも生きて行くために、私にはそれだけで十分だった。

私のアンジェリカは、おしゃれさん。
ツンデレだけどキラキラしてて、いつも私に寄り添ってくれてる。
そうだ、アンジェリカ!!
今度は二人だけで、宇宙に行こうよ。
遠くに行きすぎて、帰れなくなるかもしれないけどね。



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