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記事一覧

海の底の喫茶店

 誰にも見つかりたくないのかと思うような、目立たない入口。和風でも洋風でもない、シンプルなドア。香ばしいパンの匂いと海しか見えない窓。あの喫茶店は、いったいどこ…

ポンタ
3週間前
6

アンジェリカ

ずっとはずればかりの私。 いつも読んでいるAさんのブログに釘付けになる。 「某月某日夜9時半から、みんなで一緒に宇宙に行きましょう」と書いてあるではないか。 抽選で1…

ポンタ
2か月前
14

高岡君のあんぶれら

5年竹組50名、担任は浅井先生。 これから掃除して終わりの会が終わったら、帰れると思うと気が緩むなぁ。 単純にざわついているだけの教室に、ただならぬ先生の声。 「高岡…

ポンタ
2か月前
9

レモン水

「あと3日で死ぬ」と言われたら本気で生き始める、的なことを何度か聞いた気がする。 確かにね。 私ならその3日間、ひたすら捨て続けると思う。 3日で時間が足りなければ、…

ポンタ
2か月前
12

悪い男

「彼の結婚式の前の日に、私から言ったの」 ワークショップで出会って間もない妙さんが、休憩時間に突然話し出す。 「あの子と結婚する前に私を抱いて、って」 「抱いて」…

ポンタ
4か月前
12

壊れないポケット

「この曲、何でしたか?」、聞こえるかどうかわからないくらいの声を出す。 言ったとたん、山にかかり始めた霧の中に、突進しそうになる。 隣に立つその人は、無視できるレ…

ポンタ
7か月前
8

ん❓

・・・・・/////・・・・・///・・・・;;;・・・・~>゜)~~~ 何もない。 何もないから「ある」もない。 何もないって、そういうことよ。 それがいつだったかなんて、…

ポンタ
8か月前
10

春節

「東京じゃスーパーのレジでは間隔開けて並んで、みんなマスクもしているよ」、と東京在住の同級生が電話口でしゃべっている。 「あはは、田舎じゃそんなことする人間はい…

ポンタ
9か月前
12

本当に幸福な「幸福の王子」

町の高いところに、幸福の王子の像が立っていました。 王子の体は、小さなダイヤの粒でおおわれており、目はブルートパーズで、剣の柄には、大きなガーネットが輝いていま…

ポンタ
10か月前
11

冬眠

今とは比べ物にならないくらい冬が寒かった頃、夕子の望みは冬眠だった。 酷暑の最近では夏眠が望みで、「目が覚めたら冬だった」というような体質になりたいと思いながら…

ポンタ
1年前
8

秋の味覚

「今」を研究している学者がいるのを、テレビで知った。 うろ覚えだが、【人が「今」という概念を持ったことで、未来への希望や過去への後悔を持つことになったそうだ。 幼…

ポンタ
1年前
9

ゾンビとゾンビ その4

「哲学的ゾンビ」という言葉を聞いたことがある。 【言動や社会性の面でも、生理学解剖学的にも普通の人間そのものだが、内面的な思考を持たないという、思考実験上の存在…

ポンタ
1年前
4

ゾンビとゾンビ その3

楽しいはずなのに、3人でお茶しながら、夕子はどんどん疲れていくのを感じていた。 話せば話すほど、自分の身体から何かが吸い取られていくようなのだ。 「そんなはずは無…

ポンタ
1年前
5

ゾンビとゾンビ その2

会いたかった友里さんに会えることになったのは、思いのほか早かった。 山田さんが遊びに行くついでに、連れて行ってもらえることになったのだ。 ご主人が大企業の役員の友…

ポンタ
1年前
6

ゾンビとゾンビ その1

友里さんが地元に戻ってきていると聞いたのは、友里さんの幼馴染みの山田さんからだった。 夕子は山田さんを知らなかったのだが、何かの折に同級生だと知ってから、時々会…

ポンタ
1年前
6

雨 その2

今朝は雨が降ってたけど、もう止んだ。 低学年は給食もないので、昼で帰宅する。 夕子んちは学校からは遠く大人の足でも30分はかかるので、まじめに歩いても子供なら一時間…

ポンタ
1年前
6
海の底の喫茶店

海の底の喫茶店

 誰にも見つかりたくないのかと思うような、目立たない入口。和風でも洋風でもない、シンプルなドア。香ばしいパンの匂いと海しか見えない窓。あの喫茶店は、いったいどこにあったのだろう。
あれから何度も同じ道を行き来するのに、どうしても見つけられないのだ。

 日課の買い出しに行こうと玄関を開けると、あまりのまばゆさにくらっとする。「ああ、空と言うものがあったんだ」とゆっくり頭を持ち上げると、雲一つない空

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アンジェリカ

アンジェリカ

ずっとはずればかりの私。
いつも読んでいるAさんのブログに釘付けになる。
「某月某日夜9時半から、みんなで一緒に宇宙に行きましょう」と書いてあるではないか。
抽選で100名、当選した人には守護してくれるドラゴンが銘々にプレゼントされるらしい。
「行きたい!!」
脈が速くなり、音まで聞こえてくる。
このブログの読者はすごい数だから、当選するのは至難の業だろう。
落選して落ち込む自分を想像すると、申し

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高岡君のあんぶれら

高岡君のあんぶれら

5年竹組50名、担任は浅井先生。
これから掃除して終わりの会が終わったら、帰れると思うと気が緩むなぁ。
単純にざわついているだけの教室に、ただならぬ先生の声。
「高岡!お前は何を言いよるんぞ ! 謝れ! 」
色黒で唇の厚い南方系の顔をした浅井先生の、道徳心に溢れた怒鳴り声が響き渡る。
「ばあちゃんがせっかく傘を持って来てくれたのに、『帰れ!』とはなんぞ⚡」
声の方を見ると、腰の曲がったお婆さんが教

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レモン水

レモン水

「あと3日で死ぬ」と言われたら本気で生き始める、的なことを何度か聞いた気がする。
確かにね。
私ならその3日間、ひたすら捨て続けると思う。
3日で時間が足りなければ、もう少し時間が欲しいと願うだろう。
だがそれは「もう少し生きたい」、のとは違う。

いつの頃からだろう、私が「生きたい」と願わなくなったのは。
そもそも、「生きたい」と願ったことがあっただろうか?
病気も何度もした。
子どもがまだ親を

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悪い男

悪い男

「彼の結婚式の前の日に、私から言ったの」
ワークショップで出会って間もない妙さんが、休憩時間に突然話し出す。
「あの子と結婚する前に私を抱いて、って」
「抱いて」という言葉にドキッとして、思わず目を伏せる。
「彼のことが本当に好きだったから、どうしても抱いて欲しかった」
淡々とした語り口の妙さんの顔に、私はよろよろと視線を移動させる。
「彼は抱いてくれたけど、その日から辛くて辛くて辛くてたまらない

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壊れないポケット

壊れないポケット

「この曲、何でしたか?」、聞こえるかどうかわからないくらいの声を出す。
言ったとたん、山にかかり始めた霧の中に、突進しそうになる。
隣に立つその人は、無視できるレベルの私の声を拾い上げ、「〇〇」と映画のタイトルだけをつぶやく。
その声を私は、壊れることのないポケットにしまった。

いつもは無視する同窓会の案内を、捨てようとして見直す。
卒業してからもう40年か~、行くとしたらこれが最後のチャンスか

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ん❓

ん❓

・・・・・/////・・・・・///・・・・;;;・・・・~>゜)~~~
何もない。
何もないから「ある」もない。
何もないって、そういうことよ。
それがいつだったかなんて、わからない。
どうしてか、なんてわかりようがない。
しいて言えば、「何かの拍子に」・・・だったんじゃない?
時があるとすれば、その時が始まりかもね。
何かの拍子に「ん?」って感じたの。
その時かな?、「ん?」って感じる存在の始

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春節

春節

「東京じゃスーパーのレジでは間隔開けて並んで、みんなマスクもしているよ」、と東京在住の同級生が電話口でしゃべっている。
「あはは、田舎じゃそんなことする人間はいないよ」、と私。
その時の私はコロナは知っていたけれど、そのウイルスの本当の怖さをまだ知るよしもなかった。
のんびりと笑ったあの日から4年、私が屈託なく笑うことはもう二度とない。

日本で初めてコロナの発症例が報告されたのは、2020年正月

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本当に幸福な「幸福の王子」

本当に幸福な「幸福の王子」

町の高いところに、幸福の王子の像が立っていました。
王子の体は、小さなダイヤの粒でおおわれており、目はブルートパーズで、剣の柄には、大きなガーネットが輝いていました。
王子は、町の人々の自慢でした。
ある夜のこと、一羽の小さなツバメが飛んできて、王子の足元にとまりました。
疲れたツバメが寝ようとすると、大つぶのしずくがポタリと落ちてきました。
「ひやっ!雲もないのに、雨かいな?」
ツバメが不思議に

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冬眠

冬眠

今とは比べ物にならないくらい冬が寒かった頃、夕子の望みは冬眠だった。
酷暑の最近では夏眠が望みで、「目が覚めたら冬だった」というような体質になりたいと思いながら生きている。
昔の石油ストーブは、今のファンヒーターではなく上部が熱くなるタイプのものしかなかったので、やかんや鍋を上に置くことも多かった。
夕子の部屋にも上が熱くなるストーブがあったが、必要じゃないので上にやかんなどを置くことはなかった。

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秋の味覚

秋の味覚

「今」を研究している学者がいるのを、テレビで知った。
うろ覚えだが、【人が「今」という概念を持ったことで、未来への希望や過去への後悔を持つことになったそうだ。
幼子を見ていると、なるほどと思う。
幼子には「今」すら存在しないので、明日を思い煩うこともなく、昨日を悔やむこともないではないか。
人が認識出来る「今」は、0.1秒だとか言ってたなぁ。

夕子が低学年の頃から気づいていたことが、二つある。

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ゾンビとゾンビ その4

ゾンビとゾンビ その4

「哲学的ゾンビ」という言葉を聞いたことがある。

【言動や社会性の面でも、生理学解剖学的にも普通の人間そのものだが、内面的な思考を持たないという、思考実験上の存在】だそうだ。
この言葉の提唱者によると、「喜怒哀楽など様々な感情を表出したとしても、それは内的な情動にの発露ではなく、機械的な反応・演算の結果として出力しているにすぎないが、現実の人間がそのような存在でないと証明することはできない」とある

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ゾンビとゾンビ その3

ゾンビとゾンビ その3

楽しいはずなのに、3人でお茶しながら、夕子はどんどん疲れていくのを感じていた。
話せば話すほど、自分の身体から何かが吸い取られていくようなのだ。
「そんなはずは無い」と何度も自分に言い聞かせるが、貧血で倒れる直前のようになっている。

相手に関心のない友里さんは、聞かれなくても自分のことは話すのだ。
優しいポツポツとしたかわいい話し方だが、その口から出てくる言葉を聞くたび、夕子は「行き倒れ寸前のお

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ゾンビとゾンビ その2

ゾンビとゾンビ その2

会いたかった友里さんに会えることになったのは、思いのほか早かった。
山田さんが遊びに行くついでに、連れて行ってもらえることになったのだ。
ご主人が大企業の役員の友里さんは、お金持ちらしかった。

高校生の頃友里さんと眼科で出会ったことがあるが、待合室で友里さんの方から声をかけてくれたことがあった。
地味で引っ込み思案な私はそのことが嬉しくて、ずーっと忘れていなかった。
少しずつ少しずつ私に近寄り、

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ゾンビとゾンビ その1

ゾンビとゾンビ その1

友里さんが地元に戻ってきていると聞いたのは、友里さんの幼馴染みの山田さんからだった。
夕子は山田さんを知らなかったのだが、何かの折に同級生だと知ってから、時々会うようになっていた。
山田さんは公務員で転勤もあったし、シングルマザーの上に高齢の両親と暮らしていたので、ものすごく忙しかった。
なのに山田さんは、いつも笑っていた。
自分の不幸な結婚生活のことを話す時も、手のかかる二人の子供の話をする時も

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雨 その2

雨 その2

今朝は雨が降ってたけど、もう止んだ。
低学年は給食もないので、昼で帰宅する。
夕子んちは学校からは遠く大人の足でも30分はかかるので、まじめに歩いても子供なら一時間近くかかる。

いつも一緒に帰るのは、近所のわこちゃん。
わこちゃんはいつも落ち着いていて、あまり感情を表さない。
この頃の夕子は今みたいに品行方正じゃなかったので、槍が飛んできても動きそうにないわこちゃんを、ひそかに尊敬していた。

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