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ディープブルー 蒼におちて

朝も夜も分からないほど、高速で過ぎる日々。

ぼんやりとした意識の中、ふと目を覚ますと、

天井はすでに薄暗く、白い壁紙にあお黒い影を落としている。

「あー、もう夕方か。。。」とため息交じりに独り言がもれる。


やらなきゃいけないことは山積みなのに、

からだは鉛のように重く、夢を見ていたのかもわからないほど

深い世界におちていた。


窓の外に見える空は、青白い裾野からディープブルーに変わりゆく時間帯で

うっすらと月影が見え始めている。


薄明かりの部屋で明かりも付けず、とりあえずドサッと椅子に腰をおろして

パソコンを起動してみる。

暗闇で見つめる画面は、さっきまでつぶっていた瞳を潰すかのように

こうこうとした光で、僕の目をさしてくる。


外で時折通る電車の雑音をかき消すように、

そっとイヤフォンをするとプレイリストの音楽を爆音で鳴らす。


そこは、僕だけが浸る世界。

外界から離れ仕事モードに入るスイッチ。

テンションが上がるわけじゃないけど、僕のルーティーン。


自分の気持がどうだとか、現状がああだからなんて考え出すと

手が止まってしまうから、

そんなものは一旦シャットダウンし、気持ちに封をする。

淡々と。そう、ただ淡々と作業する。


僕は日常で、みんなに本音を見せるとか夢を語るとか

そういうのは苦手だし、口数だって多いわけじゃない。

ましてや、誰かに辛いとか苦しいとか弱みを見せるなんて

負けず嫌いの僕としては、一番恥ずかしい部分を見られてしまうようで

出来やしない。


僕がどんなに疲労困憊だろうと、前に進もうとする理由は

ただそれだけ。

要は強がりなんだ。


ピロン♪

脇に置いてあったスマホの音がなる。

いや、正確にはイヤフォンをしている耳に音なんて聞こえないから、

画面が発光した気配で着信に気づく。


一瞬君からのメッセージかなんて瞳孔が開くけど、

期待外れの企業DMにさっと目をそらし、またため息が漏れる。


ピロン♪

もう一度光る画面に「あーまたか。どうせまたただの広告なんだろう。」と

特に目をやることもなく、そのままパソコンのキーボードを弾く。

ピロン♪

立て続けてなるお知らせに、横目で気になりつつも

がっかりしたくなくて無視をきめこんでいたのだけど、

どうしても気になってきて、おもむろにスマホを手にする。


画面に小さく出てくる君の名前とちょっとだけ見える書き出し文。

内容なんてわからないのに、さっきまで硬直していた表情が一気に緩む。


「ねーねー。。。」

だいたい君からのメッセージは、いつもこの書き出しからはじまる。

普段の生活の中で女の子に「ねーねー」なんて言われることもないから、

なんだかちょっとくすぐったくもあり、

うかつにも、いつも人前ではクールを装っている僕が、

一瞬口角が上がってスキを見せてしまう瞬間だ。


それは、まるで深いディープブルーの底におちて蒼しかない世界の中、

場違いにも、偶然見つけたピンク色の桜貝に

一瞬だけこころ踊るような感覚だ。


君からのメッセージは、いつもだいたい女の子特有のアレで、

特にオチがあるわけでもないし、男同士の会話と違って、

解決法をガチで提案なんてしようものなら、

そんなものは求めていなかったとばかりに、

地雷を踏んでしまって、半泣きされたことなんかもあるんだけど、


なぜだか憎めない君に、普段ならそんな面倒くさい関係はごめんだと

受け付けない僕が、ほっとけなくなってしまている。


ちょっとワガママでめんどくさいあの子は、

いつも自由奔放で危なっかしくて、慎重な僕と違うから、

今までなら、言うまでもなく視界にも入らないような子。


ただ時折見せるギャップというか、

マジメな一面や意外と見かけによらず深い洞察力があるとことか、

不思議なんだけど、なんか気分が乗らないんだよねーなんて時に

思いもかけず優しい言葉かけられちゃって。

タイミングの神か?なんて訳のわからないことを

思ってしまうんだけど、


そんなわけだから、なんか変な気分になって

僕自身感情が追いついていない、そんな感じかもしれない。


ディープブルーの深海で拾ったピンク色のその桜貝は、

別にそれ自体がすごいものなんかじゃないはずなのに、

蒼の世界で放つ儚くも淡い紅色に、

一点の希望を見つけたような気がして、

気付けば僕は、手のひらの上にそっとのせると、

ふんわりと握りしめていた。


桜貝の君は、強く握りしめると、貝のくせにすぐに割れてしまいそうで、

それでいて、拳を緩めると、するりと手の隙間からこぼれ落ちそうで、

掴みどころのない感覚に、

本来のぼくが思う”僕”が、どこかへ消えてしまって

不本意にも翻弄されている。


今までにないこのやりどころのない不思議な気持ちに、

ちょっと居心地が悪くて、ムズムズするし、

負けてたまるかなんて訳のわからないプライドも湧き上がってくる。


だけど、なぜかこの手を開いてしまってはいけない気がして、

毎晩疲れ切った体で深い眠りにおちる中、

無意識に手のひらを握りしめている。


ディープブルー。 

蒼におちる。


光なき深海におちたからこそ見つけた、ピンク色の桜貝。

僕にとっては、誰もが欲しがる赤色の珊瑚よりも貴重で、

大切に思える。



ディープブルー。

蒼におちて。


疲れ果て、深夜遠のく意識の中、

僕は今宵初めて、瞳の奥かすかに映る

優しいピンク色に包まれていくような

奇妙だけど、なんだか温かい幸福な浮遊感におぼれていた。

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