大福

【250字レビュー】読んだ物語の感想を250字程度でまとめてアップ。読書メーターでも同…

大福

【250字レビュー】読んだ物語の感想を250字程度でまとめてアップ。読書メーターでも同じものをアップしています。

最近の記事

【250字レビュー】サン=テグジュペリ『人間の大地』

世界への気づきが濃密な言葉で語られる。死にゆく年老いた奴隷を前に、彼は残酷ではなく安らぎを見る。「僕が辛かったのは、一人の人間が死ぬことによって、一つの未知の世界が滅びることだった」には、生の価値に対する彼なりの答えがある。人間と世界は対立図式でも包括図式でもない。誰かが生きて感じ取ることで、世界には独自の価値が生まれる。生の上で尊厳を奪われようとも、この人間が見た世界には独自の価値がある。彼はこの奴隷の見た景色を想像し、生の無条件の価値を発見して、この亡骸の頭を古い宝箱と形

    • 【250字レビュー】星に帰れよ

      高校生の自意識のあり方が絡みそうで絡まないやり取りにリアリティがある。表面上だけのやり取りには「踏み込んではいけない」という強い禁止を含んだ現代的なモラルを感じる。登場人物たちが危険と感じるのは、距離が近すぎること。適切な距離を保つことが問題となっている。説明しすぎの部分は頭でっかちな主人公の思考と思えなくもない。ただし現代の高校生の感じから距離のある読者は、解説があることで心地よく読めるという部分もあるか。表現や行動の剰さや繊細さ、言葉の大きな思考と下手な振る舞いのズレには

      • 【250字レビュー】水と礫

        日本の家族がややファンタジーのような物語環境で動く。世代を越えた親子関係の繰り返しは物語の忰という感触。進むうちに話が深くなり広がって一つの大きな物語空間が出来上がる。この意味でバルザックのようでもあるし、古典神話のようでもある。甲一が人物を導く。もちろん日本とオリエンタル的な空間のズレ、現代だけど古典的な人物の動きはうまく処理できない感じもある。また途中の繰り返しで眠くなる部分もある。けれど、読後感が素晴らしい。こうやって人間は生きてきたのだろうという深い納得。キャラクター

        • 【250字レビュー】おいしいごはんが食べられますように

          文藝春秋にて読了。物語の中心にいるはずの二谷が自分を出すのは一人でいる時だけ。内側が潰れたまま表面を固めて大人になった感触。二谷は傍観者であり続ける。物語が動くのは彼の自我がはみ出す時。二谷は芦川さんと押尾さんの間に位置するが、どちらも二谷の内側には一切触れない。登場人物は関係しているようで全員孤立している。会社の支店という小さな枠組みの中でそれぞれが大人のふりをしているだけ。二谷は文学の中に内面の呼び水がある気がしている。昔の文学ゼミ仲間からの何気ないメッセージだけに救いを

        【250字レビュー】サン=テグジュペリ『人間の大地』

          【250字レビュー】おもろい以外いらんねん

          文藝にて読了。どこからがふざけていて、どこからが普通の会話なのかわからない感じの面白さ。滝場は空虚さを笑いに変える、これに乗っかりながら冷静な主人公、これにお笑いが全てといったユウキが絡んでストーリーは進んでいく。話がジェンダーに向かうところもなるほどという印象。ただ、後半はジェンダーの話が大きく、外側からの話になった感じがする。青春小説好きとしては、もう少しそれぞれの葛藤を覗き込みたい。この意味で最後の公園のシーンは、もっとドロドロするのではないか。やや唐突な終わり感はある

          【250字レビュー】おもろい以外いらんねん

          【250字レビュー】かか

          読み進めるうちに、しわがれた祈りの声のようなものがじりじりと迫ってくる。擦り切れるような痛みが充満した家。主人公は母親を産み直したいと願う。これは愛情で固められた苦しい関係に対する最大の叫びなのかもしれない。けれど結局母親はそのまま生き続け、ジリジリとした不快さがただ続く。最後に漂うのは悲しみでも孤独でもない、主人公が自分の存在を感じるのは痛みの中だけ。痛みから解放されたいけれど、痛みがなければ存在できない閉塞。存在させられることの苦しみ。

          【250字レビュー】かか

          【250字レビュー】教団X

          モラルを一旦保留して人間の奥に踏み入り、世界を分ける営み。「善と悪」「意識と存在」を分ける。高原は全てを奪われ死に近い場所まで放逐されるが、そこに超越的なものはない。欲望に飲まれた沢渡は肥大化する。松尾はあらゆる多様性を愛する。「大きな物語の中を身体に力を入れて通過しなければならない」といい、松尾は世界を肯定し続ける。こちらはどのように考えればこの世界の価値を見いだせるのか。大きな物語をどう理解すればよいのか。枠組みとしての答えは多分この物語にある気がする。スライムみたいな何

          【250字レビュー】教団X

          【250字レビュー】猫を棄てる 父親について語るとき

          歴史の意味は歴史を「引き受ける」ことにある。戦中世代の父親と戦後世代の彼、加えて性格的な強固さで上手く関係できなかったとしても村上春樹は父を引き受けようとして生きている。小説家とは、(それがどのような人間であれ)身近な人間を心の繋がりとして引き受け、そこに写る像や自分の心の動きを観察し、言葉にする存在という感じがする。また、たとえその人間とうまく関係できなくても、人間はそれぞれの形で引き受けることはできるのだと感じる。むしろ徹底的に引き受ける道の模索や葛藤が、小説家の営みなの

          【250字レビュー】猫を棄てる 父親について語るとき

          【250字レビュー】世界の終わりとハードボイルドワンダーランド

          20年ぶり再読。「私」の中の閉じた完全な街に「僕」がいる。「私」は現実の危険にさらされた後、肉体的死の宣告を受ける。この不条理に「私」は怒るが、どこか冷めている。すでにあらゆるものを失っているからか。彼の失ったものは「僕」の街の幻想的な獣の頭骨の中にある。これを「僕」が取り出す。つまり「僕」は冷めていく「私」の中で記憶を呼び起こそうとしている。けれど最終的に、「僕」と「私」は分裂したように思える。そうすると「僕」の「影」は「私」なのか。「僕」は博士の言う「思念」として「世界の

          【250字レビュー】世界の終わりとハードボイルドワンダーランド

          【250字レビュー】こちらあみ子

          どういうこと?という気持ちのままぐいぐい先に進む。読み終えてしばらくしてあみ子にはあみ子なりの筋が通っていると気づく。あみ子に恨みや悪意が希薄なのは何でも忘れるからか。大人になっていく周囲は異質な存在に対する悪意を向けるが、あみ子は左右されない。純粋にのり君が好きなだけ。社会一般の筋から追うと悲劇的だが、あみ子には関係ない。坊主頭の男の子だけが対等に向き合う。彼の滲む優しさは感じているみたいだけど、社会的な自己像の曖昧なあみ子はうまく関係できない。純粋さへの驚きとじんわりとし

          【250字レビュー】こちらあみ子

          【250字レビュー】消滅世界

          夫は科学的な交尾で子供を提供する先進的社会の人。母親は旧来のロマン的セックスを受け継ぐ保守的存在。この狭間で主人公はヒトとのセックスを引きずりながら、セックスを排除する社会に順応しようとする。セックスを遠ざけてもまた手元に置いておいても、主人公は「正しく」なれない。だから自分で新たな行為として作り出すしかない。私たちは中心付近にセックスが配置された「こうあるべき」社会で生きている。でもこのセックスの姿はよく見えない。ロマン的だったり汚らわしかったりする。みんなこの扱いにひどく

          【250字レビュー】消滅世界

          【250字レビュー】風の歌を聴け

          二十数年ぶりに再読。主人公は内側を覗き込むのではなく、周囲の人間や架空の物語に自分を投影する。自分の形を少しずつ感じ取ろうとする。内部の衝動と周囲のバランスをとりながら、慎重にはみ出さないようにバランスを取るような文章。セリフや展開は軽快で「これ以上は語らない」という線を保つ。気取りにも感じるけど、これが村上春樹の形なのだと感じる。内面臭さから離れたところで、自分の内面を確認する営みというか、湿ったところに向かわないための固い枠のなかでもがくという感じか。今改めて読むと、主人

          【250字レビュー】風の歌を聴け

          【250字レビュー】ニムロッド

          文藝春秋にて読了。ダメな飛行機コレクションからバベルの塔、塔の上からの離陸といったイメージがスーッと染み込む透明な感触。この物語の中で何かモノとしての感触を与えるのはダメな飛行機のイメージだけ。田久保紀子も荷室も存在が希薄で、それぞれ自己の内側にこもっている。この2人を繋ぐ主人公のiPhone8とプロジェクター画面といった仕掛けも荷室の書く小説と相まってSF的なクールさ。透明な青いフィルター越しのイメージ。未来の抽象化された無機質で孤独な生活か。現代はすでに未来なのかもしれな

          【250字レビュー】ニムロッド

          【250字レビュー】1R1分34秒

          文藝春秋にて読了。詩かツィートのような短い一文のリズムや率直な感覚表現がピュアな感触。カメラに饒舌に話す感じも子供みたい。スレるギリギリのラインで一貫したあるべき姿を模索する葛藤か。友だちの作る映像はボクサーのロマンを写しているのかもしれない。実際には最後に混乱しながらこの映像をみて自分に挑む。弱さをないがしろにしない誠実さ。ボクサー以外ではあり得ない自分とボクサーとしてはやれない自分が同居。取り繕いやノイズを省き、ただ飢餓感を勝つことに収斂させていくことで今の自分を保とうと

          【250字レビュー】1R1分34秒

          【250字レビュー】背高泡立草

          文藝春秋にて読了。ワンカット長回しの映画のような描写。何気ないシーンがすごく緻密で、映像を丁寧にうまく言葉に起こしたらこういう文章になるのかもしれない、と思った。小さな空間を時代を越えてリアルに描く。ただこの島を舞台として描くとすれば、中心ではない2つのエピソードももっと同じ分量で深く広く読みたくなる。またメインの話とのつながりももっと探したくなる。舞台の「島」は、自分たちのあり方を確認するための場所という感じか。時間を留めおきたい気持ちか、一瞬を繰り返す切なさもある。やりと

          【250字レビュー】背高泡立草

          【250字レビュー】現代小説クロニクル 1985~1989 (講談社文芸文庫)

          どの作品も足元の不安はないというか、目の前に切羽詰まったものはない。時が止まったような作品群という感じ。村田喜代子「鍋の中」は数日を田舎のおばあさんの家で過ごすいとこや姉弟の話。特にこの作品では時間がじっとりと流れる感じがする。老人の曖昧な記憶で自分たちのルーツも曖昧になっていく主人公や縦男。田舎での平和なやりとりかと思いきや最後は無限の時間のなかでおばあさんも自分が誰なのか迷っているようにも思える。人間はこうしてぼんやりとじっとりと消失する不確かなものかもしれない。

          【250字レビュー】現代小説クロニクル 1985~1989 (講談社文芸文庫)