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【250字レビュー】教団X
モラルを一旦保留して人間の奥に踏み入り、世界を分ける営み。「善と悪」「意識と存在」を分ける。高原は全てを奪われ死に近い場所まで放逐されるが、そこに超越的なものはない。欲望に飲まれた沢渡は肥大化する。松尾はあらゆる多様性を愛する。「大きな物語の中を身体に力を入れて通過しなければならない」といい、松尾は世界を肯定し続ける。こちらはどのように考えればこの世界の価値を見いだせるのか。大きな物語をどう理解す
もっとみる【250字レビュー】猫を棄てる 父親について語るとき
歴史の意味は歴史を「引き受ける」ことにある。戦中世代の父親と戦後世代の彼、加えて性格的な強固さで上手く関係できなかったとしても村上春樹は父を引き受けようとして生きている。小説家とは、(それがどのような人間であれ)身近な人間を心の繋がりとして引き受け、そこに写る像や自分の心の動きを観察し、言葉にする存在という感じがする。また、たとえその人間とうまく関係できなくても、人間はそれぞれの形で引き受けること
もっとみる【250字レビュー】世界の終わりとハードボイルドワンダーランド
20年ぶり再読。「私」の中の閉じた完全な街に「僕」がいる。「私」は現実の危険にさらされた後、肉体的死の宣告を受ける。この不条理に「私」は怒るが、どこか冷めている。すでにあらゆるものを失っているからか。彼の失ったものは「僕」の街の幻想的な獣の頭骨の中にある。これを「僕」が取り出す。つまり「僕」は冷めていく「私」の中で記憶を呼び起こそうとしている。けれど最終的に、「僕」と「私」は分裂したように思える。
もっとみる【250字レビュー】こちらあみ子
どういうこと?という気持ちのままぐいぐい先に進む。読み終えてしばらくしてあみ子にはあみ子なりの筋が通っていると気づく。あみ子に恨みや悪意が希薄なのは何でも忘れるからか。大人になっていく周囲は異質な存在に対する悪意を向けるが、あみ子は左右されない。純粋にのり君が好きなだけ。社会一般の筋から追うと悲劇的だが、あみ子には関係ない。坊主頭の男の子だけが対等に向き合う。彼の滲む優しさは感じているみたいだけど
もっとみる【250字レビュー】消滅世界
夫は科学的な交尾で子供を提供する先進的社会の人。母親は旧来のロマン的セックスを受け継ぐ保守的存在。この狭間で主人公はヒトとのセックスを引きずりながら、セックスを排除する社会に順応しようとする。セックスを遠ざけてもまた手元に置いておいても、主人公は「正しく」なれない。だから自分で新たな行為として作り出すしかない。私たちは中心付近にセックスが配置された「こうあるべき」社会で生きている。でもこのセックス
もっとみる【250字レビュー】風の歌を聴け
二十数年ぶりに再読。主人公は内側を覗き込むのではなく、周囲の人間や架空の物語に自分を投影する。自分の形を少しずつ感じ取ろうとする。内部の衝動と周囲のバランスをとりながら、慎重にはみ出さないようにバランスを取るような文章。セリフや展開は軽快で「これ以上は語らない」という線を保つ。気取りにも感じるけど、これが村上春樹の形なのだと感じる。内面臭さから離れたところで、自分の内面を確認する営みというか、湿っ
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