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デイビッド・リンチ監督 『イレイザーヘッド』 : 原点にして〈エッセンス〉

映画評:デイビッド・リンチ監督『イレイザーヘッド』

『ツイン・ピークス』『ブルー・ベルベッド』などで知られる、鬼才デイビッド・リンチの長編映画デビュー作である。

私は、テレビドラマ『ツイン・ピークス』(第1期、第2期)と長編作品のすべて、および実験的な短編のいくつかの作品を鑑賞した段階でこのレビューを書いているが、本作『イレイザーヘッド』は、「栴檀は双葉より芳し」という綺麗な表現が皮肉に映るほど、「リンチは最初からリンチであった」ということをわかりやすく教えてくれる作品である。
その意味では、リンチファンの期待を裏切らない「いかにもリンチな作品」だと言えるし、リンチの作風を知らない人には「かなりクレージーな作品だから、覚悟して視るように」と助言しておきたい。

長編作品なので、いちおうの筋はある。
つきあっていた彼女からの連絡がないので会いに行ってみると、彼女から突然、妊娠の事実を事実を告げられ、主人公は、結婚の覚悟を決めて彼女の実家へ挨拶に行くが、一一この家族がまず、少し変である。また、彼女の家族との食事シーンでは、いかにもリンチらしい、気持ちの悪い小道具も登場して、悪夢的な世界に導入される。

自分の部屋で、妻となった彼女と産まれた赤ちゃんとの三人暮らしを始める主人公。妻が産んだ子供は「未熟児」ということになっているが、どう見ての「フリーク」である。

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腕も脚もない包帯でグルグル巻きにされた30センチほどの扁平な楕円形の体から、首だけがにょっきりと生えているのだが、その頭部は、人間というよりも「耳のない剥き身の馬」のようで、じつに不気味。また、その児が、顔に似合わず、ひ弱な赤子の声で夜泣きをする。やがて、赤子の世話に疲れた妻は実家へ帰ってしまい、主人公が一人で赤子の面倒を見ることになる。
彼のアパートの向かいの部屋には、色っぽい中年女性が住んでおり、時々彼に思わせぶりな態度を見せていたが、ある夜、彼の部屋で関係を結ぶものの、その夜も赤子が不気味な声で泣きはじめ、それが原因なのだろう、彼女との関係も一方的に絶たれてしまう。
赤子の世話に疲れた彼は、思い余って赤子を殺そうとするが、そのなかで不気味な悪夢の世界にとらわれてしまう。

一一と、これだけの話であり、セリフも少ない。特に捻った展開もなく、最初からかなり不気味な世界が、期待どおりに、さらに不気味で歪んだ悪夢的世界にのめり込んでいく、そんな作品である。

したがって、これは、いわゆる「面白いか面白くないか」というような作品ではなく、「好きか嫌いか」の作品ということになるだろう。
自身のなかのどこかに「不穏な暗さ」の存在を感じている人には、これはそうしたものを映像化して代弁してくれる作品として、他に代えがたい魅力的な作品であろうし、あっけらかんとした「昼間の世界」に生きている人には「意味不明で不気味なだけ」ということになろう。
だが、私たちが日常生活を営むこの現実世界に対し、すこしも「不穏な暗さ」を感じない人というのは、あえて言えば、一種の不具者なのではないだろうか。

デイビッド・リンチという人は、心の表面に開いた小さな傷口に指を突っ込み、そこから、中に潜んだ「黒い膿」を搾り出さないではいられない人のなのであろう。
それは傍目には「悪趣味で自虐的」と映るのだろうが、実際のところ本人は「膿を搾り出す快感」に浸っているのではないだろうか。
またその一方、そうした膿の存在を忘れて、膿の毒に脳まで犯されてしまった人たちが、能天気に明るい日常という表舞台の「書き割り世界」に生きているのではないだろうか。

私たちの、抑圧された感情としての「無意識」は、けっして明るいものでなどあろうはずがないのである。

初出:2020年11月14日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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