見出し画像

【詩人の読書記録日記】栞の代わりに 9月5日~9月11日

はじめに

こんにちは。長尾早苗です。秋がやってきたのか夏がぶり返しているのか冬がいきなりきたのかわからない気候が続きますが、どうぞみなさまお大事に。

9月5日

昨晩、エッセイと詩をエントリーしている雑誌のエッセイを提出しました。今日はその詩と、他の雑誌の詩を推敲。朔太郎賞、決まりましたね! 大先輩の納得のいく結果です。これからも詩壇は若手が盛り上げていってほしい。先輩だって若手なのです。

9月6日

寒い寒い! 雨の降らないうちに散歩。いつものコーヒー屋のマスターと談笑しながら豆を買いました。芋羊羹とコーヒーを食べて飲んで推敲・読書。

・野村喜和夫『稲妻狩』思潮社

あらかじめ用意されたあ行からわ行への「キーセンテンス」を必ず使い、短い詩を作ること。俳句の季語のようで、野村さんらしいなあと思います。その中で、人間としての根源的な欲求、愛するということ、睦合うということ、コミュニケーションをするということ、伝えあうということが織りなされていきます。キーセンテンスはすべてフォントが大きくなっており、これは英訳する時にも英語と親和性が高いように感じました。英訳で読んでみたい詩集でもあります。

・小池昌代『野笑 詩集』澪標

小池さんは不思議な方だ。インカレポエトリに携わらせていただいて、彼女ご自身の発言をYoutubeやLINEで見る前までは、そう思っていました。でも、詩人ってみんな不思議だよなあと思ったのはわたし自身詩人になってからです。ただ、彼女の書く「わたくし詩」には不思議な点が一切なく、いくら「小説を書くこと」などが「わたし」にとって「残酷」なことであれ、そこにいくらかのフィクションはあるように感じるのです。つまり、「わたくし」を描くときに「わたくし」が持つ湿度とか温度とかを別の誰かに変異させているのだと思います。ことばにはそういうちからもあるのでしょうか。

・村上春樹『女のいない男たち』文藝春秋

この読書感想文を書くのはわたしにとってかなり勇気のいることなので書いておきますね。わたしは学生時代、フェミニズム批評として文学作品を読んでいて、学生時代にこの作品や村上春樹作品を読んだ時に、何か「わたしの信じていること」と違う、と感じたんです。しかし、この作品集の中の「ドライブ・マイ・カー」が映画化されてその原作を読んでみようと思い立ったとき、直面するよりほかなかったんです。どうしてこの短編が3時間という長さの映画になったのか。そして、劇中劇の「ヴァーニャ伯父」がどうして必要だったのか、考える必要がありました。主人公の家福が、どうして家福という本名の必要性があったのか。それは、村上春樹がいつも「喪失した男」の「語りによるセルフ・セラピー」を描いているからです。家福は愛した妻が浮気をしていたのを知っていた。しかしそれに耐え、それなのに喪ってしまった。それをみさきに「語る」必要性がありました。家の福がなくなってしまったんですね。だからこそ別人格になれる俳優として生きるよりほかありませんでした。今回「ドライブ・マイ・カー」は「シェエラザード」「木野」という他の2編と一緒に映画化されていると気がつき、非常に納得がいきました。それは3時間はかかります。わたしたち女性は男性に搾取されるものではありませんが、男性が語りによる自身の喪失の癒しを得るとき、かならず本当の愛をささげているのはわたしたち女性であったり、他ならぬ家族だったり親密な関係の人に他ならないと気がつきました。

9月7日

瀬尾まいこ『僕の明日を照らして』回送中。加藤シゲアキ『閃光スクランブル』、伊吹有喜『彼方の友へ』予約。今日は移動図書館の日です!楽しみ。

・長嶋有『新装版 春のお辞儀』書肆侃侃房

長嶋有さんといえば『猛スピードで母は』の芥川賞作家と答えていました。ですが、俳人の一面もあったことに少なからず驚き、また愉快でちょっとユーモアにあふれた視点で句作をすることになんだかあたたかい緑茶でも飲んだようです。なんとなく、俳人の中にはこの視点を受け入れられる人とそうでない人がいるのかもしれませんが、こういう視点を持つ人はわたしは好きです。割られた後のくす玉と秋の暮れという付け合わせは見事ですし、なぜか不安に思ってしまう世界の「影」を安心させる効果があると思いました。

・堀本裕樹『NHK俳句 ひぐらし先生、俳句おしえてください。』NHK出版

俳人のひぐらし先生の所に突然現れた青年、山吹もずく君。彼がひぐらし先生と暮らしや食を共にするようになり、師弟関係が親密になっていくこの小説形式の俳句入門はみなさんに読んでほしいです。普通、このように一人の俳人が弟子をとることはあまりなく、主宰がいる「結社」に入るのが普通です。しかし、読者にわかりやすくするようにもずく君とひぐらし先生を師弟にしたのが面白いところですね。旬の食材、旬のもの、天気。すべてに季語が与えられたこの世界はなんと豊かなのでしょうか。

・群ようこ『パンとスープとネコ日和 婚約迷走中』角川春樹事務所

ドラマ、ハマりましたねえ……! アキコ役に小林聡美さんが出ていて、絶対に見ようと思ってアマゾンプライムで毎晩見ていました。そうか、しまちゃんもしまちゃんなりに悩んでいたんだな。出版社を辞めて、亡くなった母の代わりにサンドウィッチとスープだけのランチ屋を始めるアキコ。そんな彼女のもとへ体格の良い大柄なさばさばとしたしまちゃんというバイトの女の子がやってきます。しまちゃんは恋人のシオちゃんに結婚を迫られているのですが、しまちゃんは「結婚する」ということに今一つ納得がいかず……たぶん、世の中の女性の多くはしまちゃんのような悩みを抱えているのかもしれません。縛られたくない、自分のことは自分でしたいから相手も縛りたくない。そんな思いに共感できる女性も多いと思います。結婚してしまちゃんも何か変わるのかなあ。続きも気になります。

9月8日

新作1編。今日は家にいる時間がいつもより長いのでがんばります。加藤シゲアキ『閃光スクランブル』回送中。

・群ようこ『かるい生活』朝日新聞出版

群さんのエッセイは年齢を重ねるごとに滋養が増してくるなあと思っています。彼女自身が「しがらみ」から解放され、漢方や健康を意識するようになったからかもしれません。ひとはみんな老いていくけれど、その変化でさえ「楽しもう」という軽やかなまなざしを感じます。恋に恋していた十代、二十代を経て、懐かしく思い返したり、生活の日々の充足を味わったり。何をもって自分の「充足」と呼ぶのかは人それぞれですが、人とそれが違うけれど自分は満たされていたいなあと思います。

・ハオ・ジンファン 及川茜訳『ハオ・ジンファン短編集』白水社

ジャンルとしてはSFなのだけど、見事なまでに社会風刺が織りなされていますね。2019年以前の中国、彼女がひりひりと感じ取っていたことをフィクションに昇華し、物語に仕立てている。何年も先の未来を描くことは、「文明」を古代から調べ、また未来にどう系譜的につながっていくのかを書くことだと思っています。それだからこそ、SFというジャンルは書くのが難しく、しかしよい作品は読んでいて「現代」の問題も秘めているため、わたしたちに語りかけてくるものが大きいと思っています。大きな問題提起のようなものを感じました。

・リン・イーファン 泉京鹿訳『ファン・スーチーの初恋の楽園』白水社

とても、生きにくい方だったんですね。この小説は彼女が亡くなる前に書かれた絶筆ですが、彼女自身が「本当の体験」として残しておきたかった何かがいたいほどわかります。自分を壊されたい、誰かとつながりたい、だからどんな卑劣な手段であれ相手に体を任せてしまうというのは恋に恋した初恋をするティーンエイジャーが求めている一種の心理なのかもしれないけれど、それを変な大人に利用されるのはわたしだって許すことはできないと思います。彼女自身もファン・スーチーとなってこの世に「小説」という形で人生を遺しましたが、なんというか……彼女は何も悪くないと思います。しぶとく生きるとは本当に大変なことだと思いますが、見極めも難しいし、彼女なりに出口を探したかったのかもしれません。書き続けていってほしかったなあ……。だからこそ、わたしは彼女の遺志を「読者」として受け継いで、生きることを選びました。生きていると色々なことが大変だけれど、勇気を出して一歩前に進んでみる。誰かと伝えあう。そういったものを自分で阻害しないようにしたいなあと思います。

9月9日

・さだまさし『いのちの理由』ダイヤモンド社

2011年12月にまとめられたエッセイ集ですが、このころとさださんは多分考え方が流動的に変わっていったのではないかと思います。政治もこの国でも他の国でも流動的ですし、何か芯のあるものを持っている人の方が少ないように感じます。この本を読んで、「業の肯定」ということばを思い出しました。さださんは落語研究会にいたからご存知だと思いますが、よく落語ではおっかさんがととさんに「しょうがないねえ、あんたってひとは」というセリフが登場します。ご隠居さんが与太郎に言うセリフもそうです。業というものはよいことも悪いことも含め、人間の生きていくうえでのすべての考え方や行動です。震災後、そして今になっても、「しょうがないねえ」と受け入れられるようなものが減っているのではないかとわたしは危惧しています。「業の肯定」をみんなが少しずつ受け入れられるようになったら、この世界は変わると思うんだけどなあ。

・キム・へジン 生田美保訳『中央駅』彩流社

この世界には光と影があって、その暗闇を書くこと・読むことで救われる人も少なからずいるのだと思います。わたしが特に衝撃だったのは若い男性がホームレスに転落する小説。全財産をつめたカバンをホームレスの女性に盗まれ、しかしその女性とは関係を持ってしまい、これは愛なのかなんなのかわからないまま日々を過ごしていきます。人が生きる時間というものは人それぞれだけれど、とりあえず与えられた1日は24時間と一定です。どう過ごすかは個人個人の問題で。どうしたら幸せに生きられるのか、自分の人生を変えたかったら何から始めなければいけないのか、もう一度考え直しました。

9月10日

用事のついでに本を返却し、スッキリ。ちょっとバタバタしていた日でした。

9月11日

秋風を感じる中、推敲。アイスコーヒーも飲み納めなので、マスターに淹れてもらいました。友人が引っ越してしまって、縁遠くなっていたのですが、彼女に幸せなことがありました。またいつか、一緒に笑いあいながらコーヒー飲もうね。結婚おめでとう。どうか、みんなが角付き合わず、平穏であたたかなまるい生活が送れますように。

・加藤シゲアキ『閃光スクランブル』KADOKAWA

アイドルグループに所属する亜希子。パパラッチ写真家として最低の道を行く巧。そんな二人の運命的な出会いと変化を彩りよく描き出した作品です。加藤さんもアイドルのため、業界的に詳しい所も多々あるでしょうし、彼がこの作品を書くことで自分の生きる糧を導き出したのだろうと思えるのも無理はありません。亜希子の不安による幻覚と不倫、巧の抱えるパパラッチとしてのスティグマ、それゆえのタトゥー、そんな二人が出会って、逃避行を続けた先に待っていたもの。読者だけが理解できる二人の行く末が「キラキラ」とは程遠い、けれど前を向いた所に待っています。

・瀬尾まいこ『僕の明日を照らして』筑摩書房

悪って、なんなんだろう。この小説は本当に虐待小説なのかなと考えさせられました。反抗期の隼太は「お父さん」である優ちゃんに暴力を毎夜振るわれています。しかし、優ちゃんには殴ってしまったときの記憶がなく、殴ってしまった事実に悲しみを抱いています。隼太は優ちゃんを必死でかばい、優ちゃんのためにアンガーマネジメントをしたり、自分でカウンセリングしていきます。そこに「お母さん」は不在。優ちゃんと隼太は次第に仲良くなり、親密になっていきます。しかしそのことを「お母さん」なぎさは受け止めきれず……。かなり重いテーマですが、隼太自身は素晴らしいことをしたと思いますし、「家族」の本当の意味での「愛」とはなんだろうと考えさせられました。

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,460件

#海外文学のススメ

3,236件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?