鈴木太緒

岩手県花巻市在住。猫3匹と同居。詩誌『十字路』『舟』同人。小説『ネアンデルタールの朝』をnoteと公式website に掲載中。https://www.neanderthal-no-asa.com/ 普段は教会の牧師の仕事をしています。

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    • 小説『ネアンデルタールの朝』第三部

      小説『ネアンデルタールの朝』第三部を掲載しています。毎週(月)~(金)更新予定です。

    • 小説『ネアンデルタールの朝』第二部

      小説『ネアンデルタールの朝』第二部を掲載しています(全24回)。章ごとにまとめた投稿もあります。

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    2022年のわらべうた その他1編

    2022年のわらべうた 「くろいまりあは つちのなか くろいまりあを ほりおこせ」 ぺちゃくちゃおしゃべり わたしわるいこ いいこになるには くちなしのはな 「くろいまりあを ほりおこせ くろいまりあは つちのなか」 べたべたおさわり わたしわるいこ いいこになるには いろなしのみず 「くろいまりあは つちのなか くろいまりあを ほりおこせ」 おそとにでたがる わたしわるいこ おひさまごめんね ゆめでおでかけ 「くろいまりあを ほりおこせ くろいまりあは つちのな

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      • 2021年12月12日礼拝メッセージ「荒れ野に道を備えよ」

        2021年12月12日の礼拝でのメッセージを掲載しています。コロナワクチンついての所感、自分がワクチン接種をしないことを決めた経緯についても述べています。宜しければご覧ください。 …… 聖書箇所:マルコによる福音書1章1-8節、ペトロの手紙二3章8-14節、イザヤ書40章1-11節 タイトル:「荒れ野に道を備えよ」 アドベント第3週  私たちは現在、教会の暦で「アドベント」(待降節)の中を歩んでいます。アドベントはイエス・キリストがお生まれになったクリスマスを待ち望み、

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          【歌】河童に会いたい

          『河童に会いたい』 作詞・作曲:Tao Suzuki  編曲・演奏:種太郎 河童に会いたい 河童に会いたい 君達はほんとにどこへ行ってしまったのか ちょっとずるくてそしてやさしい 君達は もうどこの川にもいないのか 土にかえってしまったのか ・・・僕をひとりにしないでくれ 鬼に会いたい 鬼に会いたい 君達はほんとにどこへ行ってしまったのか 力持ちで 少し気の弱い 君達は もうどこの山にもいないのか それとも角の取れた君達の幾人かは、 今も背広を着て、たとえばススキノのあたりで 汗水たらしているのか ・・・僕をひとりにしないでくれ あらゆる異形のものたちよ 君達はほんとにどこへ行ってしまったのか ・・・僕をひとりにしないでくれ (自主制作アルバム『種太郎1』所収、2005年3月5日発売) 種太郎: Tao Suzuki, Yo-hei Takahashi, Masahiro Goto, Sho-hei Miyoshi recording engineer:Yu-ya Ueno この曲を録音した2004~2005年当時、「妖怪ソング」なるものをつくることがマイブームでした。特に好きな妖怪は、河童です。変てこな歌ですが、宜しければ聴いてください♪ サムネイルに使用している写真は、岩手県遠野市の河童淵で撮影したものです(2021年8月に撮影)。河童と会える(?)ことで、有名な場所です。いまのところ、私はまだこの場所で河童には出会えていませんが、次こそは(?)と思っています。

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          • 【詩】架け橋

            年月をかけて  守り育んできた教理 年月をかけて 築き上げてきた教会 それは一つの橋だった 年月をかけて 受け継いできた信仰 それも一つの橋だった つま先とこの手の先で かろうじて水平のかたちを保っている この私も橋だったのか 次の約束の地へ降り立つための…… そう思い至ったとき これまでの労苦は  感謝と賛美の歌へと変わり始める 年月をかけて  守り育んできた 教理 築き上げてきた 教会 受け継いできた 信仰 それは一つの橋だった それらは一つの橋だった

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            【詩】転調

            ふと聞こえてきた音楽 懐かしいような音楽 呼び覚まされる軽やかな感覚 これは小学生の頃だろうか 中学生の頃だろうか それとも高校生の頃の感覚だろうか はっきりとした記憶というわけでもない 断片的な 思い出にもなっていない 身体のどこかにおぼろげに残っている それでいて明るい場所へ引き上げてくれるような  軽やかな感覚 それはハッと僕の心を変調させ  口元にやわらかな微笑みを浮かべさせて また淡く消えてゆく 記憶の糸のほつれをほどいている間に ふと漂ってきた匂い 懐かし

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            【詩】ただ結びあわせよ

            ――ただ結びあわせよ。……(' Only Connect……’) (E・M・フォースター『ハワーズ・エンド』の扉より。長田弘氏による訳) 日常意識のすぐ下層 無意識の海中でとぐろを巻く蛇 ときにそれは幾重もの不透明なイメージで対象を囲い ――硬質なウロコで―― あるがままの在りようを見失わせ やがて私たちから生気を失わせる 私たちホモ・サピエンスの内から 日常意識のすぐ下層 無意識の空中でとぐろを巻く蛇 ときにそれは幾重もの透明なイメージで対象を包み ――柔らかな羽毛で―

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            再生

            【歌】この悲しみの道の上に

            本日投稿した動画は、2001年に作った「この悲しみの道の上に」という曲を新たに録音し直したものです。 ♪この悲しみの道の上に(2001年11月11日) ああ 僕は死海のほとりに迷いこんでいる 上着も着ずに ああ とりあえず 歩き出そう あの人が死んだ ゴルゴダの丘へ ああ 僕には見える 十字架を背負って 歩いてく みじめな あの人が 僕は泣きながら追いかけるけど 見物人にはばまれ 前へ進めない あざわらう人々の声が 僕の頭を痛くする 「投げてみろよ」と僕によく似た少年が石を手渡す この悲しみの道の上で 僕らの ゆくてに 変わることのない 愛を 僕らの こころに あの朝日のような 強さを やすらぎの草原に たどりついたと思ったら 地雷が埋まっていた あの人が死んでから どれくらい月日がたったろう 一体 人間は何を学んできたのか あの人は見ただろうか あの きのこ雲を あの 収容所を あの ビルを (生きるって何なの どうして こんなに悲しいの  あの人の言葉は 一体どこへいったの) 僕らの ゆくてに 変わることのない愛を 僕らの こころに あの朝日のような希望を この悲しみの道の上に この悲しみの道の上に この悲しみの道の上に この悲しみの道の上に 作詞・作曲 鈴木太緒 録音 2021年9月11日 ・・・ この曲が生まれるきっかけとなったのは、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロでした。 当時高校生3年生であった私も、世界貿易センタービルに飛行機がぶつかる映像、ビルが崩れ落ちる映像をテレビ中継で見て、大変な衝撃を受けました。 自分でもよく言葉にできない悲しみを感じながら、事件から2か月後の2001年11月11日に作ったのがこの曲です。 タイトルにもなっている「悲しみの道」は、イエス・キリストが処刑場まで十字架を背負って歩いていった道のことを言います。 この曲を作ってから、今年で20年が経とうとしてます。残念ながら、「悲しみの道」はいまも続いています。 悲しみの連鎖、報復の連鎖は断ち切られず、現在に至っています。 この悲しみの道の上にうずくまりそうになりながら、それでも、悲しみがいつか喜びへと変わることへの希望を失わないでいたいと思います。 「僕らの こころに あの朝日のような希望を」――。 聴いて頂けたら嬉しいです。

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            追悼 那須正幹さん ~『絵で読む広島の原爆』のご紹介

            『ズッコケ三人組』シリーズで知られる児童文学作家の那須正幹さんが、7月22日に逝去されました(享年79歳)。心から哀悼の意をささげます。 私も小学生の頃、『ズッコケ三人組』が大好きで、シリーズを夢中になって読んでいました。那須正幹さんの作品を通して、物語の面白さ、読書の楽しさを教えていただいたように思います。『ズッコケ三人組』のファンクラブにも入り、大好きなあまり、小学5年生の終わりにファンレターを送ったこともありました。小学生である私の手紙に対して、那須さんは丁寧にお返事

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            Francesco ~ほんとうの幸い~

            ~Francesco 1 ~                       兄弟なる太陽が まばゆい光を注ぐ初夏の日の午後 たまたま立ち寄った湖のほとり ひとり沐浴するあなたを見た なつめやしのような立ち姿(雅歌7:8) 豊かに実る 柔らかな乳房(雅歌7:8) 磨かれた彫り物のごときあなたの太もも(雅歌7:2) 木漏れ日の中で息をひそめながら 神が創りたもうた最上の美を見た 姉妹なる満月が ひそやかな光を注ぐ初夏の日の夜 黙想しつつ歩く石の回廊で 沐浴するあなたを思い起こす

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            「わたし」が芽吹く

            詩人・山之口貘さんの代表作に『生きる先々』という詩があります。生きる先々で自分には詩が必要であることを切実かつユーモラスに謳っている詩です。20歳前半の頃、私はこの詩の内容にとても共感していました。 僕には是非とも詩が要るのだ かなしくなっても詩が要るし さびしいときなど詩がないと よけいにさびしくなるばかりだ。… (「生きる先々」『山之口貘詩文集』所収、講談社文芸文庫、1999年) 20代前半だった頃、私は毎日のように詩を作っていました。詩がなくては生きていけないという

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            近況

            パソコンの前に座って仕事をしていると 物語がやってきた とりあえず手を止めて この珍しい客人を迎え入れる ポツリポツリと 身の上を聞いている内に やがてお話は大きくなってゆき (この忙しいときに限って) と呟きながらも 僕は興奮を隠せないでいる 気が付くと 物語は僕の頭の中を完全に仮住まい 道を歩いている時も 食事をしている時も 物語は自身を物語ることを止めない (困るよ 本業がおろそかになってしまう) やるべきことのリストを眺めつつ (それにこれからお客さんが来るんだ

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            グノーシス ~早く咲きすぎた薔薇のつぼみ

            1、 グノーシス 早く咲きすぎた薔薇のつぼみ いまだ茎が芽をださんとしている時に 花開こうとしたあなたたちは 教父たちのはさみにより 容赦なく切り落とされていった 教父は語る―― 「信じなさい  神があなたの外におられることを」 2、 グノーシスよ 真実により近くしかしあまりに時季早く 花開きかけたあなたたちの存在自体が 教父たちに理解されることはなかった 私たちは見た 土の上に落とされたつぼみが寄り集まり いつしか十字架を形づくっていったことを 3、 グノーシスよ あ

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            わたしはある ~存在をなかったことにはしない

            出エジプト旧約聖書(ヘブライ語聖書)に『出エジプト記』と呼ばれる書があります(英語では『エクソダス』)。 「出エジプト」は、神がモーセという人物を通してイスラエルの民をエジプトから脱出させた一連の出来事を指します。旧約聖書の中で最も重要な出来事とされており、古代イスラエルの人々にとって信仰の「原体験」となっている出来事です。出エジプト物語を映像化した映画『十戒』(1957年)をご覧になった方もいらっしゃることでしょう(割れた海の中をモーセたちが歩いてゆくシーンが有名ですよね♪

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            わたしは わたしに 会いに行く

            1、 来客があると大抵通す いくつかの部屋 日ごろから小まめに片付けをして ずいぶんと 整えられているように自分でも感じる 扉には「怒り」とか 「敵意」とか「妬み」とか 抽象的でありながらも  一般に 切実な言葉が掲げられている 長い年月をかけて 整理し続けてきた各部屋 ある一定の時間であれば  幼い子どもや猫にも くつろいでもらえるかもしれない とりわけたくさんの人が集う 日曜日には 部屋を区切るパーテーションを取り外して できるかぎりの 広間にする 2、 午後

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            「万人救済」の視点 ~日本の奥底に流れている宗教観

            1、私たちはみな「日本教徒」……!?社会学者の小室直樹氏と評論家の山本七平氏の対談を収めた『日本教の社会学』という本があります(1981年刊行)。長らく絶版になっていて古本で高値がついていましたが、2016年12月にビジネス社より再刊されました。 (山本七平氏の著作では『空気の研究』、小室直樹氏の著作では『日本人のための憲法原論』がおすすめです♪) 本書において最も重要なのは、山本七平氏が提出する「日本教」という概念です。日本教を小室直樹氏が社会科学的に分析し、対話を通し

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            はじまりのとき

            ――神は光を見て、善しとした(創世記1章4節、ヘブライ語聖書) ――神は光を見た、美しかったからである(七十人訳ギリシャ語聖書) 1、 はじまりのとき 意識が生まれつつあるとき すべてが混然と一体化する中 先端の鼻はふとまどろみ 耳がいつもとは異なる音をとらえる 音? それは 声 耳が声をとらえるとき 意識は孵化をし始め 主客未分なる世界の配列が崩れゆく中 まどろんでいた目はふとひらかれ 耳がどこか懐かしい呼び声を聴く 呼び声? それは 「善い」という声 善なる

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