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わたしは わたしに 会いに行く

1、

来客があると大抵通す いくつかの部屋
日ごろから小まめに片付けをして
ずいぶんと 整えられているように自分でも感じる

扉には「怒り」とか
「敵意」とか「妬み」とか
抽象的でありながらも 
一般に 切実な言葉が掲げられている

長い年月をかけて 整理し続けてきた各部屋
ある一定の時間であれば 
幼い子どもや猫にも くつろいでもらえるかもしれない

とりわけたくさんの人が集う 日曜日には
部屋を区切るパーテーションを取り外して
できるかぎりの 広間にする

2、

午後の 愛餐のとき
温かなコーヒーと紅茶を 皆に振舞う
昨晩から用意していた手作りのお菓子も添えて
子どもたちは走り回り 
ある人は軽やかにリードオルガンを演奏し
微笑みは絶えない

3、

「先生 向こうに行っていい?」
子どもたちが廊下へ顔を出す
わたしはハッとして呼びかける
「そっちの方には行かないで」
皿にカップが当たる硬質な音……

4、

皆が帰った夕方
人々の談笑の名残をほうきでかき集め
広間の隅に寄せておく
明るい夕陽の中 黄金色に輝くそれを床に残したまま
ひとり 暗い廊下へ歩き出す

真顔になって
坂を下るように速足で
薄暗闇の中
目の前に浮かび上がる ぶ厚い垂れ幕

5、

奥の部屋
長い年月をかけて 
ただ 詰め込んできただけの部屋
おそらくほとんど掃除をしてこなかった場所
わたしが生き物として
この大地を這いまわる上で生じた さまざまなものを
詰め込めるだけ詰め込んで……

6、

衝動を
汗と粘液を

憧れを 
いとおしさを
わたしにとって大切であったはずのものも

諦念と
痛みとともに
投げ込んで

7、

垂れ幕の隙間から 
部屋の内部を垣間見る

あまりの混沌
あまりの情動
あまりの躍動――
わたしは慄然として立ち尽くす

捨てたと思っていたはずのものもすべて
そのままの姿で 在り続けている
それらは生きて 動いている

整理をしようにも
どこから
手をつけていいのか分からない

わたしは焦燥の中で立ち尽くす

8、

建物の構造上
この部屋こそが中心であることは分かっている
建物の構造上
この場所こそ 至聖所

わたしのこころの内奥
わたしの〈いのち〉
わたしの
わたし
……

9、

「先生 いらっしゃいますか」
朝早く 玄関から誰かの声がする
わたしはハッとしてひきかえす
「はい 少々お待ちください」
喉から絞り出す柔らかな声……

10、

客人の対応を終え
何もない大広間に力なく座り込み
部屋の隅に寄せておいた
昨日の談笑の名残を ただぼんやりと見つめたまま
ひとり 乾いた床の上でため息をつく

するといつしか
視界の隅に小さな光
薄暗闇の中
広間に明けの明星が昇っている

11、

奥の部屋
長い年月をかけて 
ただ 詰め込んできただけの部屋
おそらく一度も掃除をしてこなかった場所
そういえば明け方
いく重にも絡み合う情動の蔦の隙間から
バラのつぼみが見えた……

12、

頭上の
星の瞬きに

わたしは                                                                                                      
頷き返す
自身が自身の〈いのち〉と再びつながる時

わたしは 
わたしに
会いに行く


(初出:詩誌『十字路 24号』、2020年2月発行)


*お読みいただきありがとうございます♪

noteに『ネアンデルタールの朝』という小説も掲載しています。宜しければご覧ください。


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