日本語教師31号 

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【noteおっさん昔話】くさとりばあさん

 むかーしむかし、あるところに、旅好きのおっさんがいました。おっさんは事あるごとに「海外行きたい」と口癖のように漏らしていましたが、流行病が行手を阻んでいました。  それでもおっさんは旅をやめず、過去の戦を学ぶためにうさぎの島に渡りました。  おっさんが不思議なおばあさんと出会ったのは、その帰りに尾道という坂の街に立ち寄った日のことでした。  とん、とん、とん……とん、とん、とん……  最初、おっさんは誰かが布団でも叩いているのだろうと思いました。  石造りの階段を降りてみ

    • うさぎの島の負の歴史

       「うさぎで有名な大久野島へお越しのお客様は、次の忠海でお降りください」  うさぎで有名、か……  安芸幸崎の駅を出発した電車が流した無機質な電子アナウンスは、忠海駅に着く前にも流れた。  金曜の晩に大阪梅田発の夜行バスに乗り込み、翌朝6時に広島県の東福山駅前のバス停に到着した。そこから在来線を乗り継いでやって来た忠海駅。竹原市の小さな港町である。  「忠海」と書いて「ただのうみ」と読む。駅舎に設置されたコミュニティスペースのパネル展示によると、平清盛の父、忠盛が日宋貿易の交

      • 無力だけどできること

         恐ろしいことが起きている。どうやらロシアの軍事行動によりウクライナで民間人の死者が出てしまったらしい。子どもの犠牲者が出たという情報もある。  NATOとロシアの疑心暗鬼に始まった紛争が、互いに武器を取らせ、人々に憎悪の感情を植え付けてしまった。  戦火がこれ以上拡大しないことを願うばかりだが、では自分に何ができるかと考えてみると、己の無力感に空しさを覚えてしまう――  2020年3月1日、ドミニカ共和国で新型コロナウイルスの最初の感染者が確認された。  中国起源とされる

        • ハリス-幕末の大先輩-

           読み始めて、ふふっと笑ってしまった。歴史上の人物でも、私と同じように異国の蚊にナーバスになっていたらしい――  昨年末、静岡に行ってきた。久しぶりの一人旅である。  冒頭の文章は伊豆半島東岸、下田の玉泉寺にあるハリス記念館所蔵の「ハリスの日記」。3日分が日本語訳されパネル展示されていた。  タウンゼント・ハリスは初代駐日アメリカ総領事だ。幕末に来日したアメリカ人といえばペリーが有名だが、ハリスも日本史の教科書に太字で記載されている。  ペリーによって江戸幕府の鎖国が解か

        【noteおっさん昔話】くさとりばあさん

          地震!そのとき

           いよいよ二学期も終盤である。授業は期末考査に向けた復習に入っている。  生徒らが一問一答の問題プリントを黙々と解いていると、廊下側の窓が突然ガタガタと鳴り出した。  「風か?」  誰に問いかけるでもなく、私は独り言ちた。このところ急激に寒くなり、先週などは風が吹きすさんでいた。感染症対策として廊下の窓は開け放たれており、風の強い日はウォークイン冷蔵庫のように冷風が吹き込んでくるのだ。しかし今朝は気温こそ低いが、冬晴れの穏やかな日和だ。  「地震!」  女子生徒が叫ぶわけでも

          地震!そのとき

          『ここでしか聞けない!ドミ共のはなし』のはなし

           「国策ドミニカ日本人農業移住記念碑ということで……」  パソコンの向こうにいる参加者に向かって、私は語り始めた――  昨年3月下旬の一時帰国後、オンラインイベント『ここでしか聞けない!ドミ共のはなし』を開催してきた。  ドミニカ共和国に派遣されていた同期隊員と企画・運営してきたイベントだ。ドミ共や協力隊に関する話を、過去14回、試行錯誤を繰り返し、参加者に伝えてきた。  主な参加対象はドミニカ共和国や協力隊に関心のある人。昨今の世界情勢を受けて派遣されずに日本国内で待機し

          『ここでしか聞けない!ドミ共のはなし』のはなし

          noteの起承転結~希望と後悔を添えて~

          【起】  「のだっちのnoteは形式が決まってるからね」  あれ?みのさんは俺のこと"のだっち"って呼んでたっけ?それとも"のださん"だったろうか。  一時帰国後、彼とは一度も会っていない。ドミニカ共和国を出る飛行機の便も違ったので、直接顔を合わせたのは、昨年2月の連絡所が最後だ。  自分の呼び名も忘れてしまうほど、時間が経った。任国での記憶も日々薄くなっていく。  みのさんは、同期の中でも随一の切れ者。何でも分析したがる頭脳明晰な男である。  青年海外協力隊で、たぶん唯一の

          noteの起承転結~希望と後悔を添えて~

          親切にできない町

           うう~寒い寒いっ!  私は牛丼が2つ入ったビニール袋をぶら提げて、小走りで車に向かった。  年初からの穏やかな天気が一変し、昨日は鉛色の雲が立ち込めた。いかにも冬の空である。冷たい風が吹きすさび、しとしと雨まで降っている。  ドアを開けて運転席に乗り込むと、ようやく人心地付いた。エンジンをかけずとも、寒風を防ぐだけで体感気温が随分違う。  プラスチックの容器越しでも分かるご飯の温かさを冷えた手のひらに感じながら、運転中に倒れないよう助手席に牛丼を据える。エンジンをかけると、

          親切にできない町

          【書評】増田俊也『北海タイムス物語』

           新聞社でどんな人がどんな想いで働いているか、考えたことはありますか――  マスコミ業界が「マスゴミ」と揶揄されるようになって久しい。元新聞社員の私ですら、その蔑称も止む無しと思うぐらい、新聞はじめ従来のマスコミは信頼を失っている。  本書は、新聞がまだ蔑まれることなく一定の評価を保っていた平成初期、新聞がまだまだ元気だった時代の話が描かれた長編小説だ。  物語の舞台は北海道の地方新聞社、北海タイムス社。社員は業界でも最低レベルの低賃金に加えて、長時間労働を強いられている。

          【書評】増田俊也『北海タイムス物語』

          増田俊也『北海タイムス物語』を読んで、いる

           2021年の1冊目は、増田俊也氏の『北海タイムス物語』(新潮文庫)に決めた。昨年買ってから数ヶ月間、机の上に放置されていた、いわゆる"積読本"だ。  海外での記者活動を夢見て、全国の新聞社を受験した野々村巡洋が入社することになったのは、在外支局を持たない地方の新聞社、北海タイムス社だった。記者経験を積んで、他紙に転職しようという思惑も空しく、配属されたのは紙面レイアウトを作成する整理部で……  今で言うパワハラやセクハラが横行する、昭和の香りを色濃く残す平成初期の新聞社を舞

          増田俊也『北海タイムス物語』を読んで、いる

          「命が大事か」

           おっちゃんは、夜回りのスタッフに言った。  ホームレスの命が大事か――  今月から週に一度、ホームレス支援のNPO、Homedoor(ホームドア)でボランティアをしている。  大阪市北区にあるホームドアの事務所横には、家がない人や家があってもDV等々の理由で帰れない人のための一時宿泊施設があり、無料で最長2週間宿泊できる。その間に支援を受けながら、住まいや仕事を探すわけだ。  私は少しでも宿泊者に快適な生活を送ってもらえたらと思い、そこの共用キッチンの掃除や石鹸類の補充な

          「命が大事か」

          郷土史の伝え方、あれこれ

           家からしばらく歩くと王寺町に入り、葛下川沿いに出た。  昼過ぎになって晴れ間が出てきたこの日、堤防上の散歩道では親子連れやランニングに勤しむ人の姿が見られた。土手には色取り取りの野花が咲いている。  人々の口元を覆うマスク以外は、普段と変わらぬ初夏の穏やかな光景だ。  川の水は昨晩の雨で絵筆を洗った水のように濁っており、水鳥が目を凝らして魚影を探している。  葛下川は奈良盆地を南北に流れる大和川の支流で、地元の河合町と王寺町の”自然町境”でもある。  川沿いを歩いて気付くの

          郷土史の伝え方、あれこれ

          地元にまつわるエトセトラ

           大和川に架かる大城橋を、地元の人は「沈み橋」と呼ぶ。名は体を表し、雨が降ればあっという間に路面が浸水してしまう潜水橋だ。  よく晴れ渡ったある日の昼過ぎ。私はマスクを着けて、沈み橋を徒歩で渡っていた――  5月に入ってから、一日3kmほどのジョギングを続けてきた。しかしここ数日、左膝に違和感を覚えていたため、この日は散歩に切り替えてみたのだ。  目的地は故郷である河合町が誇る廣瀬大社だ。  「河が合う町」という名は、ここでも体を表し、河合町付近で大和川の支流がいくつも合流

          地元にまつわるエトセトラ

          感染リスク下げる買い物三原則

           久しぶりに買い物かごを握りしめる。  東京や大阪では“三密”を避けるために、スーパーなどの小売店で様々な対策が取られ始めていると報道で見聞きするが、地元の奈良のスーパーは感染拡大地域と比べるとまだまだ手薄らしい。  注意して買い物せなあかんな。コーヒー豆と鶏ガラスープの素と……  私は極力早く買い物を終わらせるために、購入リストを頭の中で反芻し、売り場をスタスタと歩き始めた――  一時帰国生活も2ヶ月目に入った。  3月24日、成田に到着した足で、そのまま奈良へ帰った私は

          感染リスク下げる買い物三原則

          【回想】おじいちゃん

           人生で初めて読んだ本は『トム・ソーヤの冒険』だった。別に読みたかったわけでもないのに、祖父が買ってきたのだ。小学校高学年の時の話である。  読書なんて退屈で面倒だと思っていた私は、貰った後もほったらかしにしていた。しかし、夏休みの宿題の読書感想文を書くために、仕方なくページをめくり、挿絵のある部分をかいつまんで読み始めた。感想文はいい加減に仕上げるつもりだった。  ところが……  あれ?読書って、おもろいかもしれん!  トムの暮らす世界は、友達と秘密基地を造って“冒険”して

          【回想】おじいちゃん

          【追記あり】任地と私―一時帰国を前に―

          【追記】  本エッセイはドミニカ共和国時間3月17日時点で公開したものです。  17日のドミニカ共和国大統領声明による「15日間の国境封鎖」の令を受け、翌18日には現地JICA事務所より「国境封鎖解除後の帰国を検討」との連絡がありました。 ☆★☆★☆★☆★☆★  スーパーの入り口脇に人だかりができている。  群衆が徐々に散っていくと、壁にアルコール消毒用のポンプが取り付けられていた。横には、手洗いや咳エチケットの啓発ポスターが張ってある。  客たちはプシュ、プシュと手指を消

          【追記あり】任地と私―一時帰国を前に―